冬華
・現世で楽しく二人暮らし

 

 

 ドルベがふと本から顔を上げると、雨の音がやんでいた。
 寝る前に暖房を止め居間を出ようとしたところでテーブルの上に置きっぱなしになっていた本をつい手に取ってしまい、いつの間にか読みふけっていたのだ。入浴後で温まっていた身体はとうに冷め切っている。
「……寒いな……」
 呟きながらドルベは窓に寄り、カーテンをめくった。
「雪……?」
 藍色の闇の中に、白いものが舞っている。夕方から降っていた雨が雪に変わっていたのだ。
「どうりで冷えるわけだ」
 もうすぐ日付も変わろうとする時間だった。そろそろ寝なければ。寒い廊下を足早に抜けてマッハと二人で使っている寝室のドアをそっと開けると、薄いオレンジの明かりが廊下に漏れた。
「すまない……遅くなった」
「いいえ、大丈夫です」
 早く休みましょう、と人の姿を取った精霊マッハはにこりと笑う。寝床から半身を起こして眠たそうにしているので、もしかしたらうたた寝をしていたのかも知れない。先に休んでいていいと言っても、この忠実なペガサスはいつも明かりを点けて主を待っているのだ。
 すまないと思うならドルベも夜更かしなどしなければいいのだが、
「ついうっかり……本を読み始めてしまって……」
「そんなことだろうと思っていました」
 笑いながらマッハは布団を掛け直して横になり、ドルベも隣に敷かれた自分の布団に納まろうとした……が。
────寒い……
 暖房を切った居間にずっといたせいで冷えてしまった身体でもぐり込んだ布団は意外に冷たかった。そういえば最近あまり天気が良くなくて、布団もちゃんと干せていない。
「…………………………」
 こういう時は、決まっている。ドルベは横からマッハの布団にもぐり込んだ。
「あ、主……!?」
 慌てて飛び起きようとするマッハを抑え、腕を取って身体を寄せた。冷えた身体に布団の重さと人肌の温度が心地良い。
「ああ、温かいな……」
「もう、こんなに冷えていたなんて……!夜更かしをするのは構いませんけど、ちゃんと温かくしていないと風邪を引いてしまいます。もっと大事にしてください」
 小言を言いながらも、肩まで布団を被せてくれた。今夜はこのままお邪魔することにしよう。
「……そういえば、雪が降っている……。だから今日はこんなに冷えて……」
「雪、ですか……!」
 温かさに半分瞼が落ちかけたドルベが呟くと、マッハは声を弾ませた。ここハートランドは温暖な気候で、地理的な特徴もあって冬でも滅多に雪が降ることはない。たまに降ればもの珍しさに街じゅうが浮き足立つくらいなのだ。
 一瞬、雪を見たさに布団を抜け出してしまいそうになったマッハだったが、ドルベが腕を放さないでいると大人しく寝る姿勢に落ち着いた。
「あの、別に雪が珍しいわけではないのですが……やっぱり懐かしいですね……」
「そうだな」
 前世、ドルベとマッハが生きていた王国は寒冷な高地で、冬になれば街も村も山々も雪に閉ざされる。雪など珍しくもなんともないはずだったが、時間も場所も遠く隔てられてしまえばやはり懐かしいと思えるものだ。
「……明日、もし雪が積もっていたら……」
「はい」
「一緒に見に行こう。ハートランドに降る雪……」
「はい……」
 一面の雪景色に溶け込むような真っ白なペガサスの姿を思い出す。気を抜くと白い雪に紛れて見失ってしまいそうに見えたものだが、今だったら金の髪が白銀に映えてきっと美しいに違いない。晴れていれば一層輝くことだろう。
「おやすみなさい……」
 半分眠りに落ちながらマッハが呟いた。
 寄り添う体温も呼吸のリズムも髪の匂いも、なにもかもが馴染んで心地良い。
 今夜は雪とペガサスの白くて温かい夢が見られそうだ。

「────おやすみ、私のペガサス」



(了)

 

 

 

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2014/12/14
千バトペーパーに載せたもの。ほっこり同衾大好き。

 

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