空を白い影がよぎった。
 音もなく翔ける最強の一対。それは戦場では絶対の強さを誇る鬼神と恐れられたが、今この空にあるのはどこまでも美しく優雅な天馬と騎手だった。
 普通の馬が草原を駆けるように彼らは蒼天を舞った。雲をまたぎ、風に乗る。

─── いくさが近い……また君を危険な目に遭わせてしまう。
─── いいえ、あなたと共に翔けることが私の幸せ。

 英雄とペガサス、その美しい一対を見る者はなく、ただ静かな空だけが平和なひとときの戯れを知っている────




【同じ夢を】




 明け方にふと目が覚めた。
─── 懐かしい夢を見たな……
 前世、英雄とその愛馬と呼ばれていた頃の夢だった。
 まだ半分夢を見ているようなぼんやりとした覚醒の中、風を受けながら空を翔けた感覚が残っている。
「……マッハ、君は……」
 現世で人の姿を取っている愛馬はすぐ隣で安らかな寝息を立てている。
 ドルベがふとついた溜息で、頬に落ち掛かる長い前髪が揺れた。
「どんな夢を見ている……?」
 ペガサスの見る夢。やはり空を飛ぶのだろうか。

 ヌメロンコードにより前進した世界で再び人として生を受け、現代ハートランドシティでそれなりに暮らしている。
 共に過ごすバリアン七皇の仲間、遊馬たち、学園生活……その日常のすぐ側にマッハもいることが何よりも幸せだった。
 人の姿を取った彼のペガサスは当然ながら人の言葉を話し、人と同じように地面を歩く。人の言葉と思考を得たマッハは言うのだ。こうしてあなたに人間の言葉で思いを伝えられるのが嬉しい、と。
 前世から───カードの精霊となって待ち続けて、そして再会して今に至るまで変わらぬ思慕を飾らない言葉で告げてくる。
─── あなたが好きです。
─── あなたの側にいられて嬉しい。
 春の陽溜まりのような幸せそうな微笑みと共に、言葉と心を差し出してくる。
 何度でも。今生で別れが来るだろう時まで何度でも。

「マッハ、私のペガサス……」
 そっと手を伸ばし前髪を梳くと、絹糸のような滑らかさでするりと指先をすり抜けた。髪と同じ金の色の睫毛はぴくりとも動かず、深い眠りの中にいるようだった。
 朝まではまだある……自分ももう少し眠ろう。
 同じ寝床の中身体を寄せると、幸せな温もりが伝わってきた。
 三つ編みに編まれた長い髪を抱き込むと、ボリュームのあるそれはペガサスの羽を抱いた感触に似て心地良く、野営の星空の下で、側にいたくてもぐり込んだ厩舎で、その羽に包まれて眠った夜を思い出す……。

「君といれば、何度でも……」

 空を飛ぶ夢を見る。
 愛馬ペガサスと空を飛ぶ───君と私で見る夢。





(了)

 


-------------
2014/03/25
途中色々あったけど最終的に幸せそうなEDになって本当に良かった。
以前書いた「同じ眠りを Act4」と対みたいになりました。
バリアンは人間になったしマッハさんもナンバーズの精霊じゃなくなったかもしれないけど細かいことは気にしない。

 

Reset