Continuation 4: 紅い花の少女

 

 

****2023年9月26日(火)

 

 The Worldには昔から都市伝説めいた怪談話が絶えることがなかったが、ここ最近囁かれているのが「紅い花の少女」だった。

「……アナタはオワリを探すヒト?」
 舌足らずな幼い声で少女は問う。歌うように、夢見るように。その琥珀色の瞳には何も映らない。ジジッ…と時折PCボディにノイズが走る。
 バグっているのか、そういう設定のNPCなのか、それとも新しいイベントでも始まったのか───もっとよく見ようと少女に近付くと、儚げに微笑んでふっと消えてしまい、少女のいた足元に一輪の紅い花が残るのだという。




「面白そうだよね〜! なんか噂によるとすんごいカワイイ子らしいよ!」
「噂って……ソースどこよw どーせバグじゃねえの? The Worldだし」
「違うもん! ちゃんと見たって人だっているんだからー! あたしのフレンドのパーティメンバーの従兄の双剣士のメル友の拳闘士の女の子が見たって聞いたんだからー!」
 ミルフィがどこからか「紅い花の少女」の話を仕入れてきたらしいが、ソースが怪しすぎてトモエに一笑に付されてしまっている。よくある噂話なので、バルドルもトモエも小耳に挟んだことくらいはあるのだが。
「あたしも見てみたいなぁ〜。なんか、晴れた草原のエリアによく出るんだって」
「……そんなによく出るもんなの? バグキャラなんて触ったら危なくね?」
 話が段々具体的になってきて、バルドルは少し心配になる。この流れで行くと……
「最近あんまり面白いクエストないし、ちょっと行って探してみようよー。付き合ってくれるよね☆」
 近所の心霊スポットって呼ばれてるボロ空き家に探検行こう〜、みたいなノリだ。
「えー、マジかよー……」
「まあいいんじゃないの。行ってみようか」
 バルドルはあまり気乗りしない溜息をついたのだが、トモエがそう言いだした。
「だって、晴れた草原なんて、エリアワードのヒントでもあるならともかく漠然としすぎだろ。そんなんで探したって……」
「それでいいんだよ」
 トモエはふふ、と笑う。
「いるかもしれない。いないかもしれない。…目的は『見付けること』じゃなくて『探すこと』」
「…それって……」
 思わせぶりな彼女の言葉に、ふと閃いた。
『ある、という前提でこのゲームを遊ぶ。』
 "The World名言集Wiki"のフレーズだ。歴代のThe Worldの有象無象のPCたちが呟いた、あるいは叫んだ印象的な言葉を拾い集めてデータベースみたいにしたもので、誰が管理しているのかわからないがSNSには名言集botまである。
 前述のフレーズは、「トライエッジを知ってるか?」や「こんにゃー(・〜・)ノ」と同じくR:2時代の名言だ。都市伝説みたいな未確認、仕様外のアイテムを探していたギルドのマスターの言葉だと言われている。
 The Worldに決まったストーリーや遊び方はない。レベルを上げて廃プレイヤーとして名を上げるもよし、交流ツールとして友達と遊ぶのもよし、レベルそっちのけでひたすら商売に励む者もいる。The Worldという「ゲーム」ならではだ。勝つことよりも、勝利に向かって走ること───なんて、中学校の体育祭のスローガンみたいだが、要は楽しければそれでいい。
───(…ってこと、かな?)
 トモエにこっそりメッセージを飛ばすと、指先でOKサインを作ってくれた。前バージョンの本物には及ばないだろうが、伝説の旅団ごっこで冒険に行くのも悪くない。
「よっし、バルドルも乗り気になってくれたみたいだし、早速行ってみるか!」
「あれー? なになに? どしたの??」
 シークレットメッセージの見えていないミルフィは首を傾げている。
「まあいいじゃん。とりあえず行ってみよう───……って、だからどこに?」
 三人でカオスゲートに向かって歩きながら、「紅い」とか「花」に関係ありそうなワードを挙げてみる。
「どれか使って、晴れた草原のフィールドが出れば…」
 ちらりとバルドルの脳裏を何かがよぎった。
「紅い……? 草原……?」
「ん? どうしたバルドル?」
「いや……俺、もしかしたら……見たことある、ような……」
 白い雲がたなびく淡い空色、草原の優しい萌黄色の中に、ぽつんと一滴だけ浮かんだ紅のイメージ。
「えー! ホントにっ!? どこで見たの? 女の子? やっぱバグってた!?」
「や、ちょっと待って、なんか違うな……女の子じゃなくて、なんか紅い、なんか……」
 色のイメージだけが先行して、紅いモノが何だったか思い出せない。ミルフィの追求に焦るバルドルに、トモエが助け船を出す。
「それは、最近のことなのか?」
「えーと……、うん、たぶん」
「もしかしてログに残ってない?」
「ああ! あるかも知れない!」
 カオスゲートの前で、転送履歴を開いた。上から順に、ワードと天気とフィールドタイプを確認していくと、ログ件数のギリギリ最後くらいでそれらしいフィールドが見付かった。
「あ、これ晴れ。草原! あれ、確かこれって……」
「あたしも一緒に行ったところじゃない? なんかクエストで」
「うん、そうだよなぁ……」
 それでも相変わらず紅いモノが何だったのか思い出せない。
「もぉ、バルドル……ボケるにはまだ早いんじゃないの?」
「そんなこと言われても…ッ」
「まあまあ、とりあえず行ってみようじゃないの」
 トモエが肩を竦めながら呆れたように言う。
「そうだよ、行ってみたら思い出すかも知れないじゃん」
 フィールド選択画面で決定ボタンを押すと、三人は転送の呪紋の光に包まれた。


