「WIND−SCAPE〜あの丘に登れば風と大地が見える」




「時間も余っちまったし・・・さて、どうするかな」
乾いた風の吹き抜ける大通りで、ザックは一人つぶやいた。
「そうだねー、晩御飯までだいぶあるし、なんか食べに行こうよー」
そうそう、一人ではなかった。懐から肩へ、相棒のカゼネズミがかけ上ってきた。
ここは、久しぶりに訪れたミラーマの街。ミラーマに限らず、街に立ち寄るのも数日ぶりだった。三人そろって宿を取った後、ロディは弾薬の補充に、セシリアはマジックギルドへ、ザックはアイテムの補充に。そうして分かれて行動するのが、最近の習慣だった。

アイテムは十分だったので武器屋へ行ってみたが大したものはなく、ザックの用事はあっという間に済んでしまった。宿屋の食事の時間まではまだかなり余裕がある。そんなわけで、武器屋から出てきたザックは今、大通りに所在なげにたたずんでいるのである。
「そうだな。せっかくだから、のんびりしとかねぇとな」
相棒の意見に賛成して、ザックはパブへと足を向けた。


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ミラーマは、その別名を『水の街』という。その名の通り、街中のいたる所に水路が引かれ、昼も夜も水音が絶えることはない。運河に架かる橋を渡り、水の匂いを運ぶ風に吹かれていると、荒廃にさらされた、砂と岩だらけの外の世界がウソのように思えてくる。
だが・・・・とザックは胸の内でつぶやいた。露天商の店先には、剣やナイフや、ガンウォリアーでなくても扱える火器や爆薬の類が並べられている。その光景が、街の外を取り巻く脅威を、嫌でも思い起こさせる。ガーディアン神殿の庇護の元にあるこの街でさえ、例外ではないのだ。


──ま、それを俺たちがなんとかしなきゃなんないわけで。

気を取り直して露天商の並ぶ通りを見回すと、茶系のテントと人々の服装の中に、ふと鮮やかに浮かび上がる人の姿があった。

────姫さん!

なにやら熱心に屋台をのぞき込んでいる。台に並べられているのは、ブレスレットやペンダントなどのアクセサリーのようだ。むろん、ただの装身具ではなく、魔法の力が封じられた、防御用のアイテムなんかもあるだろうが・・・・

なんとなく、声をかけるタイミングを失って、ザックはセシリアのいる斜め向かいの店の前で立ちつくしてしまった。
それは、ほんのちょっとの出来事だった。セシリアが、何かを手に取って、でもすぐに台に戻して、店の主人と少し話をした後、店の前を離れて通りの角を曲がっていった。よくあることだ。ちょっと目を引いた、通りすがりの店の品物をあきらめた、ただそれだけのこと。

だが、その時のザックには、セシリアが何をあきらめたのか、無性に気になった。
「あら、さっきの子のお連れさんですか。これですよ、この、イヤリング」
いかにも話好き、世話好きそうな女主人は、こまごまと並べられたアクセサリーの中、一組のイヤリングを指し示した。
「これを、姫さんが・・・」

この石・・・・たしか、ブルームーンストーンとかいったっけ。アクアマリンのような色合いの、でも透明ではなく春の空のように優しい半透明の淡い水色。ハンペンが肩からのぞき込む。
「わぁっ・・・・キレイなイヤリングだねー。セシリアに似合いそう。どうして買わなかったんだろうね?」
「それがねぇ、『新しい魔法を造る分の持ち合わせしかないし、戦闘中に落としてしまうかもしれないから、アクセサリーは付けられない』とか言ってましたよ。渡り鳥なんてやってると、けっこう気を使うものなんですねぇ」

「──── ・・・・・・・」
なんとなく、胸を衝かれるような思いで、ザックはそのイヤリングから目が離せなくなった。

セシリアは今でこそ、なんとか『渡り鳥』らしく見えるようになったが(それでもまだ半人前の)、出会った頃は魔法使いの少女らしく、長い髪に長いスカート、イヤリングなどのアクセサリーも付けていたように思えるが・・・。


女だからと、特別扱いはできない。そんな甘い考えでは、この荒野は渡れない。自身が『渡り鳥』となってから、ザックはずっと自分にそう言い聞かせてきた。
だが……長年のそんな信念が、揺らいでしまうのだ。愛の守護獣・ラフティーナを目覚めさせてから、セシリアは変わったとザックは思う。それまではガーディアンの巫女として、アーデルハイドの公女としての使命で精一杯だったのが、今は余裕を持って色んな事を見られるようになり、柔らかな雰囲気をまとうようになった。自分とロディの他愛ないやりとりを、一歩引いたところで見つめるその微笑み・・・・セシリアが《女性》であることに、知らず安らぎを覚えてしまう。それが特別扱いでなくて何だというのか。

────思いこみすぎ、買いかぶりすぎではないか?
だが、そんな心の声とは裏腹に、いつの間にかザックはイヤリングを手にしていた。



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「・・・・・・はぁ〜〜」
一人宿屋のベッドに寝転がり、ザックは思わずため息をついた。ロディとセシリアは出かけている。宿の食事の後、セシリアがパブにデザートを食べに行く、と言い出したのに、ボディガードのつもりかロディも付いて行った。

────「デザート」なんて、可愛いモンじゃねぇだろーな。あそこのヤキソバは殊の外気に入ってるみてぇだし・・・・・

目の前に、昼間買ったイヤリングをかざしてみる。ランプの黄色い明かりの中では本来の色はわからない。目を閉じると、鮮やかな水色の空が思い浮かんだ。その色を切り取って、セシリアの姿に重ねてみる・・・・。

