バレンタイン2015
・ドルベ&マッハとアークライト家のみなさん
・いつもの感じの最終話後の現世二人暮らし

 

 

 バレンタイン、という季節の行事がある。
 元々はどこかの宗教の聖日のはずだったのだが、ここハートランドでは何故か恋人や片思いの相手にチョコレートを贈るならわしになっている。それも近年では異性に限らず友達や家族に日頃の感謝の気持ちを込めて贈ったり、あるいは自分へのご褒美と称してとびきりの高級品を奮発してみたり、とにかくなんでもいいからチョコを食え!といったチョコ祭りの様相を呈しているらしい。
 通りすがりの店頭には可愛らしいラッピングと共に「Happy Valentine」のカンバンが掲げられ、街じゅうが少し浮ついたざわめきに包まれる。世情には疎い方であるドルベとマッハも、さすがにバレンタインがなんなのかくらいは聞きかじっていた。

「そんなわけで、受け取ってください」
 ちょっと買い物をしてきますと言って出掛けていたマッハから、ドルベはチョコの包みを渡された。既にメラグや小鳥からも同じようなものを受け取っていたのですぐにそれとわかったものの、まさかマッハからも渡されるとは思っていなかった。
「お世話になっている人や、特別に思いを寄せる人に渡すものだと聞きましたから」
「それで私に……。そうか、ありがとう」
 ホワイトデーにはとびきりのお返しをすることにしよう。
「ところで、その箱は?」
 ドルベが受け取ったのとは別にもう一つ、洋菓子店の袋に入ったままの箱があった。15センチ四方ほどで、ドルベがもらったものより少し大きい。
「これは、あの……もう一人、チョコをお渡ししたい方がいるのです……」
 はにかみながらマッハは目を伏せる。ドルベは内心少なからず驚いていた。相手は誰なんだ。恋なのか?それともドルベに対するような日頃の感謝の気持ちだったりするのか?恋愛的な意味ではないとはいえ主一筋と思われたマッハに、ドルベ以外にもそんな相手がいたなんて。
 なんとなく娘を持つ父親のような心持ちで少し寂しい気もするが、可愛い愛馬の恋(?)なら応援しないわけにはいかないだろう。
「なので、今から渡しに行ってきます。晩ご飯までには戻りますね」
「渡しに行くって……ど、どこへ?」
 誰に、とは何故か聞けなかった。
「アークライト家です」
 隠すこともなくさらりと告げてまた出掛けようとするマッハに、ドルベは思わず叫んでいた。
「わ、私も一緒に行っていいか!?」


 歩いてもそんなに遠くないアークライト家への道中、好みのチョコレート菓子について他愛のない会話をしながらドルベは内心穏やかではなかった。
 ナッシュとWを介してアークライト家と交流が生まれ、今ではアークライト家の図書室目当てにドルベ単独で訪れたり、マッハを連れて行くこともある。デュエリストが二人以上いればごく自然にデュエルも発生したりする。良好な関係のご近所さんだった。
────いったい相手は誰なんだ……いや、アークライト家の誰かなんだろうが……兄弟三人のうちの……それとももしかしてトロンという可能性も……!?
 やがてアークライト邸に到着し、壮麗な門扉の脇の呼び鈴を鳴らすと、応答があってVが出迎えてくれた。
「いらっしゃい! 今日も図書室ですか?」
「いえ、今日は私の用事で……Wはいますか?」
「いますよ。トーマス兄様、こんな日に外に出たらチョコに埋もれて殺されるって言って……」
 答えたマッハに笑いかけながら二人を招き入れてくれた。
────W、だと……!?
 意外すぎてメガネが割れるかと思った。
 確かにW……トーマス・アークライトは一流のデュエリストだ。極東ファンサービスとかいう肩書きも持っているらしい。だが、マッハが特別に思いを寄せるような要因が彼に何かあっただろうか。VでもXでもトロンでもなく……Wに。

