| ・蒼炎&クビア
2010年のネットスラムからグランホエールに跳ぶと、カイトがログインしている気配がした。カイトも来てたんだ、と、嬉しさに心臓の辺りがふわんと熱を帯びる。と言っても僕のPCボディに心臓なんてないから、たぶん
『こころ』のある辺り。カイトがくれた、『僕が僕であること』、それから 『何かを好きになること』、色んな気持ちがそこに大事に仕舞ってある。
最近は僕もカイトも交互にトキオの奴に連れ回されて、入れ違いになることが多かった。今日はトキオなんか放っといて、二人で出かけたいなあ。
転送装置の光の輪が消えて、僕はグランホエールのメインホールに降り立った。
「カイト──── ……??」
朱い衣装の双剣士に駆け寄りながら声を掛けようとして、僕の語尾に疑問符が付いた。カイトが二人いるように見える。カイトと同型のPCは他にもグランホエールに乗っているけど、そらじゃない、シューゴでもない。
「…また増えたの…?」
同型が何体いたって僕にとってカイトはたった一人だけなんだけど。
「あ、クビア!」
僕に気付いて、カイトがにこりと笑う。
「…誰、こいつ……」
自分でも声に棘が含まれてるのがわかる。
わざとじゃないんだ。
上機嫌にしろ不機嫌にしろ、他人に感情を読まれるなんて絶対ゴメンだと思ってるのに、カイトが絡むととたんに制御が利かなくなる。自分が自分じゃないみたいになる。
カイトと同型3号のそいつは、よく見ると全然カイトと似てなかった。何故か服はつぎはぎだらけで、髪も伸び放題に長くて、おまけに背中に蒼い炎をしょっている。
「……お前は……」
どうして最初に気付かなかったんだろう。こいつは普通のPCじゃない。
「…葬炎%@士……か#と$」
不完全な音声データで自己紹介された。
「クビア、この子は葬炎の騎士カイト、トライエッジって呼ぶ人もいる。R:2のアウラの…」
「…うん、知ってる」
データベースで閲覧できる程度の知識は持っていた。R:2でアウラによって創り出された、アンチウイルスの為のNPC……AIを搭載し、『自我』を備えた、
────僕と、同じ…?
ううん違う。
だって僕は、世界を滅ぼす為に。こいつは世界を守る為に。
同じなんかじゃない。
どうしようもなく気に入らないような、でもとても気になって仕方ないような、おかしな気持ちを抱えながら蒼炎をじっと見ていたら、
「一応僕と同タイプなんだし、クビアも仲良くしてあげてよね。はい、握手!」
カイトに手首を掴まれて、同じようにされた蒼炎と強引に握手させられた。
「……ヨ%シク、”)あ」
「ああ…うん、よろしくね…」
なんか色々複雑な気分だけど、カイトが言うんなら仕方ないよ。
そう思ってぎゅっと蒼炎の手を握り締めつつ、僕は胸の内でこっそり溜息をついた。
*****************
その後蒼炎はどうやら僕のことを気に入ったらしく、側に寄ってきては話しかけてくるようになった。ハセヲの奴が言うには、『懐かれてる』らしい。同じAIだから?仲間だとでも思ってるんだろうか。
「なんでお前、アイツにそんな素っ気ないんだよ? お前だったらアイツの文字化けだってフツーに聞こえるんだろ? カイトと同型なんだし、もっとこう、あるだろ…」
うるさいなー。ハセヲのくせに生意気な。あんただって最初はコイツと超仲悪かったんでしょ? 知ってるんだから。
「あのさあ、同型だからって同じようにできるわけないじゃん。だったらあんたもカイトとびびんないで握手できるようになりなよ」
「うっ…それは……なんつーか…」
このヘタレめ。
「僕は……カイトと同型が何人いたって、カイトさえいればいい。僕にとっては…」
ちらりと、視界を蒼い炎が掠めた。いつの間にか近くに来ていた蒼炎が、僕たちの話を聞いていたらしい。
「……………………」
ノイズ混じりの音声さえ発しないで、蒼炎は僕をじっと見ている。
「…な、なんだよ……。今のが本心だよ、悪いなんて思わない。君はカイトじゃないし、カイトと同じように仲良くするつもりなんてない」
「お、お前な……!」
ハセヲが非難がましく声をあげる。僕に『懐いてる』蒼炎を突き放したんだ。
だって……なんでだろう? イライラするっていうか、落ち着かない気持ちになるんだ。カイトに似てるっていうだけで。こんなに不完全な姿で、不完全な音声データで、でも強さだけはハンパなくて、文字化けしながら一生懸命ひとに話しかけて。お前は一体…何なの?
