「好きだよ」

と、言われた。

あなたのこと、好きになっちゃったみたいなんだ

笑いながらさりげなく少年は言ったが、その瞳は真剣で、気圧されてヘルムートは、肯定も否定もできずにただ「ああ……」と曖昧にうなずくしかなかった。

肯定でも否定でもない。


……好きでも、嫌いでも………?




01「好きだよ」




その日もヘルムートは甲板で海を眺めていた。
天気は晴れ時々曇り。風が帆を張る。航海は順調だった。
ラズリルを奪回した後、ユーラスティア号はしばらく島々を巡り、今はミドルポートから海賊島へ向かう航路に就いていた。
頭の中に海図を描き、航路と速度をプラス。今頃はちょうど中間あたりだろうか。海賊島付近はヘルムートにとっては初めての海域だったが、やはり今まで見てきたどの海ともまた色が違うのが興味深くもあった。
もっとも、そんな風に海の色に気を留めるようになったのはラズリルに駐留してからだったし、ラズリル以外の海を見たのはユーラスティア号に乗ってからだった。クールークの領海では、海の色はどこも同じ、灰色がかったサックスブルーで、そればかりを見て過ごしてきたヘルムートは、群島諸国の海の色の多彩さに驚くばかりだった。
無人島からモルド島付近の底抜けに明るいターコイズブルー、ナ・ナル島あたりの鮮やかなセルリアンブルー、そして、公務の合間に窓から眺めていたラズリルの……

「ヘルムート!」
今まで見たあちこちの海の色を思い返していると、不意に声をかけられた。
声の主は軍主の少年で、ヘルムートが振り返ると嬉しげに駆け寄ってきた。


「好きだよ」とヘルムートに告げ、それに対する曖昧な返事をどう受け取ったものか、以来少年は何かにつけヘルムートに話しかけてくるようになった。
始めはためらいがちだった距離が、次第に近付いてきているのを感じる。
かつてヘルムートに恋心を打ち明けてきたのは一人や二人ではなかったが、そのどれもにはっきりと「おことわり」してきたのだ。しかし、この少年に対しては、何故か拒むことも受け入れることもできずに、なんとなくこの距離を許してしまっていたのだが……

「……で、その海賊島の酒場のお姉さんが……」
手摺りにもたれて、これから向かう島の住人の話をしていた少年がヘルムートに向き直ったちょうどその時、太陽にかかっていた綿雲が切れ、少年がまぶしさに目を細めた。

「あ……」

光に透ける、深い浅葱色……少年の瞳の色と、さっき思い返していたラズリルの海の色が重なる。

────………同じ、色……?




南進政策。ラズリル占領。求める物の矛盾。祖国への忠誠。建前と現実。

積み重なっていく疑問と、決して裏切ってはならないものとの間で揺れながら任務をこなすヘルムートが見つめていた・・・いや、見守ってくれていたのは、故郷クールークの海とは全く違う、ラズリルの明るい海だった。

その海と同じ色の瞳が、今ヘルムートの目の前にある。
ヘルムートをまっすぐに見つめている。



────「好きだよ」、か………



空が晴れた瞬間にわかった色々なこと……
つまり、自分も少年に惹かれていたのだということ。
そしてそのわけも。


「……ヘルムート、どうかしたの……?」
微かに笑ったヘルムートを、少年が小首を傾げて覗き込んでくる。
「いや、なんでもない……」

少年の告白に対する答えを、何故かもう少し、胸の内にしまっておきたかった。
気付いたばかりのその気持ちは、晴れた空を映すあの海の輝きでヘルムートの
心に灯りを点した。






《END》 ...2005.07.10




 


ヘルムートさん視点の話はどうしてこうも理屈っぽくなってしまうんでしょうか。
仕事や色々のことで眠れない夜に「寝れないんならSSでも書くか」って起き出して 書いたものなので…実にあからさまに……いやまあ。
そうなん…クールークだけが世界じゃない…ってね。どうするかねぇ。

ま、それはともかく。群島諸国の海の色は本当に色々です。勇壮な曲と相まって ただ航海しているだけでも楽しいです(王者の紋章で敵も出ないし)。 「新版・色の手帖」と見比べながら良さげな青色を選んでみましたが、まあ雰囲気で。





TOPへ戻る