エージェント・M
・ゆまV

 

 

 月明かりが差し込む屋根裏部屋、身動きをするとハンモックの綱がぎし、と音を立てた。
 と、階下の部屋から微かな話し声が聞こえる。
「……V?」
「… ──── ………」
 どうやら遊馬に声をかけたわけではないようだ。


 Vが遊馬の家に泊まりこむようになって2回目の夜だった。アストラルを失い、途方に暮れて涙を零すことしかできなくなっていた遊馬の元に突然現れて、最高の形で力を貸してくれた。

──── 君は僕の最初の友達。
──── 僕は君の剣となり、その身を守る盾となろう。
──── 君の悲しみを、放ってなんておけないよ!

 くすぐったくなるほどストレートに向けられる好意に今はただ感謝している。アストラルがいなくなっても自分は一人で立っているわけではないのだと気付かせてくれた。アストラルをどうにかして取り戻す……そう思い続ける遊馬を支えてくれている。

 そっと下の部屋を覗くと、月明かりとは違うブルーライトが部屋の隅に影を落としていた。遊馬が貸したベッドに起き上がったVが、ブレスレットから浮かぶホログラムモニターに向かって何か話している。
「 ──── ……、……はい… ──── はい、…… おやすみなさい、兄様」
 話が終わったのか、ふっとモニターが消え部屋に薄闇が戻った。
「……あ、遊馬?」
 床の縁に手を付いて覗いていた遊馬に気付いて、Vが声をかけた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いや、俺もまだ起きてた……」
 なんとなく眠れなくて、と下の部屋に降りてどさりとベッドに腰掛け、Vのブレスレットを覗き込んだ。
「すげーなそのブレスレット! そんなこともできるんだ?」
「うん。紋章の力を封じてあるけど、普通のDパッドみたいな機能も付いてるんだよ」
「へー。あ、それにさ、Vの髪とお揃いなんだな。この色」
「X兄様が僕に合わせて作ってくれたものだからね。デザインは僕たち兄弟でお揃いで、でもここの色がそれぞれ違ってて……」
 感心する遊馬に嬉しそうにブレスレットの説明を始める。好きなものの話を始めると止まらなくなるのは遊馬も同じ。デュエルのこと、オーパーツのこと、家族のこと……
「Xってほんとすげーんだなあ……Wだってデュエルチャンピオンだし、Vはオーパーツ博士だし、兄弟みんなハイスペックすぎるぜ!」
「やだなあ…そんなことないよ。遊馬の方がずっとすごいってば」
 遊馬が兄弟を褒めちぎると、Vも遊馬を持ち上げる。
 照れ臭くなって二人で顔を見合わせてふふ、と笑い、もう寝ようかとどちらともなく言い出した。遊馬は屋根裏部屋に戻ろうとして、ふと、ここに生まれた温かい空気から離れてしまうのが惜しくなった。
「あ、あのさあ……一緒に寝てもいい?」
「え? ここで? 遊馬がベッドで寝たいんだったら、僕はソファでもいいよ?」
 首を傾げて瞬きをしている。
「いや、そうじゃなくって………こうだよ!」
 説明するのも面倒なので掛け布団をめくってベッドにダイブしつつ、Vを抱えて一緒に転がった。
「わ……!!」
「ちょっと狭いけどいいよな!」
「う、うん」
 もそもそと二人で布団を掛け直す。枕がなくても平気な遊馬は一つしかないそれをVに譲った。
「なんか合宿みたいだな! ワクワクするぜ!」
「……合宿?」
「林間とか、修学旅行みたいなさ……って、Vは学校行ってないんだっけ……」
 ごめん、と何故か謝る。
「気にしなくていいよ。合宿はわからないけど、小さい頃たまに兄様たちと一緒に寝たのを思い出すな」
「そっか……WとXと……男の兄弟ってやっぱいいよなあ」
 姉ちゃんと一緒に寝るとか考えたくもないぜ……と身を竦ませる遊馬にふふ、と軽く笑ってVが身体を寄せてきた。
 人の寄り添う温かさは心地良く、遊馬はあっという間に眠りに落ちそうになったが、隣でVがそっと呟く声に意識を引き上げられた。

「……ミハエル」
「……ん……なに…?」
「ミハエル・アークライト……僕の本当の名前」
「なまえ……そっか、確かXも本名じゃなかったって……」
「僕たちが名乗っていたのは父様からもらった仮の名前……コードネームみたいなものだったんだ」
  コードネーム。そう言われて脳裏に浮かぶのは、さっき屋根裏部屋でデッキをいじりながらお喋りしていた時に点けっぱなしになっていたテレビから流れていた、セピア色がかった古い映画だった。見るともなしに意識の外で見流していたけれど、外国のスパイ映画だったような気がする。エージェント、コードネーム、そんな単語が聞こえていた。Vの記憶にもほんの少し引っかかっていたのだろう。
「ミハエル……ミハエル、か」
「うん」
 二人でくるまった布団の温かさに半分眠りに誘われながら、その名前を口の中で転がす。
「ミハエル……アークライト……」
 よその国の名前。でもさっき目の端で見ていた映画のセピア色を思わせる、どことなく懐かしい上品な響き。
「きれいな、名前だな……ミハエル」
 大切な友達の本当の名前。そんなはずはないのに、自分だけが知っている秘密のように思えて嬉しかった。
 ほとんど眠りに落ちかけながら、V───ミハエルの腕を取って抱き込んだ。細いけれど温かい……。
「ミハエル……おや す み ……」
 おやすみ遊馬、と優しい声が降ってきた。





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 遊馬とタッグを組んでデュエルをした───。思い返すとまだ胸がドキドキする。

────君は僕の、最初で最後の友達。

 兄弟揃って生還して、「最後の」ではなくなったかもしれないけど、最初の一番大事な友達なのには変わりない。
 こんな時だというのに、遊馬の傍にいられることが嬉しくてたまらない……今だけでも───ほんの少しの間でいいから、友達として傍にいることを許して欲しい。この先の戦いがどうなるかわからないから、遊馬には本当の名前を知っておいて欲しかったんだ。
 今は家族にしか呼ばれることのない、僕の本当の名前。

「おやすみ……遊馬」

 寄り添う温もりを幸せに感じながら、僕も目を閉じた。



(了)

 

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2014/03/20
ゆまVタッグデュエルからの合宿生活が本当に好きで好きで。何泊かしてたなら絶対一緒の布団で寝たに違いない。ちゅうがくせいだからやましいことなどなにもないよ。

 

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