「…く&あ……」
すい、と蒼炎が僕に近付いた。
微かなノイズと、揺らぐ蒼い炎。
「な、なんだよ…」
思わず警戒モードになる僕の前で、蒼炎は接ぎの当たった帽子に手を掛けた。
「………!?」
一瞬の後、僕に差し出された蒼炎の手の上に乗っていたのは…
「…なにこれ? マンゴー……?」
どうやら帽子の中にしまってあったらしい。R:1にはなかったアイテムだ。トキオに連れて行かれたR:2のギルドショップとやらで売っていたのを見たことがある。
「……くれるの? 僕に?」
かなり懐疑の混じった僕の問いに、蒼炎は無言のままこっくりと頷いた。
「クビア、お前……!」
成り行きをそばで見ていたハセヲが、大仰に驚きのポーズを取る。
「なにさ」
「こいつがマンゴーをプレゼントするのは、かなりトクベツに気に入った相手だけだぞ…!」
「………そう、なの……」
「まあ俺ももらったことあるけどな!!」
「あっそ」
ひたすら保護者のつもりらしいハセヲはこの際置いといて。
プレゼントっていうシステムはあるけど、もらいっぱなしで借りを作るのは本意じゃない。アイテム欄を開いて何かないかと探してみて……
「ああ、これ……あんたにあげる。トレードだよ」
整理も何もしないで放り込みっぱなしのアイテムのだいぶ下の方に埋もれてた、『双剣・梅暗』。ランクとしてはかなり上の武器で、特殊パラメータはクリティカルがちょっと上がるくらいだけど、名前がかっこいいから割と気に入っていた、The World「無印」時代のアイテム。
「今は僕、鎌闘士だから使わないけど、あんたなら装備できるんだろ?いらなかったら売っちゃっても別にいいけど」
敵を倒すだけならチートだってデータドレインだって構わない。でも、『反存在クビア』
としての能力を使わない、普通にThe Worldを楽しむ時に装備していたアイテムだった。
「チートなあんたには必要ないかも知れないけどさ、AIDAとか違法PCとか気にしなくていい時に、普通にレベル上げしたりレンゲキしてみたり……普通に誰かと一緒に遊ぶ時にでも使ってみなよ」
僕がカイトやバルムンクやオルカたちとThe Worldを旅したみたいに。あんたならたぶん、ハセヲかシラバスあたりが連れ出してくれるだろうから。
「&リ@トウ…!使$<セ&モラ=Y!」
前髪で半分隠れた目が瞬きをした。
……トレードなんだから、そんなに喜ばないでよ。
「普&ノざ・わー;ど………く$あモ、¥=アッ&ク<ル?」
「……え?僕……?」
The Worldを一緒に 『遊ぶ』? こいつと、パーティを組んで?
「………………」
傍らでは、蒼炎の言葉を三分の二くらいしか理解してないらしいハセヲが興味津々で見守っている。
「……うるさい保護者がくっついてこないなら、十回に一回くらいは付き合ってやってもいいよ」
「ちょっと待て!それって俺のことか!?」
何の話してたのかわかってないくせに、自分の悪口には敏感らしい。
「さあねー♪」
「…ソ;ナワケ¥=ラ、@せを</イテ来ルナ」
「なっ……何…!?」
「あっはははー! ざまあ〜!!」
「…くッ……!!」
見た目はカイトに似てるかも知れないけど、中身は全然違ってた。
PCとしての能力は飛び抜けて優れてるのに、そのこころはまだ未成熟のまま。プレゼントっていうシステムで自分の好意を伝えようと一生懸命になって……
「と&=ど成<!」
その手から虚空の双牙が消え、僕と交換した双剣・梅暗が現れた。
「ふーん、なかなか似合ってるじゃん。それなら一緒にエリア行っても足手まといにはなんないかな」
カイトに似てるってだけでどうしようもなく気に入らなかったけど、全然違うってわかってしまったから……
「ついでに、これもあげとくよ」
「……!?」
ぽい、と送信したのは僕のメンバーアドレス。R:1時代からの仲間の他にはトキオくらいしか持ってないレアものだよ?
「まあ、ヒマな時だったら付き合ってやってもいいよ。言っとくけど低レベルなフィールドじゃつまらないしお断りだからね」
我ながら素直じゃない、煽り文句しか出てこないって自覚はあるんだけど、素直で天然な蒼炎は皮肉も棘も全部スルーしてしまう。
「&リ@トウ……僕ノ¥送ル」
小首を傾げながら、メンバーアドレスを送ってきた。こっちも、トレード成立だ。
──── ありがとう、よろしく……クビア。
ノイズのない 『声』 が聞こえた。
カイトとは違う碧色の瞳が僕を見詰め、蒼い炎を映して揺らめいた。
《END》 ...2013年夏くらい ... 2025/09/13UP
********************
2013年11月?に発行されたクビアアンソロへの寄稿でした。カイクビ前提…というか当サイトの全てがそうなんですけども!
|