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「確か、ミルフィと二人でアイテム集めてて……」
「そうそう、ワルチムちゃんの落とす「やばいタトゥー」20個集めるクエストだったよね」
「なんだそのクエスト……」
 目に優しい少しくすんだ若草色の中、さりげなくルートを示す細い茶色の道を歩きながら、前回ここに来た時のことを思い返す。それでも、記憶の片隅にこびりついた紅いモノが何だったのか、まだ思い出せないでいる。
「たぶん、そんな大したモノじゃなかったんじゃないかなあ。なんか紅いってだけで」
「それでもいいのっ!早く思い出してよぉ〜」
「ううう……」
 ミルフィに背中を押されながら歩いていると、近くの草むらがガサッと揺れた。
「あ! ぎょくと!!!」
「ぎょくとー!!!」
 ぴゃ! っと飛び上がって汗を飛ばしながら逃げ出したラッキーアニマルを、三人して条件反射で追いかける。
「ん……?」
 記憶のピースがまた一つ嵌る。
「そうだ、あの時ラッキーアニマルと見間違えた、紅い……花だ!」
「花? このフィールドに?」
「それってドンピシャじゃねえの!?」
 足を止めたバルドルを二人が振り返った。逃げおおせたぎょくとは遠くでスピードを緩め、耳をぴくぴくさせながらこちらを窺っている。
「ちら見だったからどんなんか覚えてないし、ただの背景かもしれないけど……」
 確かプラットホームに向かう道の途中だった。ぎょくとを追いかけたせいでだいぶ離れてしまった小道の方に引き返すと、思い出した通り、道端の花畑の中にぽつんと一輪だけ紅い花が咲いていた。
「これだ……!」
 何気ない背景と言ってしまえばそれまでだが、淡いオレンジや白の花が咲き乱れる中、その紅はいかにも不自然で物言いたげに見えた。
 三人でガサガサと花畑に踏み入って、紅い花を覗き込む。膝丈ほどに細く伸びた茎の先、紅い花弁が巻き毛のようにくるりくるりと弧を描く……
「彼岸花……」
「ヒガンバナ?」
 それに触れようとミルフィがしゃがみ込んで手を伸ばす。
「あっ、それ触ったら……!!」
 バルドルは慌てて制したが、ターゲットできずに少女の手は花をすり抜けてしまった。他の花と同じ、フィールド上の単なるオブジェクトのようだった。
「触ったら……なに?」
「手が腐るからダメだってばあちゃんが言ってた」
 見渡す限り広がる田んぼの畦道に紅く群れをなして咲く彼岸花は、幼い頃からそう言われて育った智彦にとって触れてはいけない、なんとなく遠ざけておくべき不吉なものとして刷り込まれていた。
「彼岸花には毒があるからな」トモエが解説を添える。
「えー!? こんなキレイな花なのにぃ……?」
 ミルフィはどうやら彼岸花を初めて見たらしい。都会っ子なんだろうか。
「まあ本物じゃなくてCGだし、そもそもターゲットもできないからどうしようもないみたいだな」
 触れないとわかっても、ミルフィはそれに手を伸ばす。一輪だけ咲く紅い花を両てのひらで掬うように、包み込むように。
「他の花はどーでもいい感じなのに、これだけ『ヒガンバナ』ってわかるよね。これがウワサの女の子の花なのかなあ?」
「女の子のいた後に花が残るって話だから、ここに現れたってことじゃないか? もしかしたら、他のフィールドにも痕跡として同じように彼岸花が残ってたら……」
「そうだねそうだね!」
「いや、もしかしたら気合い入っちゃったグラフィッカーがたまたまここに置いただけかもしれないぜ」
「もぉ〜、トモエったらまたそういう夢のないこと言うんだから〜」
 ああだこうだと検討するが、たまたまこのフィールドで花一輪見付けただけではやはり何もわからない。噂の紅い花が彼岸花かもしれないとわかっただけでも大収穫だ。花畑をスクリーンショットに収め、街へ戻ることにした。

