アークライトさんちの44 |
【2】忠誠の翼 ケースからカードを取り出す。 ──── ナンバーズ44、白天馬スカイ・ペガサス。ランク4、獣族、光属性、エクシーズ効果は…… 自分のデッキに組み込んでどう使おうか、文字列を眺めながら思考を回転させる。 必勝パターン&エースカードは既にできあがっているが、それでもこのカードを入れないという選択肢はなかった。44という数字だけでもお守り代わりに入れておきたい、そんな引力がこのカードにはあった。 「しかもあんなモンが憑いてたなんて……」 自室のソファで寝転がりながら、昼間のやりとりを思い返す。 バリアン七皇の誰やらと関係のある、特別なナンバーズ……バリアンの誰だっけ? 前にトロンとクリスが何か言っていたような気がする。後で訊いてみることにしよう。 変わった形の鎧兜と、金色の長い髪が印象的だった。 「……いるのか? 今も、ここに……?」 何気なく呟いただけだったのに、手にしたカードが急に光り始めた。昼間見たあの光と同じだ。 「…ちょ…っ、マジかよ……!?」 慌てて飛び起きたものの、カードの放つ強い光に目を開けていられない。 やがてふっと音もなく微かな空気が通り過ぎ、閉じていた目を恐る恐る開くと、ソファの傍らにカードの精霊が姿を現していた。 「い、いたのか……」 「私は君が持っているカードそのものなのだから、当然だ」 「つうか、紋章の力使ってねーのに何で出て来れんだよ?」 「この家の中の空間は、主の影響が大きいからだ」 「主……トロンか。なるほどな」 紋章パワーの謎の説得力。 「…肩のそれ、ペガサスの羽なんだな」 手にしているカードの絵と、人型の精霊の姿を見比べる。精霊の纏っている鎧の肩と足のパーツは翼を模しているようだ。カードに描かれているペガサスは翼や脚の関節がどことなく機械めいていて、自分のデッキを構成する機械族モンスターを思わせる。悪くない、と思えるのはたぶんそのせいなのだろう。 ────カードと、話をしてるなんて…… テーブルにカードを広げて知恵を絞る時。丹誠込めて組み上げたデッキから望んだカードをドローした時。指先にぴたりと吸い付いてくるようなカードの感触。勝利の予感と共にカードと対話している感覚が確かにある。 あるけれど、それはあくまで「そんな感じがする」だけだし、相手もよく知った相棒のようなカードたちだ。まだデッキに入れていない、ドローも召喚もしたことがない、いわば「初対面」なカードと物理的な意味で会話をすることがあるなんて思ってもいなかった。 「今は人の形をしているが、本当は……その、」 と、精霊は俺の手にあるカードを示した。 「ペガサスが本来の姿なのだ」 「……ふぅん……?」 そもそもナンバーズのモンスターは、それを手にした者の心の在り様が形をとって現れたものなのだという。だからクリスには宇宙と天空の、ミハエルには先史遺産の、そして俺には機巧人形の。世界に散ったナンバーズをデュエリストたちが手にした時、カードとモンスターは初めて形を成したのだ。 「ってことは、カードの持ち主がペガサスだから、モンスターもペガサスで……ってことなのか」 「正確には持ち主というわけではない……」 何故か溜息混じりに精霊は呟いた。 「私の、主は……」 兜と長く伸びた前髪で半分隠された瞳が揺らいだような気がした。 「────?」 訝しげに見上げる俺の視線に気付いて、精霊はふいと目を逸らす。 そのまま全身を包んだ光と共に、唐突に姿を消してしまった。 「あっ……!?」 カードに戻ったのだ。 「なんだってんだよ…いきなり出てきて消えるとか……」 私の主、と言っていた。カードの本来の持ち主なんだろうか。遊馬でもアストラルでもない、カードの精霊が主と呼ぶ人物…… 「……バリアン……?」 封印のナンバーズとやらについて、詳しく聞いてみる必要がありそうだ。 ******************* 「───考古学は専門外なんだけどね、ある程度の調査はしてきたよ」 トロンもクリスも、本来は空間転移や並行世界を研究する科学者だった。