「君の名は」




「……ああ、俺のエリザベータ…………」
「………………………………!!?」
ヘルムートの後ろに忍び寄って抱きつこうとしていた少年は固まった。

ヘルムートが。
切なげに。
女の名をつぶやいた。

「……?  ああ、アキツ、いたのか」
背後の不穏な気配に気付いたのか、ヘルムートが振り向いて少年に声をかけた。
「ヘルムート!! エリザベータって誰!? クールークに残してきたコイビトか何かっ!?」
振り向いたヘルムートに、少年は猛烈な勢いで迫った。胸ぐらを掴んで、ほとんど絞め殺してしまいそうな勢いだ。
「……くっ、苦しい……! 放せ!!! そうじゃない、アレだ、あの船……!!!」
締め上げられながらヘルムートが、旗艦から少し離れて付いてくる船を示すと、ようやく少年の手が緩んだ。
「あの船……?」
それは、オベルの巨大船・ユーラスティア号と比べると当然小振りに見えてしまうが、それなりに大きな艦────それもそのはず、元クールーク第三艦隊・オベル占領部隊の旗艦であった。
先のラズリル海戦で敗北と同時に大破したそれは、レッドリボン軍に接収された後修理を施されたが、戦艦としてはもう役に立たず、輸送と非戦闘員の住居のために使用されていた。
「あ、あの船に、ヘルムートの思い人が……ッ!!!?」
手摺りから身を乗り出して、少年は元クールーク艦を凝視した。握り締めた手摺りがみしりと音をたてる。
「……何故そうなる………」
「だって、エリザベータって……!」
ヘルムートを振り返った少年は、ちょっと泣きそうだった。
だから、少し落ち着いて人の話を聞け……と、ヘルムートは溜息混じりにつぶやいた。

「……船の、名前……」
「そうだ。縁起を担いで船に女性の名を付けるのだが……群島にはないのか? そういう習慣は?」
「……聞いたことはある。僕が今まで乗った船にそんな名前のはなかったけど」
元第三艦隊の旗艦・エリザベータ号はクールーク艦隊の中でも古株で、誰がその名を付けたのかはもうわからない。
「奥さんとか、恋人とかの名前だったのかな?」
「さあな。いずれにせよ、大切な人の名だったのだろう」
「そうかー、そうだったのかー……」
ヘルムートに恋人がいたわけじゃなかった。女性を愛するように、船に女性名を付けて大切にする船乗りの習慣だったのだ。
「短期とは言え艦長を務めたからな。それなりに愛着はあるさ」
「うん、そうだよね」
少年にもわかる。艦長でなくとも、乗り組んだ船にはどれも敬意や愛着を覚えるものである。

「そう言えば、この艦は?」
「え?」
「『ユーラスティア号』。何か由来があるのか?」
「ああ……うん。由来っていうか、引用っていうか……」
トーブ案『根性丸』やチープー案『オレンジ号』をお断りして、このオベルの巨大船に名を付けたのは少年だった。
「もう何百年も昔の、伝説の海賊船の名前。船を率いる女船長は、私腹を肥やして民を苦しめる権力者を懲らしめて、弱き者たちのために戦った義賊だったんだって」
「義賊……キカ殿のような?」
「たぶんね。その海賊船の船長にはいろいろ不思議な力があって、助けを呼ぶ者の元に必ず現れるとか、何十年経っても変わらない少女の姿のままだったとか……」
「……そこまでくると、まさに「伝説」という感じだな……」
「小さい頃絵本で読んで、ずっと憧れてたんだ。船に名前を付けろって言われて、真っ先に思い浮かんだ」
「……そうか………」
女性名ではなかったが、少年にとってはやはり大切な名だったのだ。
「そうだ! その本、たぶん図書室にあると思うよ。群島ではわりとポピュラーだから。よかったら読んでみてよ」
「ああ、そうだな。……で、その本のタイトルは……?」






《END》 ...2007.05.26




 


「少女海賊ユーリ」シリーズ・みおちづる著・永盛綾子絵・フォア文庫(童心社)刊。
完結記念に!幻水4プレイ前からずっと追いかけてたシリーズで、ジャストミートうちの船の名前の由来です。

蛇足ですが、第三艦隊とか占領部隊の構成とかは適当です。。





TOPへ戻る