「・・・・・・はぁ〜〜」
「ザックぅ〜、さっきからため息何回目さ〜?」
枕の陰から、ハンペンがぴょこりと現れた。ザックがイヤリングを買ったことに対しては、特に何もツッコミはない。数年来の相棒だけあって、ザックがどういうつもりでそのイヤリングを買ったかちゃんとわかっているのだ。その気持ちが、からかってもいい種類のものではないことも。


「これをさ、買ったはいいが、どうしようかと思ってな・・・・」
「どうしようって、ザックが付けるわけじゃないんだろ。決まってるじゃないか、そんなの」
「〜〜〜〜そりゃそうなんだけどよ〜」
自分はどういうつもりでこのイヤリングを買ってしまったのか。自分がセシリアのことをどう思っているのか、いまいちよくわからない。

────旅を始めた頃とは、絶対違う。「旅の仲間」以上の存在だ。けど、エルミナの時みたいにとにかくむちゃくちゃ好きでたまんねぇってのも違うような気がするし・・・。強いて言えば妹とか、家族なんかに近い気がするようなしないような・・・・・・

知らず知らず眉間に寄ったシワを、ハンペンが小さな手で両側から引っ張った。
「オイラに言わせりゃさ、そーゆーのって、なるようにしかならないんだよ。案ずるより産むが易しって言うしさ、軽〜くさりげなく渡しちゃえば?」
重く見られたいんなら、それなりの感じで渡さなきゃなんないだろーけど、と付け加える。どうやら相棒は、ザックがこれをどうやってセシリアに渡したらいいかで悩んでいると思っているらしい。もちろんそれも思案のひとつではあるのだが。

────姫さんだけじゃなく、俺も変わってきてるってことなのか・・・・

目に見えてわかるセシリアの変化と成長を、どこかうらやましく思う。

────俺も、変わることができるだろうか・・・・・?

薄くなったランプの明かりの中、ザックはいつの間にか眠りに落ちていった。



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強い風が、ザックのコートの裾をあおって通り過ぎて行く。ミラーマからアーデルハイドへ抜ける唯一の山道────通称・マウンテンパス。三人が今いるのは、その中腹。そろそろ魔物どもが、襲ってくる頃合いだ。

ザックの斜め前を歩くセシリアの髪が風に流されるたび、その耳元のイヤリングがいやでも目に入ってくる。旅立ちの朝の慌ただしさの中で、何気ない風を装って渡したものだ。

***


「────これって、もしかして・・・・」
「ああ。昨日姫さんが、物欲しそ〜に見てたやつだよ」
「べっ、別にわたし、物欲しそうになんて!」
むう〜、と見上げるセシリア。その手に受け取ったイヤリングをロディがのぞき込む。
「これ・・・イヤリング?きれいな石だね。付けてみてよ!」
「う、うん」
そして・・・・・・。

***

「ザック」
唐突に、足を止めてセシリアが振り向いた。
「な…何だよ」
不意をつかれて、ザックも思わず立ち止まった。
「あの・・・・・・そろそろ、魔物が出てきそうな感じですよね?」
「ああ、そうだな」
「それで、そのぅ・・・、せっかくもらったイヤリングなんですけど、戦闘中なんかに落としてしまったら困るので、外しておきますね」

何やらいいにくそうに話を切りだしたセシリアがそんなことを言ったので、ザックは思わず笑ってしまった。笑わないで下さい!と、セシリアがぷうっと頬を膨らませる。

「ああ、いや、おかしいってわけじゃねぇんだ。ただ・・・・」

────気に入ってもらえたのが嬉しかったから・・・?

「・・・・ただ、何ですか?」
「な、何でもねぇ!!」
ふところでハンペンがくくっと忍び笑いをもらした。
「てめー、盗み聞きして笑ってんじゃねぇ!」
「うはははは〜、ザックってばおっかしい〜」

ザックと、ザックの手をすり抜けて逃げるハンペンの掛け合いにくすくす笑っていたセシリアは、それが落ち着くと、水色の石のイヤリングを外して、丁寧にカバンにしまい込んだ。

「今はまだ、街の外では付けていられない・・・・。今度このイヤリングを付けるのは、ファルガイアが平和になった時。そういうことに、してもいいですか?」
「そうだな。そういうささやかな目標も、悪くない」
ザックがそう答えると、安心したように、セシリアの表情がふわりとゆるんだ。その笑顔が、不意に誰かのものと重なった。

────ああ、そうか。巫女じゃなくて、ラフティーナだったんだな…

 ラフティーナ・・・それはファルガイアを見守る慈母のまなざし。今のセシリアは、その巫女というより、ラフティーナそのものに似ている気がする。自分に一番近しい女性(例えば母親のような、あるいは・・・)として、彼女はそこに在る。

────う〜ん、そういうこと、なんだろうか・・・

自分の気持ちになんとか説明を付けられるような、付けられないような。
まだ少し冷たい風が覗かせるセシリアの耳元には、今は何も飾りはないけれど、にこっと笑うセシリアの後ろには、イヤリングの石と同じ、淡い水色の春の空。その水色が、セシリアの耳元を飾るときまでその答えは保留になりそうだ。

山道を吹き抜ける風が、少し穏やかになったような、そんな気がした。






《END》 ...1999くらい?




 







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