 リビングに通されると、ソファで寛いでいたらしいWが来客を知って居ずまいを直したところだった。
「よぉメガネ! それにマッハも、寒いのによく来たな〜!」
「メガネではない、ドルベだ」
「それはともかく、俺に用があるんだって?珍しいな」
 向こうから単刀直入に切り出してきた。マッハは特に動揺した様子もないが、ドルベの方が落ち着いていられない。今ここで持ってきたチョコを渡すのか!好きですとか告白してしまうのか────!?
 固唾を呑んで見守っていたのだが。
「ええ。少しだけ、貸して欲しいカードがあるんです」
「…………カード??」
 見ればWもドルベ同様首を傾げている。
「カードってどれだ? くれ、とか持って帰るって言われると困るけど……」
 首を傾げながら上着のポケットからデッキケースを出すWに、躊躇うことなくマッハは告げた。
「『ナンバーズ40 ギミックパペット-ヘブンズ・ストリングス』を────」



 大切そうに両手で受け取ったそれを、マッハはローテーブルの上にあった花瓶に立てかけた。Vに許可をもらってから、花瓶から花を2、3本抜き取ってカードの周りにあしらい、花びらを散らす。そして持参した箱の中からケーキを取り出して、やはり持参のケーキ皿に載せてカードの前に置いた。
「────できました!」
 嬉しそうに両手を打ち合わせ、満足げにテーブルを見下ろす。
「こ、これは………チョコレートケーキ……」
 マッハがいそいそと飾り付けをしている間誰もツッコミを入れられなかったのだが、ようやくVが声を出した。
「はい、バレンタインデーは特別に思いを寄せる人にチョコレートを贈る日だと聞いたので……」
「それでヘブンズ・ストリングスに……?」
 カードの持ち主であるWが聞くと、マッハの頬がぽわんと桜色に染まった。いつだったかのデュエルでWが召喚したヘブンズ・ストリングスに一目惚れしたのだと言う。
「な、なるほど……」
「そういうこともあるのか……」
 ドルベとVとW、上手い言葉が見つからず、ただ呻きにも似た声を上げるしかなかった。

 と、ぱたぱたと廊下を駆けてくる足音がしたかと思うと、リビングの両開きの扉がばたーん!と勢いよく開けられた。
「僕、ケーキだーいすきー!!」
「父様あああああー!!」
 トロンとそれを追うXが駆け込んできた。
「やっぱりケーキだ〜! 僕のセンサーは優秀だね! ……って、なに、これ?宗教的な儀式か何か?」
 ケーキに釣られて登場したトロンが、テーブルに祀られたカードとお供えされたケーキを見下ろして怪訝な顔をした。
「父さん、これは……」
 Wがトロンに経緯を説明してくれた。
「へぇ〜。ナンバーズが、ナンバーズにねえ……。うん、面白い……面白いよ」
 腕組みをして頷きながら聞いていたトロンだったが、何かがいたく気に入ったらしかった。マッハの手を取り握手でもするように振り回した。
「ねえ、僕の息子のカードを好きになってくれて嬉しいよ。せっかくだからさ、直接話でもしたらいいんじゃない?」
「え……? でも、あの方は……」
 マッハのような遺跡のナンバーズと違って自らの意思で実体化できるカードではない……とその場の誰もがそう思ったのだが。
「ふふっ……僕を誰だと思ってるのさ? アークライト一家のスーパーちびっ子パパだよぉ〜〜!!」
 ご覧あれ!とトロンがテーブルに手をかざすとカードが紅く輝く光に包まれ、それが消えた時にはアークライト一家とドルベとマッハの他に、もう一人人影が増えていた。
「───ヘブンズ・ストリングス!!!」「さん!!」
 Dゲイザーは着けていない。ARビジョンモードにもなっていない。なのにカードに描かれたモンスターの姿が、そのままリビングに現れていた。
 デュエル中に何度か見たことがある……人形のボディに機械めいた羽根、特徴的なのは胸部に張られた弦───演奏者であり自身が楽器でもあるヘブンズ・ストリングスの名の由来とも言えるものだ。
 ご丁寧にも標準的人間サイズで現れたヘブンズ・ストリングスは一同に向けて優雅に一礼した。
「……っ……すげえ、さすが父さん……!」
「驚いたな……」
 今も残るトロンの力は確かバリアン由来のものだったはずだが、使い道に便利なバリエーションがありすぎてドルベにももはやよくわからない。
 実体化したヘブンズ・ストリングスが進み出て、憧れの人が突然目の前に現れた驚きで動けないでいたマッハに恭しく手を差し出した。
「ああ……はい…っ…」
 ぽわ〜ん、とかいう擬音が聞こえてきそうなうっとりした表情でその手を取ったマッハを紳士的にエスコートし、ヘブンズ・ストリングスとマッハはアークライト邸の庭園へと散策に出て行った。
「あれは、あなたが動かしているのか……?」
 トロンか、あるいはカードの持ち主であるWか……。ちらりとWを見ると、俺じゃない、と首を振る。
「ううん、僕も何もしてないよ。姿をみんなにも見えるようにしてあげただけ……ほんとだよ?」
「そうか」
 では、彼もまた、カードに宿る魂───誇り高きデュエルモンスターの精霊なのだ───。


