「SERENADE〜小夜曲」




その日のアーデルハイド城は、公女セシリアの久しぶりの帰城と、プロト・ウィングの完成という二つの喜ばしいニュースでわきかえり、日が落ちて大分経ってからも、城全体が人々の熱っぽいざわめきに包まれていた。 
ロディが会議室を覗くと、エマ博士がハンペンと部下たちを交えて航空力学について何やら講義していた。ザックは城下町で集めた情報を整理し、地図とにらめっこするのに余念がないようだ。
彼の探し人は、そこにはいなかった。
「おかしいなぁ。ここにもいないなんて・・・・・・」
ふと思いついて、ロディは台所へと足を向けた。





アーデルハイド城は、遺跡なみの年月を経た相当古い建物で、内部は広くてけっこう複雑である。最短のルートを選んだつもりでも何故か遠回りしている気になるのは、以前に兵士の目をかいくぐって城を脱出、ということをやらかしたせいだろうか。
ダンジョンで間違った道を選んでしまった時のような違和感を覚えながら大広間を通り過ぎようとするロディに、声をかける者があった。

「『渡り鳥』よ、姫様をお探しかな?」
立ち止まってふり返ると、ヨハン大臣が、にこにこしながら手招きをしていた。内心急いではいたのだが、無視することもできないので、そのまま招かれる。
「あのぅ、セシリアは・・・・」
「いやぁ、姫様から聞いたのだが、君もいろいろ大変な目に遭ったそうじゃないか。しかしなんだね、最近は新発見のゴーレムやら飛空機械やら、すごい出来事が多すぎて、その手の知識にうとい私にはどうも・・・・」
ロディの問いかけは遮られ、ヨハン大臣が何やら世間話を始めてしまった。内心の苛立ちを隠しながら、ロディは「はぁ・・・・」と相槌を打つしかない。
「君達と旅に出てからというもの、時々ここへ戻ってくる姫様はとても生き生きしておられる。そうは思わんかね?」
「えっ、そ、そうですか?」
いきなり話題をセシリアに振られてちょっぴり動揺するロディにニヤリとしてみせるあたり、やはり一国を預かる大人物だけあってあなどれないようだ。


「小さい頃・・・・修道院へ入学する以前、城にいた頃の姫様は、それはそれは『よい子』だった。わがまま一つ言わない、叱られるようなこともしない。幼いながらも公女としての自覚と態度を身につけた・・・・それは王や大臣としての私たちの理想であったはずなのだが、本当にそれでよいのだろうか、という思いもなくはなかった。
君達との旅の出来事を楽しそうに話す姫様を見ていると、やはり私たちは間違っていたのかもしれない・・・・、そう思うのだよ・・・・」






こつ・こつ・こつ・こつ・・・・


さっきのルートの逆戻りで、ロディは階段を昇っていった。石造りの壁にぶつかって響く自分の靴音を聞きながら、さっきのヨハン大臣の言葉を思い返してみる。

────「あの頃の姫様は、自室のテラスで空を眺めていることが多かった。今思えば、その頃から姫様の心は『渡り鳥』となって、空を旅していたのかもしれないな・・・・」



ヨハン大臣は、そうしみじみと語ったのだが。
だけど、とロディは心の中でつぶやいた。自分たちと旅をしている『渡り鳥』としてのセシリアが彼女の本質の全てかというと、それもまた違う、と思うのだ。
公女としてのセシリアも、『渡り鳥』としてのセシリアも、どちらが嘘でどちらが本当ということはない。どちらもセシリアの、ほんの一面にすぎないのだ。
見た目は普通の「正義感の強い少年」のロディが、誰よりも深い優しさを秘めているように。ザックがその軽口の下に、暗く重たい過去に対する感情を隠しているように。



あの時、ロディの夢の中に流れ込んできた、セシリアの隠すもののない裸のままの心は、その多面体の結晶の表面に、たくさんの《セシリア》を映し出した。

暗く沈んだ色合いの面はたぶん、「誰からも愛されていないと思い込んでいる」《セシリア》。「理想の公女を演じる自分自身を嫌う」《セシリア》。

・・・・・・けれど、その内側に秘められた 核 のきらめきを、ロディは感じることができた。そして、セシリアの叫びがラフティーナを呼び醒ました瞬間、その結晶は輝きを増して、セシリアの心を、その想いを、ロディの閉ざされた心に直接伝えてきたのだ。

「たとえあなたの造られた目的が何であれ、ファルガイアを、大切なものを守りたいという想いは千年前と変わらないはず。・・・・・・だから、あなたの持つ力を、あなた自身の存在を否定しないで・・・・!」






