「もし私がペガサスではなかったら、私は主と出会うことも、共に戦うこともなかったでしょうか」
いつもは静かな部屋に、今日は雨の音が忍び込む。ぱらぱらと屋根を打つ響きに遠い昔の記憶が蘇った。
「そんなことはない」
主、ドルベは即答する。そういう人なのだ。
「前世の君が人間だったとしても、きっとどこかで出会っていた」
「そうだとしたら、私も剣を持って主の隣に立っていたかも知れませんね」
「君が剣を? うーん……」
似合わない、とでも思っているのだろうか。それを言うなら現世の主にもあまり似合いそうにない。
「本当は君を戦に連れて行きたいわけじゃなかった…危険な目に遭わせたくはなかった。いつも言っていただろう?」
「ええ、そうでしたね。でも……」
貴方が私を呼んでくれたから。
どうしようもなく人間嫌いの暴れ馬だった私に、優しい声で囁いてくれたから。
────君と、友達になりたいんだ。
どんな馬も心を開く、奇跡のホース・ウィスパラー。
だから私は、今も貴方の隣にいるのです。
2014/05/01
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「───マッハ」
「はい」
「・・・・・・・・」
「・・・何でしょうか?」
「いや、何でもない」
「・・・・???」
名を呼ぶとすぐに振り返る。言葉を飲み込むと不思議そうに首を傾げる。
私の忠実なペガサスは、現世でも変わらず素直で可愛らしい。
戦場で私を乗せて翔けた逞しい体躯や優雅な翼はここでは顕すことはできなかったが、
代わりに美しい金色の長い髪を持つ細くたおやかな長身の人型を取っていた。
私があまり名を呼んでは黙りを繰り返すと、からかわないでください!と頬を膨らませて怒る。
そんな仕草もたまらなく可愛くて、おいで、と呼ぶと嬉しそうに寄り添ってきた。
長い髪が私の頬にもさらりと落ちかかり、ごしゅじん、と囁きながら肩を寄せそっと耳の後ろの髪を食む。
人の姿を取っている今も少しだけ残る前世の習性・・・・・グルーミングなのだった。
「ふふ、くすぐったいよ」
ウマたちが友愛のしるしに仲間と行うそれは、今は私にだけ向けられる。
もうペガサスではない───でも完全に人でもない、私の可愛いペガサスの親愛の情。
私も手を伸ばし、彼の前髪をすくい取る。
耳の後ろから手を差し入れて髪を梳くと、それはグルーミングのお返しになり、可愛いペガサスは嬉しそうに笑う。
そのまま頭を引き寄せて、ちゅ、と軽く口付けた。
「ごしゅじん」
顔を離すととろけそうな笑顔。
・・・真っ直ぐに私を見る瞳、そっと寄せられる顔、ぱたぱたと振られる尻尾────
ペガサスの姿をしていた時のそんな仕草全てが、たぶん今のこの笑顔なのだ。
「───マッハ」
腕を伸ばし、長身だけれど細い身体を抱き締める。
「はい・・・・・ご主人」
肩に顔を埋め、私の背を抱き返してきた。
耳元で囁かれる優しい声。
ぬくもりと鼓動と息遣い。
前世でも確かに感じていた、互いに通じ合う愛おしさ。
「マッハ・・・・」
前世でも今生でも変わらない、私の可愛いペガサス。
2013/0917
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「とある主従の御茶会議」
角砂糖をひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……
「ご主人はずいぶん砂糖を入れるんですね」
「甘いものが好きでね。……やはり、入れすぎだろうか」
「少し心配ですが…、お好きならいいと思います」
「そう言う君は───」
「はい、私は、ひとつ」
「そうか。甘いものが好きなんだと思っていたが……」
「ええ、好きですよ」
ストレートティーの中でほろりと崩れていくキューブ。
「この身体は、甘いものをいちどきにたくさん摂ることは好まないようなのですが……好きです」
だから、ひとつ。
────よくやってくれたね。
────がんばったな。
────今日もありがとう。
優しい言葉と一緒に、ご褒美の甘い角砂糖。
たてがみを丁寧に梳いてくれるブラシの心地良さと、翼を整える優しいてのひらの感触と一緒に身体に沁み込む角砂糖の甘さ。
甘いものひとつ───角砂糖をひとつ。
それは幸せな記憶の詰まった特別なひとつ。
2013/09/03
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次々と浮かび上がる記憶の欠片……白く美しい翼が胸に迫る。だが、遺跡は既にもぬけの空なのだ。ナンバーズも、カードの精霊も何もない…
「何故…もっと早く思い出さなかったのだ…」
マッハ、と呟いたつもりのそれは、涙に消され声にならなかった。
ドルベちゃんが遺跡再訪して記憶取り戻したって言ってたから天馬の遺跡でこんなことがあったらいいなあと・・・
2013/08/25
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空を白い影がよぎった。音もなく翔ける最強の一対。それは戦場では絶対の強さを誇る鬼神と恐れられたが、今この空にあるのはどこまでも美しく優雅な天馬と乗り手だった。
普通の馬が草原を駆けるように、彼らは蒼天を舞った。雲をまたぎ、風に乗る。英雄とペガサス、その美しい一対を見る者はなく、ただ静かな空だけがその平和なひとときの戯れを知っている。
いくさが近い────また君を危険な目に遭わせてしまう。
いいえ、あなたと共に翔けることが私の幸せ。
今はただ、剣も矢も気にすることなく無邪気に飛んでいよう。幼かったあの頃と同じように。
2013/08/05
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