ワンダーランド・シューティングスター
【2】 回転木馬


 妹がトイレに行きたい、と言い出した。
 本当は片時も目を離したくないけれど、さすがにそんなところまでは付いて行けないので、僕は一人、可愛らしく飾り立てられたトイレの建物の前で妹が出てくるのを待っていた。
 向かいにあるメリーゴーランドがくるくる回る。通り過ぎていく馬たちをぼんやり眺めていると、目の前を泣きながら歩く小さな女の子が通りかかった。
 こぼれる涙を手のひらで拭い、時折しゃくり上げながらとぼとぼ歩いている。
 ……迷子なのだろうか。
 妹と同じ年頃なのが気になって、声をかけようかどうしようか迷っていると、何の偶然か、女の子の行く道の先から白衣の彼女が早足で歩いてきた。
「……………………」
 何故か目が離せなくて固唾を呑んで見守っていると、早足のまま女の子とすれ違った彼女は一瞬立ち止まってちらりと女の子に視線を送った。振り返って話しかけるのかと思ったけれど、長い三つ編みをなびかせて、彼女はそのまま歩き去ってしまった。
 ほんの一瞬の出来事だった。
 女の子は相変わらず泣きながらウロウロしている。
──── ずいぶん、冷たいんだな……
 それとも無関心なだけなのだろうか。
 なんとなくモヤモヤしたものを心に抱えて、僕は女の子に声をかけた。
「どうしたの? 君、迷子?」
 女の子はビクっとして足を止め、僕を見上げてきた。
「……あっ…、ちがうの……迷子、じゃない…」
 妹と同じくらいの小さなその子に合わせて膝をついてしゃがむと、ごしごしと服の袖で涙を拭きながら、途切れがちな小さな声で女の子は言った。
「……なくしちゃった……だいじなもの……」
「それを、探してるの? 僕も一緒に……」
「ううん、大丈夫。だいじょうぶだよ!」
 ぱっと顔を上げて元気そうな声を出しながら、涙を振り払うように瞬きをする。─── 綺麗な、深い青色の瞳。
「ひとりで探せる。だいじょうぶ、ありがとう」
「あっ、ちょっと待……っ……」
 心配になって構おうとする僕を振り切って、女の子は駆けて行ってしまった。

「……どこ、いったんだろ………」

 微かな呟きが風に散る。
 涙のベールに覆われた青い瞳と、翻る白衣が僕の記憶に残像を刻んだ。




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