すぅ────── ・は────── 。


深呼吸をひとつ。目の前には、荘重なアーデルハイド城に相応しい、控えめだが丁寧な装飾の施された扉。

もちろんセシリアの部屋の、である。実はさっきもここまで来たのだが、ノックをしても返事がなかったので、部屋は空っぽだと思っていたのだ。

────こんこんっ

ノックの音が軽く響く。返事がないのはさっきと同じ。
そっと扉を開けると、壁のランプの薄灯りがロディの足元に影を落とした。が、こぢんまりとした部屋の床には、そこにいるべき人の影は描かれていなかった。
空っぽの部屋を見渡してみて、ふわりと前髪を揺らす風に気付いたロディは、テラスへと続く開きかかった扉に歩み寄った。



・・・・・・果たして、二つの月の明かりに照らされて浮かび上がるセシリアの姿を、ロディはやっと見つけることができたのである。


ロディがテラスに出ると扉が軽くきしんで音をたて、手すりにもたれかかっていたセシリアが、ぱっと振り返った。

「・・・・ロディ」
驚いたような表情をほっと緩ませ、どうかした?と仕草で尋ねるセシリアに、ロディは「うん……」と、あいまいにうなづいて、セシリアの隣で同じように手すりにもたれかかった。
眼下には月明かりに包まれた城下町が広がり、その向こうに交易船の停泊しているアーデルハイド港と内海が見渡せる。

黙ったままのロディの様子に、セシリアは何か察したようだった。

「・・・・・・今、城下町を見ていたの。しばらく見ないうちに、また立派になったと思って。
・・・・・・ねえ、もしもわたしが普通の町の娘でも、今みたいに旅なんてしていないただの公女でも、街が発展して嬉しい気持ちはどっちも同じだったと思うの。わたしがどんな身分や立場であっても、いろんな事を見たり感じたり、考えたりするのは『わたし』なんだってことに気付いたから・・・・・・アーデルハイド公女の身分のわたしも、ガーディアンの巫女の立場のわたしも、とっても素直な気持ちで受け止めることができるの」

(たぶん、あの時から・・・・・・)

声に出しては言わなかったけれど、セシリアの目が最後にそう告げていた。言葉にしなくても、夢を共有したロディにはわかっていた。
あのとき『何か』を得たのは自分だけではない。セシリアにだってわかっているはず。けれどセシリアは、言葉に出して言ってくれたのだ。たぶん、ロディのために。

「・・・・・・怖かったんだ。あの時、何もかもが。目を開けて、現実を見ることが。俺は誰かが傷つくのを黙って見てなんていられない。何としてでも守りたいって思う。その気持ちにウソはないけど、そのせいでまた一人ぼっちになるのはもう嫌だって思う気持ちも本当のことなんだ。
俺が心を閉ざしていたのは夢魔のせいだけじゃない。目覚めた時、もしかしたらそばに誰もいないんじゃないか。セシリアやザックだって、俺の身体のことを知っても今までどおり一緒に旅が続けられるんだろうかって・・・・・・!──────── でもっ」

話しているうちに、底なしの闇をのぞき込むようなあの時の感覚を思い出して、知らず知らず早口になる。
そして、唐突に言葉を切って────────


セシリアは、それには答えなかった。『でもっ』の後にくる言葉、二人の夢に何があったのか分かりすぎる位分かっていたから。言葉で答える必要はなかった。

言葉の代わりに、セシリアはふわりと微笑んだ。瞬間、ロディは心臓がどきんっ、と跳ね上がるのを感じた。
石の女神の殻を砕き、愛の守護獣・ラフティーナの力を得たセシリア。今のセシリアの微笑みは、その巫女というよりもラフティーナそのものに似ている気がする・・・・・・。

ロディの張り詰めた気持ちが、あの時のようにふわりと解けていった。
何かを大切に思う気持ち・・・・・・それが全ての始まり。それが愛や勇気や希望というものに形を変えて、大切な何かを守るための力となる。
あの時セシリアがたどりついた『答え』は、そういうことだった。

そして今、ロディが見つけたものは、立ち上がる力をくれるもの。守る力の源となるもの────────

「セシリア」
「なぁに?」
「ありがとう・・・・・・」

それは、あの朝言いそびれてしまった言葉だった。
たった一言、その気持ちをセシリアに伝えたくて、ロディはあちこちを探しまわったのだ。

セシリアは、やっぱりそれには答えなかった。
けれど、もうロディが迷ったり怖れたりすることは何もない。ロディにとっていちばん大切なもの、守るべきもの いつもそばにいてくれる人の微笑みを、手に入れたのだから・・・・・・。






《END》 ...1997.03.30




 


WA本「WIND-SCAPE」に載せたSSでした。セシリアがかなり理想化されています。
プレイ当初はやはり偽善っぷりが鼻についたのですが、その元凶である彼女の
コンプレックスが何だったのか明らかになったとき、WAで一番共感できる、大好きな
キャラになったのでした。

ラフティーナ覚醒以降、セシリアの雰囲気はだいぶ変わったように思います。
それまでは自分のこと、世界を守るという「使命」で精一杯だったのが、他のことも
見る余裕ができたというか。一歩引いたところでロディとザックを見守るセシリアは、
どこかラフティーナに通じるものがあるような気がします。ラフティーナの「愛」って、
「母の愛」だとなんとなく思うのです





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