ワンダーランド・シューティングスター
【4】 コーヒーカップ


「はい、キャラメルナッツ、でいいんだよな」
「ありがと!」
 妹にリクエストされたアイスを手渡すと、満面の笑顔で受け取って早速食べ始めた。種類は色々あっても結局キャラメルが一番好きなのだ。僕は自分の分のチョコチップバニラを手に、妹の隣に腰掛けた。

 ずっと僕の背中で眠っていた妹が目を覚まして元気に歩き出し、僕たちはまた遊園地を楽しんでいた。メインストリートにアイスクリームの屋台を見付け、妹が歓声を上げながら駆け寄ったので、さすがに少し一休みしたかった僕も妹と一緒にアイスをいただくことにしたのだ。

 僕らの座るベンチの向かい、メインストリートを挟んだ先で、コーヒーカップがくるくる回る。
 ……コーヒーじゃなくて、ティーカップだったっけ?
 そんなどうでもいいことを考えながらアイスの甘さと冷たさを舌先で転がしていると、一つだけゆっくりと回るカップに、あの探し物をしていた小さな女の子が乗っているのが見えた。
 人の乗った他のカップはみんな、はしゃいだ乗客に高速回転させられたりしているのに、そのカップだけふわりふわり、ゆるりと回る。
 やがて音楽と共にカップは止まり、ぞろぞろと降りてくる人たちと一緒に女の子も出口のゲートをくぐった。カップに乗っているときも今も少しぼんやりした様子で、ふっと倒れてしまうのではないかと心配になる。
「お兄ちゃんどうしたの? あの子、お友達?」
 女の子を見ていた僕に気付いて妹が首を傾げた。
「お友達……っていうか、さっき少し話をしたんだ」
「そっか。じゃあ知り合いだね!」
 僕の曖昧な言葉をそう解釈した妹は、いきなり女の子に向かって手を振った。
「おーい! そこのきみー!!」
「ちょっ……!?」
 少し離れていたけれど、女の子はこちらに気付いて驚いたように立ち止まった。どこか遠くを見ているようだった瞳を瞬きさせ、僕たちを見る。
「あ……、さっきの……」
「探し物は見つかった?」
 とことこと、僕たちの座るベンチまで来てくれた女の子にそう尋ねると、寂しそうに首を振った。
「ううん、まだ見つからない……。コーヒーカップで一休みしてたの」
「そっか」
 僕はベンチを立って女の子を座らせると、妹がなんだかんだ話しかけているのを聞き流しながらアイスクリームをもう一つ買いに行った。
「ええと……」
 ストロベリー、バニラ、チョコ………あの子は何が好きだろう? 聞いてくればよかった。
──── キャラメル! 甘くて美味しくて、元気が出るんだよ!
 いつも僕にキャラメル味を注文する妹の声を思い出して、妹と同じキャラメルナッツにしてみた。
「わたしに? …あ、ありがとう……」
 僕の差し出したアイスを、女の子は遠慮がちに受け取った。あたしのとお揃いだね! と笑う妹に女の子も笑い返す。キャラメルナッツアイスをそっと口に含みながら「…美味しい、」と呟くのを僕は聞いた。

 妹が食べ終わった三人分のカップを集めて、捨ててくるね! と走り出すと、女の子も立ち上がった。
「あの……、アイスありがとう。ごちそうさまでした」
 ぴょこんとお辞儀をするのに合わせて短いスカートのプリーツと、長く伸ばした金の髪が揺れた。
「どういたしまして。探し物、見つかるといいね」
「うん。ちょっと元気になったから、がんばる」
 女の子はにこりと笑った。最初に見たのが泣き顔だったから、その笑顔は僕をほっとさせてくれた。その後ふとそれを聞いたのは、本当にただの思い付きだったと思う。
「君の名前……何ていうの?」
 聞きながら、僕は自分の名を女の子に告げる。さっきはうっかりしていたけれど、名前を尋ねる時はまず自分から、だ。
 名前を忘れてしまった白衣の彼女が脳裏をよぎる。
 もしかして、もしかすると……
「わたしの名前、─── …」
 女の子はちゃんと名前を教えてくれた。そう……そんなはずはない、きっと僕の気のせいだ。女の子は青い瞳を真っ直ぐに僕に向け、最後にもう一度ありがとう、と言って小走りに行ってしまった。

「行っちゃったの、あの子?」
 戻ってきた妹が、もっと話したかったのにーと名残惜しそうに言う。
「うん。あの子はやらなきゃいけないことがあるんだって。……って、何だそれ?」
 捨ててきたアイスのカップの代わりに、妹は人形のようなものを抱えていた。幼い妹の手にもそんなに大きくない、金色のふわふわの髪と濃い桃色のドレスを纏った30センチくらいの女の子の人形だ。
「落ちてたの。花壇のところ。可哀想だったから……」
 僕に叱られると思ったのか、妹は俯いて人形をぎゅっと抱きしめた。どうやら気に入ってしまったらしい。
「落とした人が探してるかもしれないよ。誰か、係の人に届けた方がいいな」
「そうだね………」
 ちょっと見せて、と僕は妹から人形を取り上げた。どこかに持ち主の手がかりはないだろうかと背中や足の裏を探してみたけれど、人形や持ち主の名前、タグらしきものも何もない。ハンドメイドなのかもしれない。
「うーん……」
 ドレスと同じ色のカチューシャで飾られた金色の前髪の下、鮮やかな緑色の糸で刺繍された目が僕を見上げている。
──── 君を探している人が、きっといるよ。


「落し物、拾ったんですけど」
「ああ……、わざわざありがとうございます」
 遊園地のあちこちにある案内所のひとつに人形を預けることにした。係のお姉さんがにこやかに微笑む。
「拾われたのは、どちらで?」
「ティーカップ……じゃない、コーヒー?カップ? どっちだっけ?」
 尋ねながら妹を振り返った。
「……メアリー?」

 今まで後ろにいたはずの妹は、姿を消していた。




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