雨が降りだした。
人間界に23ある封印のナンバーズの遺跡候補を訪れたが、ここは無駄足だったようだ。
密林の中に打ち捨てられたような石造りの建造物は大きさこそあるものの、風雨に晒され木々に埋もれようとしていた。内部を探索してみたが、ナンバーズの遺跡には必ずあるという壁画や古代文字の類も見当たらない。
……あの天馬の遺跡で感じた胸を衝かれるような感覚もない。
早々に帰還しようと外に出ると、低く垂れこめた雲からぽつりと雨粒が落ちた。
ハートランドシティよりだいぶ南、熱帯に近い気候のこの地は天気が変わりやすいようだ。
湿度も気温も高い森は快適とはとても言えない環境だったが、ドルベは何故か直ぐに帰る気になれず、崩れかけて不揃いになった石畳のエントランスに佇んで空を仰いだ。
温かい雨に陰鬱さはなく、森の木々と大地を潤して命を奏でる。
人が去り遺跡は朽ちても、森は生きているのだ。
──── 『私はこの伝説を知っている!』
あれは一体何だったのか……ミザエルの言っていたように、自分たちの過去───前世にまつわる話なのだろうか。
いにしえの王国と、悲劇の英雄と愛馬ペガサス……だがその伝説を何故か「知っている」だけで、自分の身に起こったこととはどうしても思えない。崩れていない壁画を見たことがあったのかもしれない、そう言われれば納得してしまう程度の遠い物語だった。
「………………」
ふと気付くと思考が同じ所を空回りしている。あの遺跡を訪れて以来、そんなことを繰り返していた。
しかし仮に前世の話だったとしても、やるべきことは変わらない。
ナンバーズを回収し、バリアン世界を救うのだ。
雨粒が跳ねて眼鏡のレンズに水滴が付いた。
「……………」
歪む視界に眼鏡を外すと、世界の輪郭が不明瞭になった。人間としてのこの仮の肉体は何故か視力に劣っていて、眼鏡がないと極端にものが見え辛い。近視という症状らしい。
「不便なものだな……」
何もかもがぼやけて見える不明瞭な世界。
その中に佇んで雨音だけを聞いていると、世界も記憶も思考も、自分の存在すら曖昧になる感覚に襲われる。
いけない、この感覚は危険だと自らにブレーキをかけ、ふと背後の遺跡を振り返った。輪郭の不明瞭な古代の遺跡……あの、森の中の天馬の遺跡によく似ているように思えた。
「…もう、一度……」
あの遺跡を訪れたら、何かわかるのではないか。
伝説を記した古代文字を、壁画に描かれた白い天馬の翼を見れば、何かが……
「───…馬鹿な!そんなことをしても……!」
あの遺跡にはもう何もない。ナンバーズのカードも、カードの精霊も。
いにしえの王国は既に滅び、バリアン世界もまた滅びの危機に瀕しているのだ。振り返っている暇などない。
眼鏡に付いた水滴を拭って掛け直すと「世界」が戻ってきた。
「────行かなければ」
次の遺跡へ。ナンバーズを…あるいは「彼ら」の手がかりを得るために。
雨の中に身を翻し、ワープホールを開いた。
飛び込むと雨音が遠ざかる────瞬間、視界の端を掠めた白いものが、あの壁画の天馬を連想させた。
「……っ………」
ちりり、と首筋を走った微かな痛みを振り払い、異空間へと身を投じた。
あれは違う────きっと森に住まう白い鳥か何かだったに違いない。
天馬の白い翼の影から逃れるように、その「世界」から姿を消した。
(了)
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2013/06/21 Pixiv投下。
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