****2023年10月6日(金)
『紅い花』────検索結果、182件。
『紅い花 女の子』────検索結果、53件。
「うーん、やっぱけっこうあるんだな」
YOMOYAMA-BBSのうわさ板を何気なく検索しただけで、こんなに書き込みが見付かった。軽く目を通すと、紅い花を見た話、雑談程度に女の子の正体について語っているスレッド、うわさ板らしくソースは曖昧だし憶測も多分に含まれている。
その中で気になったのは、彼岸花のオブジェクト自体は無印時代からあるものらしい、という話くらい。
「『紅い花 女の子』、それと……『ワード』、とか……?」
────検索結果、4件。
「お、かなり絞り込めた……」
紅い花を見た、というエリアのワードが三つ報告されている。一つはこの前パーティの皆で行ったエリア。智彦たちの他にも目撃者がいるようだ。
「あと二つは… 『Δささめく 一夜の 錬金術』、と……」
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そこもやはり先日紅い花を見たのと同じ、晴れた草原のエリアだった。初心者レベルのフィールドだったので一人でも難なく歩いて行ける。ソロ行動なのは紅い花の噂に興味津々だったミルフィを出し抜こうと思ったわけではなく、単に誰もインしていなかったからだ。
初心者向けらしくひたすら真平らな草原が地平線まで続き(もちろんどこかでループしている)、崩れかけた古代遺跡風のオブジェクトが所々に配置されている。
「この前んとこみたいに道もないし、もしかしてここ探すの大変なんじゃ……」
マップの端から端まで眼を凝らしながら歩く作業はなかなか骨が折れる。レベルが違いすぎると雑魚モンスターはこちらから追いかけない限り寄って来ない仕様になっているのが幸いだった。
「あ、ダメだ……飽きてきた………」
ラッキーアニマルの方がまだ探し甲斐があるというものだ。
「それか高く売れるキノコとか……」
あっという間に集中力が切れてしまったバルドルは、なんとなく空を眺めながら歩く。こうなってしまうとただの散歩である。
マップもオフにしてぶらぶら歩いていると、何もない草原に一人佇む人影が見えてきた。立ち止まってマップでも見ているのだろうか?このフィールドにいるなら初心者かもしれない。何かサポートできることでもあるのではと、バルドルはそのPCに近付いて行った。
「……あれは……?」
近付くにつれてPCの形がはっきりしてくる。しかしそれよりも、その足元のオブジェクトに目を引かれた。
「もしかして、紅い……?」
佇むPCの足元に、ぽつんとその「色」が見えた。水色の空、柔らかい黄緑色の草、全体的に彩度の低い淡い色合いの草原フィールドに、不自然に浮かぶ「紅」。
ダッシュで駆け付けたい気持ちを抑えながら、なるべく不自然にならないように紅い花の側に立つPCに近付いて行った。
「よ、こーんちは!」
できるだけ気さくにフレンドリーに挨拶の言葉をかけてみた。
「やあ」
相手も近づいて来たバルドルに気付いていたようで、驚いた様子もなく挨拶を返してくれた。
バルドルよりも頭みっつ分小柄な、青を基調とした軽装の、ネコヒト族のちびっ子少年ケモノPCだった。見たところ魔導士か双剣士のような雰囲気で、ふさふさのグレーの毛並みと、尻尾のようにくるんと伸びた、括った後ろ髪が印象的だ。
バルドルも少年の隣に立ち、紅い花を見下ろした。それは先日仲間たちと見たのと同じ、彼岸花のオブジェクトだった。コントローラーでそれとなく探ってみるが、やはりターゲッティングはできない。
「……もしかしてあんたもこれ、見に来たの?」
切り出したのは少年の方だった。PCの見た目にも違和感のない声変わり前のハスキーボイス。
「ああ!」
「これが何なのか知ってる?」
「何って……『紅い花の少女』の噂に出てくる花かも、ってくらいだけど」
「やっぱそうか。噂、かなり広がってるもんな」
少年はしゃがみ込んで花に手を伸ばす。