Dr.フェイカーと出会ったことでそれが異世界研究、バリアン研究にシフトしたのだが、封印のナンバーズの遺跡となるとさらに考古学の要素が強くなるようだ。 「クリスもボクも色々やらなきゃいけないことがあるから、そんなに突っ込んではないんだけど」 洗い直した23の遺跡のうち、いくつかに古代国家の名残があり、遺跡の由来と伝説が壁画という形で刻まれていたり、昔話として人々に言い伝えられているらしい。その辺の大雑把な話は以前聞かされていたが、ミハエルほど熱心に聞いてたわけじゃない。 「とある遺跡に古代の王国の伝説が残されていてね……」 トロンが語ったのは、英雄と呼ばれた騎士とその愛馬ペガサスの物語だった。 主を庇って命を落とし、共に天に召されるまで忠誠を尽くした白い天馬──── 「それが、スカイ・ペガサス……?」 「おそらくはね。そしてペガサスの主、王国の英雄がバリアン七皇に転生した、と推測される」 「転生……あいつら元々は人間だったってカイトが言ってたやつだな」 「うん。カイトは遊馬と一緒にナンバーズの遺跡巡りしてたからね」 カイトもやはり、バリアン七皇の一人ミザエルの過去と関係のあるナンバーズを手に入れたのだという。 「えーと、それじゃつまり、ペガサスの精霊の言ってた主っていうのは……」 「バリアン七皇のドルベか、それとも……」 「それとも?」 「いや……わからない。あの子がそれをどう捉えているのか、ボクにはわからない……」 それきりトロンは話を打ち切って居間を出て行ってしまった。思わせぶりな、謎の残る言葉だった。 ─── ドルベってヤツの他に、誰か……? それよりも、英雄とペガサスの伝説が俺の心に重く残った。つまりあの精霊は、今は命を懸けて守った元主と敵対する俺たちの手にあるということなのだ。 「………………もしかして、すごく重い……」 44だから! なんてカジュアルに渡された割には重い事情のあるカードだったらしい。トロンはそれを知って俺に持っているようにと言ったのだろうか。 ─── 信頼なのか、それとも……… 一家で復讐の道をひた走った日々がフラッシュバックする。 自分はただ利用されていただけと思い知った時の心を砕かれるような絶望……それはもうないと信じたかった。カードを預かったのだってたまたまだ。深く考えないほうがいい。そう自分に言い聞かせて、改めてナンバーズ44を取り出した。 白天馬スカイ・ペガサス───主に尽くした忠実な翼。 自分だってある意味そんなようなものだ。自分たち兄弟三人とも。 「そっか……それじゃやっぱり、俺が持ってていいんだな……?」 独り言のように呟くと、カードの表面に控え目に光が走った。 ああ、と思う間もなくカードの精霊が現れた。 「ナンバーズ44……今はただのカードに過ぎない。私を持つ者のデュエルに従うだけだ」 「……そうしてもらえると有り難いぜ」 召喚拒否でデッキから出てきてくれない、なんて冗談じゃない。 「それでもさ、こうして話ができるんならお前の意思を尊重したっていい。……だからよろしくな、スカイ・ペガサス」 デッキに入れる。コンボを考える。使う手はある……使いたい。 「……マッハ」 「へ?」 「私の名だ……。カードとしてのスカイ・ペガサスではない、私自身の」 その途端、精霊の身体が光に包まれる。それだけ言って姿を消そうとしているのだ。 「待てよ───マッハ!!」 咄嗟に、今聞いたばかりの名を叫んだ。 「俺はトーマスだ! トーマス・アークライト!」 「わかった……トーマス・アークライト、今は君に預けよう……」 私の力を、と精霊は言い残して、今度こそカードに消えた。 「マッハ……か」 デュエルのための名と、本当の名……あいつも二つの名を持っていたらしい。 「だったら俺も、」 デュエルをするのは『W』だけど、あいつには本当の名で呼んで欲しい。 金糸のような長い髪が微風を残していったような気がした。
------------- |