奏曲2
・R18くらい
・特に続きというわけではない

 

 

 さらさらと音を立てる。
動くたびに、歩くたびに、ちょっとした仕草の一つ一つに合わせて、踝まで届きそうな長い髪がさらさらと音を立てる。
 言葉ではない。表情にも出さない。だが彼には聴こえる────声にならない声。さらさらと音を立てる長い髪だけが静かに訴えている。
 たまらなくなって後ろ姿に手を伸ばし、金の髪を一房掬い上げた。
「………何か?」
 スカイ・ペガサスが振り返り、肩越しに碧色の瞳が金の髪を透かしてヘブンズ・ストリングスを見返してきた。普段は感情を映すことのない冷徹な瞳……だが掬った髪をくいと引くと、何の抵抗もなしに引き寄せられてきた。
「……また……?」
 声に多少の戸惑いと棘が含まれていたが、構わず後ろから肩を抱き寄せ金の髪に口付けを落とすと、寄りかかる重さが増えた。
「ふふ……そう、素直なのが一番ですよ」
「……っ!」
細い身体が腕の中でくるりと向きを変え、上目遣いに軽く睨みつけてきた。
「からかわないでもらえないか……」
綺麗な碧色をした右の瞳が揺れてヘブンズ・ストリングスを誘う。




「は…あぁ……っ……」
 身体を重ねるたび様々な表情を見せるようになった。始める前は照れ隠しなのか少し不機嫌そうに。長い髪を梳けばうっとりと目を閉じ、敏感な首筋に歯を立てると甘い声を上げもっと、と快楽をねだる。
 普段は無口、無表情、無関心を貫いているというのに抱かれている最中だけはこの有様で、多少は心を許してくれているのだろうかと思ったりもする。
 あるいは利用されているだけだとしても……主に逢えない淋しさを紛らわせるための相手だとしても構いはしない。こうして身体の関係を持っていても、心の内で標の星のように大切に掲げているのは愛する主、ただ一人だけ……それはヘブンズ・ストリングスとしても同じことだったから。
 それをわかっていて───いや、だからこそ、奏者として奏でてみたい『音』がもう一つだけあった。
 艶やかな喘ぎも時折苦痛に上げる呻き声も素晴らしく甘美な響きをしていが、まだ聴いていない『音』があるのだ───

「……スカイ・ペガサス」
「ん……っ…」
 愛撫の手を止めると、何?とでも言いたげにうっすらと目を開けた。
「聴きたいのです……貴方の『音』……」
「そんなこと……。あなたの望むように、奏でれば、いい……」
 いつものように、と吐息混じりに呟く。そう言って全て委ねてしまえるほどに馴染んでいるのだ。
「そうですね。……聴かせてもらいましょう……」
 楽しげなヘブンズ・ストリングスの言葉にしかし、組み敷いたままの白い身体が僅かに強張る。慣れたとはいえ本能的に身構えてしまうのだろう。そうでなくては面白くない。
「縁、とは不思議なものです。……ナンバーズ44、その数字故に貴方は我が主の元に身を寄せることになった……」
「………?」
「このデッキは居心地が良いでしょう? 我が主が丹精込めて組み上げた、私たちの楽園ですから。ナンバーズ、人形たち、闇属性のモンスターが夜想曲の和音を奏でる……。光属性の貴方も無理をして輝かなくても良い……ここでは目を閉じ、心を閉ざし、夜の淵に沈んでいても良いのです。これほど幸せなことはない……そうではないですか?」
 突然そんな話を始めたヘブンズ・ストリングスに、スカイ・ペガサスは訝しげに目を上げる。隠されていない方の右の目だ。
 手を伸ばし、顔の左半分を覆う前髪をそっと払った。
「……! それは、嫌だと……」
 添えられた彼の手にやんわりと拒絶された。
 左目を隠すことになった経緯は聞いている。それも情事の折にぽつぽつと語られたものだ。最中にほんの少しだけ、こうして垣間見ることができるスカイ・ペガサスの左の目。
「そうですね、隠しておいた方が良いこともある……」
 またすぐに隠されてしまうだろうそこに愛おしさを込めて口付けを落とすと、見せることすら躊躇う箇所に触れられて短い叫びを上げた。
「……嫌だ……っ…!!」
 心に切り込むような拒絶の叫び。これも悪くない。
 ぱさりと前髪を戻し、そっと撫でつけた。
「こんな風に隠しているものが……まだ、あるでしょう? 私はそれが聴きたいのです」
「……なんのことだ」
 左目を暴かれて機嫌を損ねたらしく睨みつけてきたが、知らぬ振りをして止めていた手を再び滑らせる────演奏再開だ。