「『あなたはオワリを探す人?』とか言うらしいよ。さっきのヒガンバナも可愛いのに毒があるなんて、なーんかホラーっぽいよね〜」
「オワリ……終わりって、何のだろうな?」
「さあ? イベントとか?」
 その単語から智彦がちらりと思い出したのは、いつだったかのマク・アヌの夕焼け空だった。

黄昏───終わり───……The Worldの。
漠然としすぎていて説明できそうもないので口には出せなかった。
探してなんかいない。
本当は終わりなんて欲しくない。
でも、いずれは向こうからやって来るのだ。
……そんな「オワリ」を連想した。
探している、と答えたら、噂の少女は「オワリ」をくれるのだろうか?

「───それってやっぱ都市伝説だなぁ。「ワタシキレイ?」って訊かれて「はい」って答えたら口裂け女でした───的な?」
 トモエが大昔の有名な都市伝説を引き合いに出した。
「都市伝説ってことは、やっぱり全然ウソかもしんないってこと?」
「そういうわけじゃないよ。都市伝説だって何かベースがあって、尾ひれが付いてそれっぽくなる。実際「紅い花」はあったわけだし、他に色々混ざってそういう話になったんじゃないか?」
「うーん……」

紅い花の少女は終わりをもたらす使者なのか。
それを探す者の前に現れる。
終わりを─── ……何の?The Worldの?
それを望む者がいるのだろうか?

 突撃☆ウワサの検証隊レッツゴー!!みたいなノリだったはずの今日の冒険はぽつんと咲いた紅と、オレンジ色の黄昏の空という不安げなイメージだけを智彦に残した。






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The Worldで「彼」を見かけた。
いつもパーティを組んでいるらしい女PC二人と草原フィールドを歩いている。
───楽しそう。
いつも人の輪の中心にいる彼も、いつか終わりを見付けるだろうか。
この世界には、もうすぐそれが訪れる。

「どしたの?固まっちゃって」
「あ、ううん……なんでもない」
少し先で立ち止まっている友達に追いついて、一緒に歩き出す。

───『アナタはオワリを探すヒト?』

小さな女の子の声が耳に残っている。
ぽつんと咲いた鮮やかな紅い花が目に焼き付いている。

───終わりなんて探してないし、欲しいわけでもないのに。



 






2023/09/26 ... UP
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9/26現在、どうやら柳川でも彼岸花が咲いているみたいです(Twitter調べ)

 

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