「ねえねえ、僕もケーキ食べたい! お茶にしようよ〜」
 ちょうどティータイムの頃合だった。
「はいはい、用意してありますよ。チョコレートケーキではありませんが」
Wが花の散らばった卓を片付け、Vが紅茶を入れにキッチンへ姿を消す。
 ドルベは客としてトロンと向かい合ってソファで待つことになった。
「トロン、ありがとう……マッハのために」
「いいってこと。僕としても面白いもの見せてもらったしね。ほら、あの子が持ってきたケーキ、見てよ」
「ケーキ……? このチョコレートのやつか?」
 ドルベは単にチョコレートを使ったケーキとしか認識していなかった。茶色と白の層が重なった本体の上面は艶のある濃い色のチョコに覆われ、金の粉が散らしてある。飾りといえばそれくらいだが、シンプル故の上品さが感じられる。
「そう。このケーキ、『オペラ』っていうんだよ。ヘブンズ・ストリングスに合わせて音楽ネタで持ってきたんじゃないのかな」
「そうだったのか……」
「ふふ、いい子だねえ。主にも忠実だし、そういう健気で可愛い子は僕も好きだからね」
 お茶の用意をする兄弟をちらりと見ながら、トロンは満足そうな笑みを浮かべる。
「どうせなら、うちの子になっちゃう? なーんてね……」
 冗談か本気かはわからないが、とんでもないことを言い出すものだ。
「それは了承しかねる……。マッハは私のペガサスだからな」
────たとえあのヘブンズ・ストリングスと恋仲になったり、最終的に嫁にやることになったとしても……!

「お茶の用意ができましたよ。……とりあえず、人間の分だけ」
 ティーセットが卓に並べられ、アークライト家の優雅なティータイムが始まる。トロンには生クリームたっぷりのイチゴのケーキ。兄弟と飛び入り参加のドルベにはクッキーと手作りらしいアップルパイ。
「あの二人、戻って来ませんね……っていうか寒くないんでしょうか、二月の庭なんて」
「精霊だから大丈夫なんじゃない?」
 二月の庭……いくらアークライト邸とはいえ、今の季節では花キャベツくらいしか彩りはないだろう。だがマッハが恋の花を咲かせるというのなら、ドルベは全力で応援するに決まっている。

────君は、今度こそ幸せにならなくてはいけないのだから。


 春はもうすぐなのだった。



(了)

 

 

 

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2015/02/14
「春色ペガサス」の別バージョンみたいな感じ

 

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