「太陽暦449」




交易のために久しぶりに上陸したニルバ島は、その日もやはり快晴だった。リオンと連れ立って港から高台の市場へ向かう階段を登っていた王子は、途中で見える見晴らしの良い海の景色に見とれ、彼女に少し遅れてしまった。
「あ! いけない、またリオンに心配されちゃう……」
慌てて階段の残りを駆け上がると、階上に立ち止まっていた誰かとぶつかった。

「うわ!」 「あ!」
「大丈夫か!?」

先に起き上がったのは相手の方で、王子が立ち上がるのに手を差し伸べてきた。
「ごめんね、大丈夫だった?」
「うん、なんとか……。ありがとう」
見たところ、王子より少し年上の少年だった。ファレナでは見ない服装をしているので、おそらく群島の者なのだろう。碧い瞳が印象的だ。
「大丈夫でしたか……? まったく、こんなところで突っ立っているからだ」
少年のそばに歩み寄りながら、連れらしい青年が言った。細身の青年は、日焼けの気配のない白い肌と、銀の髪が目を惹いた。
「だってさ、ここから海が見渡せてすごくきれいなんだもの。ヘルムートだってそう思うでしょう?」
少年が眼下に広がる海に両手を広げて見せるので、王子もつられて海を見下ろした。ニルバ島の海はコバルトブルーに輝き、ファレナの河や湖とは違う力強さを湛えている。
「海なんて、いつも飽きるほど見ているだろうに」
「ニルバ島は久しぶりだし、今日はちょっと……いつもと違う気がするんだ」
「なんだそれは……」

「……王子!!」
王子が海を眺めながら二人のやり取りを聞くともなしに聞いていると、よく通る少女の声が王子を呼んだ。
「あ、リオン!」
「すみません、市場に気を取られてしまって……」
息を切らせながら謝る少女と応える王子を、先程の二人は驚いて見つめる。
「王子……って」
「もしかして、ファレナ女王国の、王子様?」
ニルバ島は中立地帯、しかもファレナの国情が不安定な今は、なるべくならお忍び状態にしておきたかったのだが。
「そうです! ファレナ女王国、ミトラ王子殿下です」
臆することなくリオンが名乗る。放っておけば控えおろう〜、とまで言いそうな勢いだ。
「……あの! だからと言って何と言うこともありません! ここはファレナではありませんし、今の僕は……」
王子であって王子ではない。その上ファレナでは元々男子に王位継承権などない。恐らく他国から見れば、内乱のどさくさで王座を狙う反乱分子がいいところだろう。ファレナの者ならともかく、群島の者たちとはなるべく穏便に出会いと別れを済ませたい……と、王子が二人の様子を伺うと。
少年の方が王子をまじまじと見詰めていた。その視線は、王子を見ているようであり、その後ろの海を見ているようでもあった。
「……あの、何か……?」
声音に若干の警戒を滲ませて、リオンが訊いた。ファレナの王子と知って、彼らが何かを仕掛けてくれるかも知れない。護衛の彼女としては、当然の態度だ。
そんなリオンを気にする様子もなく、少年が言った。
「……ファレナは今、内乱状態になっている」
「うん」
「で、敵に掌握された政権と王都を取り戻すために、仲間を集めて戦っている」
「そうです」
「君の持っている紋章は、真の紋章ではないけれど強い力を持っていて、君を戦いに巻き込んで、仲間たちと引き合わせた……」
「え………?」
定まらない視線と相まった、不思議な物言いだった。
今まで彼を普通の少年だと思っていた王子は戸惑った。セラス湖の本拠地に集う仲間たちは皆、王子が黎明の紋章を宿していることを知っている。だが、紋章について詳細を知るものはそう多くないはずだ。それを、群島の者と思われる少年が知っていて、しかもこの戦いは紋章が主体であるかのような言い方をしたのだ。
「あなたは、一体……」
王子の脳裏に、漆黒の長衣の美女がちらりとよぎる。
────もしかして、この人たちも……”星”なんだろうか………
一度閃いたその思いは、抗い難い強さで王子を惹き付けた。そうして、さっきとは逆に王子が瞬きもせずに少年を見詰めていると。
「……そうか、君が今度の……」
少年が淡い笑みと共に、含みのある呟きをもらした。
「え? 何ですか?」
「ううん、なんでもないよ」
それまでの不可思議な雰囲気を拭い去って、少年はにこりと笑い、空を仰いだ。群島へ続く空と海、そして少年の碧い瞳。
彼がそうなのか、そうでないのか……考えることすらもどかしく、王子は少年に言った。
「あの! もしよかったら、僕たちの仲間になってくれませんか?」
「王子!?」
まだ少し警戒しているらしいリオンが、驚きの声を上げる。
それを目で制しつつ、ファレナの国情と、自らの戦況、そして共に戦ってくれる仲間を集めていることを手短に説明する。時折うなずきつつそれを聞いた後、少し考え込むような仕草をした少年は、海の碧色の瞳を王子に向けて静かに微笑んだ。
「……力を貸してあげたいのはやまやまだけど……それはたぶん、僕の役目ではないと思う……」
「……そう、ですか………」
勢い込んだ分だけ力が抜けて、王子が溜息混じりに呟くと。
「…すみません。私たちは、群島を離れるわけにはいかないのです」
青年が、真摯な瞳で王子を見据えていた。淡茶の瞳のその強さは、王子に献身するリオンの眼にも似ているような気がした。
……本当に、この人たちは一体、何者なのだろう………。
斜め後ろでリオンも王子同様に息を詰めている気配がする。そんな若干の緊張感の中、少年が再び口を開いた。
「それにさ、ファレナには、巨大ガニとかカツオとかいないでしょう?それってちょっと辛いんだよね〜〜」
「……………………………………カニ?」
張り詰めていた空気が一気に弛む。
「カニってまたオマエは!」
青年が、すかさず少年にツッコミを入れた。
「だ、だって〜〜!! カニが食べられなかったら僕戦えない! 生きていけない!」
「そんなわけあるか!!」

……本当に、この人たちは一体、何者なのだろう………。



「……君に、星たちの加護がありますように」
そう言い残して去ろうとする二人に、王子は最後に訊いてみた。
「あの、名前だけでも教えてもらえませんか……!」
「……………」
青年としばし瞳を見交わした少年は、王子に向けて僅かに眼を細めた。
「………アキツ。僕はいつでも群島にいるよ。君もいつか…──かも知れないね」
「……え?」
聞き返そうとした王子にそれじゃ、と軽く手を挙げ、二人は市の人波に消えていった。

「王子………」
「……リオン、あの人、最後に何て言ったか聞こえた?」
「いいえ、私にはよく聞き取れませんでした」
「そう」

────君もいつか…『帰る』かも知れないね……

そう聞こえたような気がした。
その言葉の意味も、彼らの正体も、今は何もわからない。
いつかファレナが平和になる時、そして王子が群島を訪れる時に、その答えがわかるのかも知れない。
今日の海と空と、少年の瞳の碧の色を、忘れることはないだろうと王子は思った。






《END》 ...2008.01.14




 


言い訳
・これは5SSではなくて4ヘルです。
・ヘルムートさんは真のうさみみの紋章、もしくは真の海の紋章を宿しているので何百年だって4主と一緒です。(耳っ子→うさみみまんが参照)
・王子がオベルの血統かも知れないって萌えるよね!
・捏造が激しくて本当すいません。





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