Continuation 10: 最果て

 

 

****2023年10月14日(土)

 

Σ道果つる 野辺の 三等星

「なんだ、ここ…………これ、The Worldなのか……?」

 田中がいると教えられたエリアは、ただ一面の麦畑だった。どこまでも───地の果てまで続く金色の穂波に、青く輝くプラットホームが浮かんでいる。空は薄い蒼……褪せゆくそこに、夕暮れの気配が紛れ込む。
「知ってる……これ、見たことある……」
 智彦が思い出したのは柳川の南西に広がる干拓地。江戸時代初期から明治にかけて広げられた農地に、夏から秋は稲、冬から春には小麦の二毛作───幼い頃、初めてこの光景を見た智彦はそこを世界の果てだと思い込んだ。どこまでも広がっていそうな金色の海……子供ならではの世界の捉え方だったと言ってしまえばそれだけだし、その先は有明海、対岸には島原半島があると今は知っているけれど、広大な麦畑と世界の果ての強烈な印象が心に焼き付いている。
「こんな世界の果てに……いるのか?田中………」
 ガサガサと、腿の辺りまである麦穂を掻き分けてあたりを見渡すと、ぽつんと黒い点が落ちたように佇む人影があった。
「……田中………」
 PC名はシロナだっただろうか。でも、直接教えてもらったわけではないその名で呼ぶのは躊躇われた。また逃げられてしまうだろうかと、恐る恐る近づいて行くと───
「あ………!? 紅い、花の……!」
 黒いPCの視線の先3メートルほどに、さっき欅に見せてもらったのと同じ、紅いケープを纏った少女がいる。
 つ、と少女が歩を進めると、周囲の麦草は金色の粒子となって消えた。

「『───アナタはオワリを探すヒト?』」

 ゆっくりと近付いてくる少女を前に田中は動けないでいるようだ。
「───っ…………!」
 穂波を掻き分け、急いで田中の隣に立つ。
「オワリなんて、探してないよ……! でも、オワリは向こうからやって来る……俺たちはそれを受け止めるんだ」
「岡野、君………どうしてここに……」
「The Worldは、R:Xはもうすぐ終わる……色んなものが消える。PCも、アイテムも、レベルもメンバーアドレスも全部。でも……『次』があれば、また始めることができる……」
「……『オワリは、ハジマリ……?』」
「そうだ。The Worldがある限り、俺たちはまた戻ってくる。新しくなっても、変わらないものだってある───あんたの『記憶』も、きっと世界に残り続ける……そうなんだろ?」
 今目の前にいるリコリスは、欅が見せてくれたホログラムと大差ない幻のようなもの───バルドルの答えに、問いに、知性を持って反応するようなものではないはずだ。
 それなのに何故、彼女はバルドルの言葉を聞いて微笑むのだろう。
「『───セカイはマワル……オワリはハジマリ……』」
「そう……僕はもう、何もかも終わるんだと思ってた……。終わってしまう……The Worldも、友達との繋がりも……それが、怖くて」
 静かな声で、田中がやっと心情を吐露した。
「オワリを、受け止める……繋げていく……僕に、できるかな……」
 少女の琥珀色の瞳が優しく細められる。
「『このセカイは、アナタを祝福します────……』」
 幼い声がまるで耳の奥で拡散するかのように頭の芯から心にまで差し込んできた。
「───『この「The World」では、すべてのひとが祝福されているの……』」
「………っ………」
 田中の、声にならない声が揺れている。泣いているのだろうか……?


