夢を見た。
ぼくが、誰もいない、出口のないこのお屋敷で、歩き疲れてひざを
抱えてすみっこで小さくなっていたら、いつのまにか女の子が、部屋の
入り口に立っていて、ぼくをじっと見つめていた。
夢だ。そう思った。
ぼくはもう長いことこのお屋敷に閉じ込められている。誰に?何の
ために?そんなことを考えるのは、もうとっくにやめている。考えても
無駄なことだから。そのうち誰かがぼくをここからつれだしてくれる
かもしれない。そんな期待も、きれいさっぱり捨ててしまった。
いくら待っても。誰も来やしないんだ。
だから、これは夢だ。
それでもよかった。たとえ夢でも、ひとりぼっちじゃないのなら。
その女の子は、日なたの麦わらみたいな金色の長い髪を二本の
三つ編みにして、白いふんわりした服を着ていた。ぼくよりずっと
大人だったけど、すっかり大人の人ではないみたいだった。
ぼくと目が合うと、そのひとはきれいな緑の眼を細めて、ふんわりと
ほほえんだ。ぼくは立ち上がり、そのひとのそばへ行った。そのひとは、
ぼくの背の高さに合わせて、身をかがめてくれた。
「あなたは誰? どうして、ここにいるの?」ぼくは聞いた。
「わたしはクローナ。・・・失くしてしまった大切なものを、探して
いるの」
「大切なものって?」
するとクローナは、すっとぼくから視線を外し、まっすぐに立って
唄うように言った。
「それはわたしにもわからない。何を失くして、何を探しているのか。
どこへ行けば見つかるのか。誰に聞いたらわかるのか」
ぼくはちょっとがっかりした。クローナの力になりたかったけど、
クローナの探しものが、ぼくの他には誰もいないこのお屋敷に
あるとは思えない。
ぼくがそう言うと、クローナはちょっと考え込むような仕草をした。
「そう・・・。それじゃ、他のところを探してみましょう」
そう言って、クローナはぼくの手をとり、隣の部屋への扉を開いた。
するとそこは、見なれた暗い部屋ではなく、からからに乾いた地面が
どこまでも続く砂の世界(と、クローナが呼んだ)だった。
ぼくとクローナは、猫たちの船、マトーヤの灯台のすみずみまで
探しまわった。とうとう巨大なモグラの穴まで入り込んでしまった
とき、クローナが、つぶやいた。
「この世界には、ないみたいね・・・・」
そのとたん、穴の奥からすごい勢いで水が吹き出してきて、
ぼくたちは一気に外まで押し出されてしまった。
しばらく流されていくと、そこはいつのまにかゆったり流れる川で、
両岸には大きなスイカやブドウやパイナップルが生えていた。
ヘチマの橋から岸に上がって、ぼくとクローナはその果物の世界の
あちこちを探した。食べ残しのスイカの街、ヘチマ橋の噴水、カラスの
巣。そのどこにも、探しものはないみたいだった。
「ここはちょっと、ちがうみたい・・・・」
クローナがそう言うと、大きな木の中の迷路を歩いていたぼくたちの
足元に、いきなり落とし穴が開いて、ぼくたちは下の階におっこちた。
しりもちをついたのは、地面にいっぱいしきつめられたアメ玉の
真ん中だった。いろんな色のアメ玉がお日様の光できらきら光って
宝石みたいだ。
「きれいだなぁ。クローナの探しものって、これじゃないの?」
するとクローナは、いいえと首を横にふった。
「よくわからないけど、これじゃないわ。わたしの探しものは、たぶん
他のひとにはなんでもないもの。でもわたしは、それを持ってなくちゃ
ならないの。花が水を欲しがるように、ふたごが片われを求めるように、
わたしはそれを探しているの」
それからぼくとクローナは、ふくろこうじの町の木に登り、大杉の林の
井戸のつるべを引き上げて、キーズダムのお屋敷のすすだらけの暖炉を
のぞきこんだ。そんなふうにいろいろ探したけれど、探しものは
ないみたいだった。
「ここなら見つかるかと思ったんだけどな・・・・」
そう言いながらクローナがぼくの手を引いて階段をのぼりきると、
そこはキーズダムのお屋敷の二階ではなく、夕焼けの色のあふれる
キープンサインの酒場のカウンターの中だった。
おじさんにミルクをもらってひと休みしてから、ぼくとクローナは、
また大切なものを探しに出かけた。
デュプロの町のなまけもののタンスをひっかきまわし、ブナの樹液の
ツボをのぞきこみ、画家たちのベルをひっくりかえしてみた。
だけどそこにも、探しものはないみたいだった。
「やっぱりここにも、ないみたいね」
地下へ向かっていたメタリモのエレベーターの扉が開くと、そこは
古代人の遺跡の機械の町だった。クムの町の風車の機械、流砂の洞窟の
奥の奥、ナナカの町の長老の宝箱。
その風の世界のどこにも、探しものは見つからなかった。
「これでもう、知っているところは全部探したわ。あとはまだ、
行ったことのない世界・・・・・」
そう言ってクローナはまた、ぼくの手をとって歩きだそうとした。
でもぼくの足は、地面にはりついたみたいに動かなくなった。そのとき
ぼくは、夢の終わりを予感した。
「ごめんね、クローナ。ぼくはもうついていけないみたいだ」
そしたらクローナは、日が暮れて家に帰らなきゃならない子供みたいな
顔をして、ぼくの前にひざをついて、ぼくをふわりと抱きしめた。
「クローナ、泣いてるの?大切なものが見つからなくて悲しいの?」
ぼくよりずっと大人に見えたクローナの腕は、思ったより細くて、でも
とても優しい温かさでぼくを包んでいる。
「ちがうの。わからないけど・・・ずっとこのままでいたいの・・・・」
そう耳元でつぶやくクローナの声を聞きながら、ぼくは静かに
目を閉じた・・・・・・。
目を開けると、そこは神殿の二階の部屋のベッドの中だった。
自分で自分を抱きしめるような格好をしていることに気づいて、思わず
クローナはくすりと笑った。
夢を思い返してみると、夢の中の自分は三つ編みの少女だった気も
するし、《ぼく》だったような気もする。自分の心が《ぼく》の心に
ぴったり寄り添っていた、夢特有の不思議な感覚。
「わたしの探しものは、アークじゃなかったのかしら」
そして、次の世界への扉を探しに、クローナは立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇次なる扉は、闇の世界へと続く───────。
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