Continuation エピローグ: 続くセカイで

 

 

****2024年3月21日(木)

 

「まだー?」
「待って、もうちょっと……」
 放課後、スマホとFMDを持って二人で屋上に上がってきた。コンクリートの床に背中合わせで体育座り。少しだけ触れ合わせている背中がほんのりと温かい。3月の風はまだ少し冷たいが、空は綺麗に晴れ渡っていた。
「キャラメイク、休み時間にもずっと考えてたんだけどね……色々迷ってて」
「あー、そりゃ仕方ないな。そういうのは徹底的にこだわった方がいいに決まってるし。そしたら今じゃなくても、家帰ってからじっくり考えてもいいし」
 カチカチとキーを操作する音が背中越しに聞こえる。
「いや、もう終わる……から、ログインして待ってて」

 2024年3月21日、待ちに待ったThe Worldの最新バージョン「FORCE:ERA」が公開された。
 R:Xサービス終了の日、マク・アヌの広場に集まった皆……バルドル、シロナ、ヤヒロ、そしてミルフィとトモエ。沢山のフレンドと別れの挨拶やメールを交わし、最後に集ったのがいつも一緒に遊んでいたメンバーだった。
 マク・アヌの夕暮れの空を見上げ、約束を交わした。次のバージョンでもまた会おう───……あの約束が叶えられる時がやっと来たのだ。
 日本語版の配信は21日午前0時。早速DLしてキャラメイクもすぐに終えた智彦は、田中からのメールを待つ間にうっかりログイン地点のドームから外に出てしまい、新しくなったThe Worldのグラフィックに───FMDいっぱいに広がった街と青空に引き込まれそうになったが、辛うじて堪えて早々にログアウトしたのだった。中学生の身ではそんなに夜更かしすることもできず、その辺りで寝落ちしたような気がする。
 思えば「The Worldで会おう」と言っただけで、一緒に始めようと約束したわけではない。でも、最初の冒険は、最初のパーティは、最初のメンバーアドレス交換は、アイツとがいい。同じスタートラインから一緒に新しいThe Worldに踏み出したいと思ったのだ。

「ログインできたけど、どこにいるの?」
「あ、ええと……ドームから外に出て左の方、CC社の公式掲示板のあるところ」
 お互いにどんなキャラを作ったのか話していない。そういえば名前すらも教えていなかった。キーを操作して三人称視点に切り替えると、ディスプレイには銀の髪、銀のプレートメイル、いわゆる「バルムンク型」のPCが映る。話さなくてもいいと思っていたのは、智彦がエディットしたのがR:Xの時と全く同じ外見、PCネームの斬刀士バルドルだったからだ。
 よくよく見れば細部のパーツは違っているものの、新しいキャラに加えて旧作からのデザインも継承されていたので旧作と同じPCを作ろうと思えばどこまでも似せることができる。無意識のうちに智彦────バルドルは、R:X時代の田中のPC・シロナの姿を探していた。

 リアルの智彦の背後で息を飲む気配がする。たぶん今、ドームから外に出たところだろう。俺も同じところで驚いたからな……ほくそ笑みながら一人称視点に戻し、田中のPCを探してぐるりと視界を巡らせる。ここは格好の待ち合わせ場所らしく、バルドルの他にも誰かを待っているらしいPCが数人佇んで、メニュー画面を開いたり、近付いてきた待ち人らしいPCに声を上げながら駆け寄ったりしている。
 新しい世界は今日始まったばかり。彼らが待っているのはリアルの友達か、旧バージョンからの仲間か、それとも───

「……智彦?」
 いつの間にか掲示板を見上げてぼんやりしていたバルドルに、一人のPCが声を掛けた。
「田中……!?」
 やっと来たのかと振り返ると、目の前にあったのはペイントの施された裸の胸板だった。
「ん?」
 ずい、と見上げると、バルドルより頭3つ分ほども背の高い筋骨隆々戦士タイプPC。
「たっ……田中………!?」
 にわかには信じられず疑問形で名を呼ぶと、巨漢のPCはこく、と頷いた。思い描いていた、R:X時代のような魔道士とあまりに違う。違いすぎる。
「俺は、ゴンドーだ。よろしくな、バルドル」
「あ……、ロールも?」
 ボイスチェンジをしているらしく田中の声ではない、そしてリアルでは使わない一人称で自己紹介をされた。
「うん」
 驚きすぎて気の利いた返事ができないでいる智彦の背中越しに、田中の素の声が聞こえた。
「……驚いた?」
 振り返ってFMDをずり下げてみると、同じように振り返った田中がFMDを外して笑っていた。
「おっ……どろいた!!」
 智彦もFMDを外し、体育座りを解いて田中の隣に座り直す。田中の手元を覗き込むと、FMDのレンズの中に、バルドルの銀髪の頭のてっぺんが見えた。
「これじゃキャラメイクに時間かかるわけだ。ずいぶん変えたなあ……」
「智彦はやっぱりバルドルにしたんだね」
「ああ。やっぱ愛着あってさ。でも、今思うと芸のないことしちまったかなー」
「芸……ってわけじゃないんだけど」
 智彦の言い草がおかしかったのか、田中は苦笑する。
「新しく───始めようと思ったんだ。前の学校のことを忘れたいわけじゃないけど、今僕がいるのはここだから……。新しいリアルと、新しいThe Worldと……」
 転校してきてもう半年も経ってるけど、と付け加えながら。
「前の学校には戻れないし、R:Xももうない。でも前の学校も、シロナでプレイしてたThe Worldも、楽しかったのは間違いないんだ。だったらしがみ付いてこだわり続けて重荷にしてしまうより、楽しかったこと全部、R:Xに置いてこようって思った……」

───ゲームを離れた時に「楽しかった」って思えるような遊び方をしたいよ、オレは。

 いつだったかのトモエの言葉を思い出した。
 途切れたリアル、終わりを告げたR:X───でもそれら「世界のオワリ」の向こうには、新しくできた友達とのリアルが、続いているようで一から始まるThe Worldがあった……。

「智彦が───バルドルがさ、繋げてくれたんだ。リアルも、The Worldも。だから僕は続けていける────」
 田中がFMDを掛け直して言葉を切ったので、智彦も再びThe Worldにダイブする。
「メンバーアドレスは……こうかな?」
 新バージョンになってUIはそれなりに洗練された感があるが、基本的なメニューや操作は変わらない。ゴンドーからメンバーアドレスが送られてきて、それを承認すればフレンドだ。
「きたきた! よろしくな……相棒!」
「ああ、こちらこそ、よろしく頼む」
 ゆったりとした低音ボイスがイヤホンから伝わり、聴き慣れた田中の声が隣から同時に聴こえる、不思議な距離感。
 リアルでもThe Worldでも、隣にいられる───いたいと願って走り回った結果の『今』だった。

「よーし! 行こうぜ!!」
 パーティを組んで一緒に歩き出した。
 新しくなったThe Worldのことをまだ何も知らない。新しいジョブ、新しいアイテム、新しいシステムやギルド───R:Xと比べてどこが変わったのか、変わらないものはあるのか、少しずつ知っていく……全てはここから。

 何度も終わって始まって────そうして続いていくセカイで。




 






2023/10/22 ... UP
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完!11年ごしで完結しました!!!リアタイにこだわってしまったので粗い部分が多くて心残りもあるんですが、とりあえず完!!!
ところでゴンドーのジョブは基本職の斬刀士からクラスチェンジする上級職なのでサービス初日からはあのビジュアルではなかったかも知れませんがそこはそれ。

 

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