「んっ……、はぁ……あ……っ」
 いつものように彼自身に熱を灯し、昂らせ、天上へと導く。
「あ、あぁ……! んっ…や……ぁあ……!」
 昇り詰めた白天馬に一息つかせる間もなく、彼自身の放ったものを指に絡め、後ろを解しにかかった。
「なっ……なに……ふぁ…っ、や……」
 いつもと違う性急な行為に戸惑い、声が揺れ、普段はしない抵抗らしき力もかかる。構わずに、少し慣らしただけのそこにヘブンズ・ストリングスの自身を突き入れた。
「やあぁっ…・・・! っあぁ……は……あ、ああ……っ…」
「…っく……さすがに、きつい、ですね……」
「……は、あぁ……、ああ…ん、やぁ……っ…」
 繋がってしまえばスカイ・ペガサスはただ快楽を求めてヘブンズ・ストリングスを咥え込み奥へと誘う。普段の静謐な立ち居振る舞いとの落差がたまらない───だが今日はそれだけで満足するわけにはいかなかった。
「こうして繋がっていても……貴方は心まで私に抱かれているわけではない……違いますか?」
「な……にを……」
「快楽に我を忘れていられるのもいっときのこと……本当は……」
 ゆっくりと言葉を染み込ませるように耳元で囁きながら中を探る。
「ん、あ、あぁ……っ……」
「本当は違う……このデッキにいることも、私に抱かれることも、何もかも」
「そ……れは……っ……」
 細い腰を掴んで揺すり、感じる箇所に小刻みに当てる。
「やっ……あ、ぁ…ん……っ…、」
「聞かせてください……本当に欲しいもの……あなたの望み」
「どうして、そんな、こと……!」
「……聴きたいのです、貴方の『声』で」
「んっ……あ、あ……っ……」
 焦らすようなヘブンズ・ストリングスの動きにもっと、お願い、と涙目に訴えられ理性が飛びそうになるが、今外したいのはスカイ・ペガサスの理性と抑制の枷の方。
 スカイ・ペガサスの言葉にならない『声』を紡ぎ出したい────
「あ……わ、わたし、は……」
「スカイ・ペガサス……貴方は」
「……っ……あ、…あい、たい……会いたい」

 愛する主のために現世に留まりながらいつまでも再会の叶わないもどかしさ。
 カードに封じられ自由を失い、伝えに行くことのできない恋慕だけが溢れる────それを抑え込む、声にならない声を。

「─── ……わたしも、会いたい……主、に……っ……」
 哀切な響きが胸を打つ……聴いているのは奏者とスカイ・ペガサス自身だけ。
 今は見えない蒼天を探す碧色の瞳から涙が零れ、透明な和音を添えた。
「………あ、あ……・っ……」
 堰を切ってしまえば後は喘ぎ声にさえ嘆息が混じる。
「そう……これが聴きたかったのです……ごめんなさい……」

──── この、淋しさを奏でるマイナー・コード……



 夜に墜ちてきたうつくしいものが、うたっている。





 疲れ果てて眠る白い頬にそっと指を滑らせる。
「……貴方の居場所も、ここなら良かったのに……」
 それでも、いつか真の主の元へ舞い降りる日が来ることを願ってやまない。
「その時の貴方の『音』を聴いてみたい……」
 それは天上にも響く至福の音色を奏でることだろう。
 だから今は短調を謳う淋しさや辛さごと、白天馬の全てを愛でていたいと思うのだ。
「いつか、叶いますように……」


(了)

 

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2014/03/13
最中に「主に会いたい」って言っちゃうマッハさんを書きたかった!
あとすごい思わせぶりな左目については特に何も考えてないのです。

 

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