Samsara Asvah


「ドルベ。君もハートランドへ……現世へ」
 目の前に浮かぶ薄い水色の半透明の身体が呼吸のリズムか心臓の鼓動に合わせてふわりふわりと輝きを放つ。『神』というものが存在するというのなら、今のアストラルがそれなのだろう。有無を言わせぬ口調はまるであの世とこの世を分かつ門前で迷える死者に行き先を告げる審判のようだとドルベは思った。
「そしてこれを、君に」
 ふわりと宙に浮かぶアストラルがドルベより頭二つ分高いところから差し出したのは一枚のカード。表に向けて渡されたそれは
「ナンバーズ、44…………」
 躊躇いながら受け取った指先にぴり、と伝わってきたのは、ナンバーズの力か、それともカード自身の思いだったか。
「ナンバーズ……ヌメロン・コードに吸収されたのだと思っていた………」
「ナンバーズはただの鍵。世界の理は何も変えていない。時を巻き戻すことも、君たちを前世に帰すこともできない。全ての記憶を、思いを抱えたまま前へ───未来へ……それが私たちの願いだ」
「アストラルと、遊馬の」
「そう」
 半身の名を聞いて、冷徹を貫いていた金と銀のオッドアイがふと和らいだ。
「あるべきものを、あるべきところに………」
 そうしてナンバーズ44がドルベに渡されたのだ。
「だが、私にこれを手にする資格があるというのか?」

 たった一枚のカードがとてつもなく重く感じられた。
 ドン・サウザンドを封印した特別な七枚のうちの一つ……前世のドルベが知らぬうちに『神』から託されていたカードはいつしか大切なもの、守るべきものとして相棒のペガサスと同化していたのだ。それを知らずにいたとはいえ、カードも、ペガサスも、何ひとつ守ることができなかった……前世の記憶を全て取り戻した今は悔恨と苦い思いばかりが胸に詰まる。
「全ての記憶を、思いを抱えたままと言っただろう。後悔も、罪の意識も何もかもだ。私はただ───彼は報われなければならない、と………そう思っただけだ。封印の遺跡で、前世の追憶と現世での使命を抱えて待ち続けた忠実な君のペガサス……」






 カードの精霊となったペガサスは知っていたのだ。あの時遺跡を訪れたドルベが前世の主であったことを。それでもカードを手にするべきはドルベではなく遊馬たちであると、遺跡のナンバーズとしての使命を遂行したのだ。
 渡されたカードに描かれているのは生身のペガサスではなく、どことなく機械めいた装甲の『スカイ・ペガサス』。
「ペガサスは……マッハは、私を許してくれるだろうか……」
 仲間の騎士たちの裏切りに遭い、傷付いたドルベを庇って立ちはだかった。単身なら飛んで逃げることもできただろう。或いはマッハが本気を出せば騎士たちを文字通り蹴散らすことも容易かったはずなのだが、それを止めたのはドルベだった。裏切りなど何かの間違いで、共に戦場をくぐり抜け信頼し合った仲間がこんなことをするはずがない、話せばわかってくれると信じた挙句、二人ともが命を落としたのだった。
「私のせいで……」
「なすべきことに一途で、自分の身を犠牲にしても信念と大切なものを守る───君たちは本当によく似ている。ペガサスが君を守ったのもまた、彼の信念だったからだ」
「…………………」
 だがドルベが悔いているのは前世で守れなかったことだけではない。今生でも、最後まで再会することは叶わなかった。ドルベをドン・サウザンドの呪縛から解放し、記憶と力を取り戻す……スカイ・ペガサスがその役目を果たすことができなかったのは、ドルベ自身の立ち回りのせいだったのではと思うと叫び出したくなるほどの後悔に駆られる。
「彼が今何を思っているのか……それは君が直接聞けばいい。君の意思も、彼の意思も、私は尊重したいと思っている」



 さあ! とアストラルが腕を一振りすると、ドルベはあの世とこの世のあわいから放り出され現世へと落ちて行く。

    落ちて行く───空へ───海へ───

 英雄と呼ばれていた過去、風を切って空を飛んだ感覚を思い出す。いつでも白い翼と力強い背が共に在った。

     マッハ────マッハ!!

 もう失くさない、二度と離さないように……手にしたカードをしっかりと抱き締める。




 白い羽がひとひら、蒼天に舞った。

 





(了)

 

 

 

-------------
2015/12/08 ... 04/26UP
ドルマハ本「フォーチュン・イーター」に掲載したもの(ちょっと修正)。マッハさんとドルベにゃんの二次でこれだけは書いてから死にたいっていう話でした。もうだいぶED後現世二人暮らし書いてきたけど、起点になる話を書いておきたかったのです。
前世ペガサスとナンバーズの由来のあたりをもやもや考察して埋めてみました。本編で描かれなかった以上自分で書くしかあるまい・・・

 

Reset