ワンダーランド・シューティングスター |
【3】 フェアリーランド 遊び疲れて無口になった妹を背負うと、すうすうと寝息をたて始めた。 ……やれやれ。 僕は一休みできるカフェにでも行こうかと、案内板の前に立った。 『↓ FairyLand NeverLand →』 ふと、視界の端を白い物が掠めた。咄嗟に振り返ると、白衣の彼女がふわふわとした足取りでアトラクションへ向かうのが見えた。 「……………」 何故か僕の足は彼女の後を追っていた。彼女が吸い込まれていったのは、プラネタリウムのアトラクション。僕も以前入ったことがある。遊園地のだからそれほど大きくないし、一回の上映時間も長くない。100席ほどの円形シアターで、好きな時に入って好きなだけぼんやりと星を眺める、そういう場所だった。 妹の重さと温かさを背中に感じながら、星の形の電飾が瞬く入り口をくぐって中に入る。エントランスから続くロビーは円形の廊下になっていて、東西南北の4カ所にシアターへの扉がある。僕は少し迷って、目の前にある「西」の扉から左に90度回った「北」の扉を開けた。 廊下の薄いオレンジの明かりが暗いシアターに細い光を落とす。 上映の邪魔をしてはいけないと、僕は素早く中に入り込んで扉を閉めた。 『─── ……から最も近い散開星団は、おおぐま座の ────』 星空の解説をする柔らかな女声のナレーションが耳に飛び込んでくる。 彼女はどこだろう? 客席を取り巻く一段上の通路の手摺りにもたれて円形のシアターをぐるりと見回す。 と、少し離れて同じように手摺りに手をかけて立っている白衣の彼女を見つけた。薄暗がりの中に白衣が仄かに浮かび上がる。僕は彼女に歩み寄ろうとして……ふと足を止めた。 何と言って声をかけよう? ─── いつも遊園地にいるね。 一人なの? プラネタリウム、好きなの ───? どれをシミュレートしてみても、なんだかしっくりこない。あなた誰って顔をされて逃げられるのがオチじゃないだろうか。 どうしようかと悩みながら、少しずり落ちてきた妹を背負い直してちらりと横目で彼女を見ると、何故かこちらを見ていたらしい彼女と暗がりの中でもはっきりと目が合った。 「……!?」 少し首を傾げ、なあに?とでも言いたげな視線。 『─── 東に輝くあざらし座の一等星トマス、その少し下に ────』 僕が彼女を見ていたから、彼女も僕を見たんだ。きっとそうだ。 なんでもない、ごめん、と言いたかったけれど、プラネタリウムの静謐に圧されて声を出すことができなかった。 『─── 二等星クリスティーネ、ミカエルと共に秋の代表的な星座を形成し ────』 息ができない。視線を逸らすこともできない。妹の心臓の鼓動が僕の背中を叩く。 それともこれは、僕の心臓が鳴っているんだろうか。 『─── 皆さんも、星空に思いを馳せてみてはいかがでしょうか ────』 女声のナレーションと静かなBGMがフェードアウトし、ゆっくりとオレンジ色の明かりがシアターに灯る。上映が終わったのだ。 「あ………」 白衣の彼女は我に返ったように瞬きをして、ドームの天井を見上げた。そこにはもう星空はなく、卵の内側みたいな白いカーブがあるばかりだった。 「終わっちゃったね」 天井を見上げながら、彼女はぽそっと呟いた。僕に言ったのだろうか? 答えていいものかどうかわからなくて息を飲むと、彼女は僕を振り返って、ほんの少し、口の端だけで微かに笑いながら言った。 「プラネタリウム、好きなの?」 心臓がドキンと跳ねた。それは確かに僕に向けられた言葉だったのだ。 「あ、ああ……うん。なんか、静かで……いいよね」 まさか話しかけられるとは思っていなかったから、どうしようもない返事をしてしまった。 「静か? ……そうだね」彼女はまた天井を見上げる。「わたしは、宇宙が好きなの」 「へえ、そうなんだ」 星じゃなくて、宇宙。女の子にしてはカッコイイ趣味だ。 と、彼女はひらりと白衣を翻し、シアターの出口の扉を開けた。 「じゃあね」 「あっ……待って!」 慌てて追いかけようとすると、彼女は扉を手で押さえたまま待っていてくれた。妹を背負って両手の塞がっている僕を気遣ってくれたようだ。 ──── ちゃんと、優しいところもあるんじゃないか……。 あの小さな女の子を振り返りもせず通り過ぎた冷たい無表情とは全然違う。 「ありがとう」 ロビーへ出ると、彼女は静かに扉を閉めた。 「どういたしまして。……それじゃ」 彼女はもう立ち去ろうとしている。 どこへ行くの? 用事でもある? それとも、何か ─── 探してる? 「待って、あの………」 どうしてこんなに気になるんだろう、彼女のこと。 「……君の名前、教えて」 「名前? わたしの?」 立ち去ろうとしていた彼女は振り向いて、不思議そうに首を傾げた。 「……………」 やっぱり唐突すぎただろうか。彼女は少し驚いたように見開いた目を瞬きさせている。碧なのか、鳶色なのか……ロビーの落ち着いた色の照明が彼女の瞳に影を落とし、本当の色はわからない。 「んんー……」 人差し指を顎に当てて考える仕草。 「ごめん、嫌だったら ───」 首を傾げたまま戻らない彼女に謝ろうとしたその時、ふ、と息を吐いて彼女は顔を上げた。 「名前。わたしの ─── ……」 一呼吸おいて、にこりと笑った。 「──── 忘れちゃった!」 いっそ無邪気と言ってもいいくらいに。 |