現世で二人で暮らしてる。細かい設定考えてないけど、なんとなく遺跡で再会した風味で前世の記憶戻ってます。
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Act 1
この姿で外に出るのは初めてだと言った。
魂がカードに封じられてから時間の感覚はなく、一瞬眠りに就いていただけのような気もするし、悠久とも思える長い時をずっと一人で待っていたような気もします…と、少し遠い目をしながら呟いた。
遺跡の外に出ればドルベ自身バリアン態ではなく人の姿になり、元愛馬はカードの精霊としての姿を現した。アストラルのように透けてしまうのかと思っていたが、高次世界の生命体である彼とは違い、元々この世界の生き物としての魂を今も持っているので現世にも物理的に顕現することができるのだという。
「それは有難い」
ペガサスだった時よりも高い位置にある顔を見上げながら言うと、何故です?という風に首を傾げるので
「またこうして、きみに触れることができる」
その頬にそっと手を伸ばした。
そうですね、私も嬉しいです、と手のひらを重ねながら笑う綺麗な瞳は姿が違っていても変わらない。
色素の薄い長い髪が、ペガサスの翼のように光を透かして風に広がった。
(了)
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Act 2
「────『月が綺麗ですね。』」
「……え?」
唐突に呟かれた主の言葉にマッハは振り向いた。
窓際で本を読んでいる主の背後の空は青く、目を凝らしても昼間の白い月さえ見えない。
「月……ですか?」
もっと空をよく見てみようと主のいる窓際に近づくと、主は笑いながらひらりと手を振った。
「ああ、すまない…そういうことじゃないんだ」
主が今まで読んでいた本を軽く掲げて見せたので、何かその本に関する言葉だったらしい。それは先ほど二人で行った図書館で借りてきた本だった。彼の主は現世でも読書を好み、街の図書館へ通っては本を借りてくる。マッハもお供に付いて行き、主の借りた本を抱えて帰ってくるのだ。
「とある国の言葉で『あなたを愛している』というのを、この国の人々に合うように言い換えたものなんだそうだ」
「そう、なんですか……?」
奥ゆかしいものだ、と主は感心したように呟いているが、何故『愛している』が『月が綺麗ですね』になるのかマッハにはいまひとつよくわからない。
月が綺麗ですね。
月が綺麗ですね。
───あなたを愛してる。
月が綺麗ですね。
首を傾げつつその言葉をしばらく口の中で転がして───…
「私は……」
「ん?」
「私は、あなたが好きです」
何故か今まで口に出して言ったことはなかった。
言わなくても伝わっている、昔から変わることのない思いを、でもせっかく人の言葉と声を得たのだから口に出して言ってみるのもいいかもしれない、と。
月が云々より、やはりこの方がわかりやすい。
一人で納得して頷いているマッハに主・ドルベはああ!と笑った。
「───私も、きみが好きだよ」
それは前世の彼に幾度となく囁かれた言葉。
今度は互いに、時を越えて今生でも。
(了)
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Act 3
川べりの土手を歩くだけで、この街の様々な音が聞こえてくる。
川を流れる水音はもちろん、すれ違う人たちのざわめき、走り抜ける車やバイク、遠くの工場から響く金属音、近くの港の船の汽笛、それから───
ブオォン、と空気を震わせて飛び去るエアバイクを思わず二人で見上げて見送った。この世界の空には四六時中色々なものが飛んでいる。大抵が人間の飛行機械だ。
「私たちの時代には、鳥とペガサスくらいしか空を飛ぶものはいなかったからな」
「……そうですね」
ドルベもマッハも、ここでは人の姿で地に足を付けて歩く。
飛ぶことも駆けることもない。
人ならざる力を使えば空間を跳ぶことや宙に浮かぶこともできるが今はその必要もない。元々人としての生を生きていたドルベはこれが当たり前の物理法則なのだと受け入れることができるが、隣に立つ忠実なペガサスはどう思っているのだろう。立ち止まったまま空を見上げている。
「飛びたい……のか?」
その魂は、天と地の間の風に属する誇り高いペガサスのまま。
自分のせいで命を落とすことになった前世を思えば、因果など振り切って飛び去ってしまっても構わないとさえ思うのに。
「いえ……、はい……」
長身の肩の上から曖昧な返事が降ってきた。
「ええ、あの……飛びたい、です」
「そう…だな」
「また、あなたを乗せて飛びたいです」
「え?」
一人で飛ぶ空は軽いけれど寂しい。私はあなたのペガサスなのですから。
そんな言葉を穏やかな微笑みと共に、何の屈託もなくドルベに差し出してくる。だからドルベも、隠すことも躊躇うこともなく笑うことができるのだ。
「そうか……ありがとう」
「今この街の空を飛ぶことはできませんが……」
「なら、一緒に歩こう」