「あ……」
 少女がふわりと身を返し、麦穂を光に変えながら立ち去ろうとしていた。
「『───アナタはオワリを探すヒト?』」
 繰り返される問い。そうしてまた、The Worldの終わりを惜しむプレイヤーの前に現れるのだろうか……
「『アナタのオワリが───アナタにやさしいもので、ありますように───』」
 優しい言葉を残してリコリスは消えた。後に残ったのは
「紅い、花が………」
「うん。こうして、残っていくんだな……」
 金色の麦畑に、ぽつりと一輪の紅い彼岸花。いつの間にか空もすっかり夕暮れのオレンジ色に染まっていた。

───世界の果ては……だけど、終わるところじゃなかったんだな……

「なあ田中……柳川にもさ、こんな麦畑が見られるところがあるんだ。今はまだ稲の季節だけど……5月くらいには」
 地の果てまで続いていそうなざわざわと揺れる金色の麦穂。その中に存在感を持って聳え立つ、真っ白な農協のカントリーエレベーター(穀物貯蔵庫)。真っ平らな筑後平野の最果て。智彦の心に刻まれている柳川の『最果て』を、田中にも見せたい……一緒に見たい。
 そのためにはまず───……
「お、俺と、友達になってくれないか……? The Worldじゃ他人でいたいってんならリアルだけでもいい。俺、お前と、友達になりたい───」
「………………………」
 彼岸花を見詰めていた田中が、バルドルを見上げた。
「リアルで……?」
「う、んん〜〜〜、できればThe Worldでも……?」
 ちょっと欲が出た。ふ、と息をついた気配がしたかと思ったら、ポーン、と通知音が聞こえた。
「え、何? 今…………?」
 ウインドゥを開いて確認すると。
「あ! メンバーアドレス………いいのか……?」
「うん……なんかもう、色々どうでもよくなった……吹っ切れた、のかな……」
 黒ずくめの、細身の魔導士PCシロナ。やっと、隣に立てるようになった。
「あ、あのさ…………」
 イヤホンから聞こえる田中の声は、リアルで聞くのとは少し違う響きがする。これがThe Worldでの距離感。ある意味リアルよりももっと近い────

────探しに来てくれて、ありがとう…………

 囁くような言葉を残してシロナが消えた。遥か遠くのプラットホームが青く光る。
「……俺も、帰るか………」
 最果てを見た。オワリと……始まりの予感を見た。
「大丈夫……The Worldが終わっても。また、続いていく……The Worldも、リアルも」

───セカイはマワル……オワリはハジマリ……

 バルドルが───智彦がたどり着いた「答え」だった。






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----Logout

 FMDを外すと、引っ越してから一ヶ月のまだ見慣れない自室の壁が目に入ってきた。

『探しに来てくれて、ありがとう』

 そんな言葉が自分から出てくるとは思わなかった。
「ほんと、お節介なんだね………」
 あんなに素っ気なくして、壁を作って、酷い言葉で傷つけたのに。あんな、世界の果てみたいなフィールドにまで追いかけてきてくれた。
「オワリを、受け止める……でも、オワリじゃない…………」
 紅い花の少女に出会ってからずっと不安定だった足元が、やっと揺らぎを止めたようだった。
「……うん、もう大丈夫………」
 とりあえずヤヒロ───宮川にメールしてみよう。ずっと心配してくれていたから。メンバーアドレスを渡したから、バルドルと三人でパーティを組めるかもしれない。そんなThe Worldでの冒険を早速思い描いている自分が可笑しかった。
「やっぱり僕、The Worldが好きなんだ……」
 これで終わりじゃない。終わらせない……それを選ぶのは自分なのだとわかったから。

「岡野君……リアルのメアド知らない……」

 月曜日に学校で会えるだろう。その時にリアルのメアドもSNSも交換できる。リアルの───東京みたいに遠く離れてるわけじゃない、今ここに、同じ柳川の市内にいるのだから。

「友達に、なりたい……」

 選ぶのはいつだって自分自身しかいないのだ。
 リアルもThe Worldも、続けていくために。




 






2023/10/14 ... UP
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聖地巡りしすぎて柳川むつごろうランドまでレンタル自転車で走った私が見た5月末の柳川の麦畑は衝撃でした。金色の麦畑の広がる黄昏の碑文さながらの光景がそこにありました。GoogleMAPの「柳川 カントリーエレベーター」辺りで検索してストリートビュー見てください。マジで筑後平野真っ平らなので

 

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