中庭で昼食を取ろうと弁当箱をぶら下げて外に出たら、俺の座るつもりだったベンチに腐れ縁の親友を見つけた。
「カイト!」
「あ、ヤスヒコ〜」
傍らに置いた牛乳パックにストローが挿され、二口ほど齧ったらしい焼きそばパンを手に持っている。クラスは違うし待ち合わせていたわけじゃないから、先に食べているのはまあ当り前だ。
「よっと」
俺はカイトの隣に腰をおろして弁当を広げた。
「なあカイト、お前最近ログインしてないのか?」
「…うん、まあね……」
カイトにしては珍しく歯切れが悪い答えが返ってきた。
ゲームは一日一時間までという俺の制約はとっくの昔に無効になっていたけど、今だってそんなに長時間ゲームが許されてるわけじゃない。俺にとってはほんの少しだってログインできる時間は貴重だというのにこいつときたらもったいないことをしやがる。
「何か…あったのか?」
俺はさりげなさを装って訊いてみる。
俺たちだってリアルに学校はあるし部活は入ってないけどそれなりに色々あるから、そう毎日毎日The Worldに入り浸ってるわけじゃない。でも、最近のカイトみたいに何日もログインしないなんて、それこそ入院でもしない限りなかったことだ。
「……………………」
カイトは答えない。
何もないと言ったら嘘になってしまうから黙っているんだろう。
律儀な奴だ。
嘘はつきたくないが答えたくもないことらしいけど、俺も黙っているわけにはいかないから、単刀直入に言ってやった。
「クビアのことだろ」
「…っ……!?」
ズバリ言い当てられて驚いたカイトは勢いよく振り返った。
思わず力が入ったのか、ストローから牛乳がちょっと逆流している。
「あー……ごめん、実はさ、クビアから聞いちゃったんだ」
「な……!」
今度は焼きそばパンを握った手が震えて紅ショウガが落っこちた。見てるこっちが驚くくらいの動揺っぷりだ。
「聞いたって、何を…!」
「え、えーと、だから……クビアになんか色々インストールして面白いことになったって…」
「………………」
「あと、お前がログインしてこないから心配・・・っていうかしょんぼりしてたぞ」
「う……」
「カイトにわがまま言っちゃったから、怒ってるのかも知れない…」
俯きがちに呟く、小柄な黒髪の双剣士。
「腕輪の力はあんまり使いたくないって知ってたのに、僕が無理言って…」
そうじゃない、と俺は知ってる。
カイトはたぶん、クビアのためだけじゃなくて自分のために力を使ったのだ。
クビアに、リアルの人間と同じ五感と感覚を───
…
「もしカイトが、やっぱりダメって言うんなら、アンインストールする」
「そんなことしなくても大丈夫だ」
「でもさ……」
頭三つ分くらい背の高い俺を見上げる、金茶色の目が不安そうに揺れた。
「…ホント、世話の焼ける奴らだな……」
「え、何?」
学校ではともかく、The Worldではあれだけ女の子たちに囲まれてるっていうのに、こいつの選んだのはたった一人。
あのイレギュラーなPCと腕輪の「対」と言われるNPC───AIのクビア。
人間のプレイヤーは存在しない、女の子ですらない。それなのに、だ。
「ここもThe Worldも、どっちも大事な「リアル」なんだろ。クビアは確かにあそこにいるし、俺たちだって「オルカ」に「カイト」だ。腕輪の力使ったって今は誰にも迷惑かけるわけじゃないし、クビアと一緒にいるのがお前のThe Worldの遊び方なら、それでいいと思うぜ、俺は」
「うーん、そっか。そうだよね……」
「お前らもう色々規格外なんだからさ、これ以上どうにかなっても驚いたりしないって」
「…どうにか?」
「あー、いやまあ」
…いわゆる「恋仲」というやつになったとしてもだ。
俺が何も気付いてないと思ってるんだろうかこいつは。
「カイトは天然だし、クビアは人生経験足りないし…まあ何か困ったことがあったらまた相談に乗ってやるよ」
「は?今のって相談だった?っていうか僕天然じゃないしー!」
「はいはい…」
「それにしても、さすがは『蒼海のオルカ』だね」
焼きそばパンと弁当を片付けて残り少ない昼休み、二人で校舎へ戻る道の途中で、カイトが何故かあっちの名前を口にした。
「なんだよ…いつもは向こうでもヤスヒコヤスヒコ呼ぶくせに」
へへ…とカイトは何も言わずに笑う。
俺と違ってカイトはThe WorldのPCもこの素のままなのだ。
「僕、今日はログインするよ」
「そうだな。あんまり離れてると、あっという間にみんなに忘れられちまうし」
「どっかのオルカさんみたいに?」
「なんだとー!」
アハハと笑って身軽に石畳を駆けていく。
放課後になれば赤い双剣士になってマク・アヌの石畳を駆け、その先にはあいつが待っているんだろう。
「カイトのPCと腕輪が消えたら、僕も消える…。システム的にそういうことになってるけどそれだけじゃなくて、カイトがThe Worldにいるから、僕もここにいたいって思うんだ…」
リアルとネットの境界を越えて、お互いに強く求める気持ち。
The Worldだったら、そういうこともあるんだろう。
あいつらのその繋がりを何て言ったらいいのかはまだわからないけれど。
「やっぱThe World……面白いな!」
《4へ》 ... (2011/06/01)
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ヤスヒコと違うクラスなのは3年でクラス替えがあったからかも知れません。高校生になったからかも知れません。
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