かつて手綱を引いて歩いたように彼の手を取って歩き出した。ペガサスの姿をしていた時と同じ、速すぎず、遅すぎず、ドルベの歩調に合わせて一緒に歩いてくれる。
違うのはふわりと柔らかく握り返してくる温かい手のひらだけ。
「いつかまた、一緒に飛びましょう」
「そうだな……いつかまた」
その時までは歩いて行けばいい。
どこまでも付いてきてくれるのだと、確信できるのが嬉しかった。
(了)
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Act 4
カードの精霊ゆえ眠りを必要としているわけではない。目を閉じて、しばらくして開くと朝になっている、そんな擬似的な眠りに過ぎない。だが今夜はなかなか眠りに落ちる気になれず、布団にくるまったまま思考は様々に飛んだ。
一人で暗闇の中で耳を澄ませる……かつてもこんな夜があった。
おぼろげに記憶に浮かび上がってくるのは、厩舎のにおい、他の馬たちの息遣い、屋根板の隙間から見える星の光……世界に存在するものの一つ一つに「名前」があると知ったのは、カードに封じられて人の思考と言葉を得てからだった。
記憶の中の前世の主の優しい眼、その口から紡ぎ出される言葉の意味を知ったのも。
────きみが好きだよ。
────きみが傍にいてくれて良かった。
────ありがとう、私のペガサス……
言葉を解することはできなかったが、その優しい声にどうにかして応えたかった。
思考ではなかった。
ただ溢れてくる感情にすぎなかった。
その感情に「好き」という名が与えられていると知った時には主はもう傍におらず、一瞬とも永遠とも思える長い時を遺跡でただ待ち続けていたのだった。
夜の帳の中一人で身を横たえていると、過去と現在の記憶が混じり合う。
─── 今は───、今は主を待っている……
「待つ」ということ、「会いたい」ということ、「共に在りたい」と思うこと……世界と感情の全てが
その「名」に支配されているようで息苦しい。こんな思考を抱えて人間は夜を過ごしているのだろうか。それともその名を知る前も、自分はこんな感情を持て余したまま主を待っていただろうか。
待っている……あなたを、待っている………
やがて廊下を近付いてくる足音がし、静かにドアが開いて閉じた。あと少しで読み終わるからきみは先に休んでいてくれと言って夜更かしをしていた主がようやく眠る気になったのだ。
暗がりの中手探りで寝床を探している気配がするので、マッハは半身を起こして枕元の小さな明かりを灯した。驚いて手を止めた主の姿が黄色い明りに浮かび上がる。
「あ…すまない、起こしてしまったか……?」
「いいえ、起きていました。その……眠れなくて」
精霊でもそんなことがあるのか、と主は言いながら隣の布団をめくりかけてふと手を止めた。
「そうか、待っていてくれたのか……」
「…………………」
否定はできない。だがすぐに肯定もできなかった。
はい、と言ってしまえばそのまま主を待ち続けた数千年を今と重ねて縋り付いてしまいそうだった。
そうではない。今はもうそんな風に待つことなどないのだと自分に言い聞かせながら微かに頷くと、主はそうか、と笑い、手を伸ばしてマッハの前髪をさらりとすくい取った。
「ありがとう、待っていてくれて」
待っていることが今でも不安なのだと勘付かれてしまっただろうか。
それでも主はすまない、ではなくありがとうと言うのだ。謝ればそれがマッハの負い目になると知っているから。
……変わらない。
遙かな前世の記憶の中の主も、きっとそう言っていたのだ。
人の言葉を解さない自分に、それでも人の言葉で。
────私の方こそ……ありがとうございます。
「もう遅いです。休みましょう」
「そうだな。………」
隣の布団に入りかけた主がマッハを見上げた。
「…?何か……?」
ふ、と笑って不意にマッハの布団に潜り込んできた。
「わ…!な、何ですか……!?」
「今日は一緒に眠ろう……いいか?」
拒否することなどできるはずもない。布団の端をめくって主を迎え入れた。
「はい……でも、狭くありませんか?」
「狭くない」
くすくすと笑いながら身体を寄せてくる主に布団を被せると、ふと蘇る感覚があった。
──── 一緒に眠ろう。
厩舎に忍び込んでペガサスだった自分にもたれかかってきた主を冷えないようにと翼で包み込んだ。寄り添う身体の心地よい重さと温かさを覚えている。
────はい、一緒に………。
言葉ではない思いは伝わっていたのだろうか。
翼を持たない今は、せめてこの腕で包もう。
「お休みなさい。また明日……」
────おやすみ、私のペガサス……
闇はもう怖くない。待つことも。眠ることも。
──── 一緒に眠ろう。
同じ眠りを。同じ夜を。
……願わくば、同じ夢を。
(了)
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Act 1は2013/06/07についった投下、残りは06/15にPixivに。
この主従ほんと幸せになれよ…
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