「あんた……あんたたちさ、こないだも紅い花のエリアにいただろ。オレもあそこにいたんだよ。花咲いてる辺りで何かごちゃごちゃ言ってたから気になってたんだ」
「それじゃ、君も…ええと、」
「ヤヒロ」
「ヤヒロも、噂のこと何か調べてるのか?」
「調べてるっつーか、まあ……そういうことになるのかなあ。ちょっと、ね」
曖昧に言ってヤヒロは立ち上がる。
「良かったらアドレス交換しない?」
「いいぜ、俺はバルドル。よろしくな!」
送信されてきたアドレスを開くと、基本的なステータスが見える。
ヤヒロ、レベル47、ジョブは……
「撃剣士!? マジで?」
バルドルが驚いたのが嬉しいのか、ヤヒロはにんまりと笑った。
「そーだよ!ギャップ萌え、ってやつ?」
言いながら肩越しに背中に手を伸ばすと、見えない鞘から青い閃光と共にその手に剣が現れた。
「どーだ!!」
少年と言うよりお子様にも見えそうなくらい小柄なネコヒトの身長よりも長い幅広の大剣。片手で引き抜いたそれを軽々と振り回して両手で構える。
「すっげー!カッコイイ!!」
「いやいや、どーもー♪」
もう一度、草を払うように一振りしてからヤヒロは剣を仕舞った。PCの見た目とジョブは関係ないし、装備品に重さの概念はない。それでもちびっ子ネコヒト+撃剣士+大剣という組み合わせはビジュアル的にインパクトがあった。
「ギャップ……萌え? かどうかはわかんないけど、面白いなー」
「ありがと! オレの友達もなかなか変なキャラ作ってるんだ。良かったら今度一緒に遊ぼうよ」
「ああ! 変なキャラ……って、超気になるしw てか俺フツーすぎ?」
バルドルは白銀のプレートメイルを纏った斬刀士、いわゆるバルムンク型のイケメンにメイクしたお気に入りの、今や智彦と半身とも言えるPCだった。
「や、悪くないと思うよ? スタンダードって大事だよね。うん」
「誉められてる気がしねえ……!」
初対面だがなかなかノリが合う。彼と一緒のクエストも楽しいかも知れない。
「ところでさ、オレちょっと、この紅い花について調べてるんだ。何か知ってたら教えて欲しい」
「んー、俺もそんな色々知ってるわけじゃないんだ。ネットとかBBSの噂程度で、ここのワードはBBSに載ってるやつだし、こないだの花見付けたのはたまたまで、後はみんなでごちゃごちゃ適当に推理してただけ」
「そっか……」
「オワリを探すヒト? って聞かれて「はい」って答えたらどうなるんだろうなーとか、そんな感じ」
「へー、それはちょっと面白いな」
仲間としていた雑談をかいつまんで話すと、ヤヒロは考え込むような仕草をした。
「ヤヒロは? なんでそんなこと調べてんの?」
「ん? いやあ……ちょっとね……」
さっきと同じ、曖昧に言葉を濁しながら。
「オレの友達がさ……その女の子見たって言うんだ。なのに全然詳しく教えてくれなくて、しつこく訊いたりもできなくて…。それでとりあえず噂拾って、紅い花探してる」
「マジかよ!?」
ミルフィが言っていたフレンドのパーティーの従兄の友達の以下略…よりずっと近い。
「その友達って、もしかしてさっき言ってた変なキャラ作ってるってやつ?」
「うん」
親しい友達みたいな言い方だったが、紅い花の少女について話してくれないというのは余程の秘密なんだろうか。
「ま、今日のところはこんなもんか……。オレもう落ちるけど、また何かあったら教えてよ。インしてたらメールするから。タイミング合ったらそいつも呼ぶし」
「ああ、わかった。こっちももうちょっと調べてみるから」
それじゃ、と手を振ってちびっ子ネコヒト撃剣士はカオスゲートに消えた。残されたバルドルは草原に佇む。
ざわざわと揺れる草むらに、一輪の紅い彼岸花。リアルではあっという間に咲いてもう枯れてしまったそれも、ここではいつまでも枯れる気配がない。
儚げだけれどThe Worldから消えることなくひっそりと咲き続ける紅。
─── オワリの女の子って…本当にいるんだ…?
2023/10/6 ... UP
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