「きみに贈る花」
・神界
・春
・太公望(伏羲)は普賢の家に居候
春まだ浅い、3月の始め。神界の空は、今日も穏やかに晴れ渡っていた。淡い水色の空に吹く、少し冷たいそよ風の中に、漂う謎の黒い物体────
「ふあ────・・・、今日もヒマだのぅ〜。まさに平和とヒマは、紙一重・・・」
太公望(伏羲)だった。部屋の掃除をするからと、普賢に窓から放り出されたのだ。仰向けに寝転がる格好のまま風に流されてゆくその姿は、休日に妻の家事の邪魔にされてふてくされるグータラ夫そのものである。
流れに身を委ねよ・・・などと意味もなくつぶやいたりして、その黒い物体はしばらく辺りを漂っていたのだが。
「ん、あれは・・・・普賢ではないか」
いそいそと、家へ続く小道を歩いていくのは、見間違うはずもなく普賢その人である。しかも、遠目にはよくわからないが何か花束のようなものを抱えているらしい。「あやつめ・・・わしを追い出しておきながら、自分も出かけておったのか??それにあの花束は・・・?」
ふわりと高度を落とし、普賢に追いつこうとすると、
「あ、太公望!」
「ほんとだ。お〜い!!」
どこからか名前を呼ぶ声がする。無視するわけにもいかず辺りを見回すと、道から少し外れた草地に4つの人影が見えた。
「なんだ、四聖ではないか。相変わらずヒマそうだのぅ〜」
「そりゃーこっちのセリフだって。あんたも相変わらずみたいだな」
ふわん、と彼らの側に降り立つと、地面に敷かれた大きな布、座布団、茶器にお茶菓子。
「4人そろってピクニックとは・・・これ以上ないっちゅーくらい平和だのぅ・・・」
「・・・せめてもっとミヤビに『野点』とか言って欲しいんだが・・・」
普賢のことはまあいいか、と、そのままなし崩し的に太公望はお茶会(?)に混ざることになった。少し冷たいがさわやかな風と、柔らかな初春の日差しの下、しばらくは他愛のない雑談を交わしていたのだが。
「ねえねえ、そういえばさ、」李興覇がウキウキと身を乗り出した。「さっきそこの道を、普賢さんが通って行ったんだけど」
「むぅ・・・そうなのだ。普賢のやつ、掃除の邪魔だとわしを追い出したくせに、自分もどこかへ出かけておったようなのだ」
「ああ、それだったら」高友乾がずずっとお茶を一口すすって言葉を継いだ。「普賢さんの抱えてた桃の枝、見たかい?あれを受け取ってきた帰りだって」
「そうそう、わざわざ蓬莱島から一番見頃のやつを届けてもらったって、嬉しそうに言ってたよ!」
太公望は、首をかしげる。
「桃の花を・・・わざわざ?何でまたそんなことを・・・。わしはどうせなら、花より実の方が良いと思うのだが・・・」
それを聞いて、王魔が笑い出した。
「はははっ、確かに!贈るにしたって相手がおまえじゃ、理解してもらう以前に、似合わないよな〜!」
「・・・それはそうかもしれんが、お主に言われるとなにやら腹が立つぞ・・・」
「似合う似合わないは別として、贈りものにするには良いかもしれないぞ、桃の花は・・・」
それまで黙って皆のやりとりを見守っていた楊森が、落ち着いた声でそう言いだした。
「贈りもの・・・?あ、もしかして・・・」
くるくると、動作も頭も良く回る李興覇には、思わせぶりに楊森が言わんとしたことがわかったらしい。
「もしかして、花言葉!?」
「・・・そうだ。」
「ふ〜ん、花言葉、ねぇ・・・」
見た目に反して、あまりそういう情緒的なことには興味がないのか、いまいちピンとこない様子で高友乾が訪ねてきた。
「桃の花の、花言葉って?」
どうやらそれを知っているのは、楊森と李興覇だけのようだ。残る三人の好奇の目が楊森に集まった。
「桃の花の、花言葉は・・・」
楊森はそこで一旦言葉を切った。言いにくかったのだろうが、かえって次の言葉が重々しく聞こえてしまうことになった。
「・・・『恋の奴隷』、『あなたのとりこ』。」
「・・・・・恋の、ドレイ。」
誰かがつぶやいた。次の瞬間、そこにいる全員の目が、一斉に太公望に集まった。
「・・・望ちゃん・・・これ、僕の気持ち・・・・」
恥じらうように少し目を伏せて、桃の枝の花束を差し出す普賢。
その花言葉は・・・・恋のドレイ。
「ふっ・・・普賢・・・・」 くらっっ。
そのまま一気に押し倒してしまいたい衝動を抑えつつ、花束を受け取る。
そして、花のついた小枝をぱきん、と折り取って、普賢の髪に挿してやる。
「・・・わしも・・・同じ気持ちだよ・・・・」
少し潤んだ瞳で、普賢が見上げてくる。
「望ちゃん・・・・」
「普賢・・・・・ッ!」
ばしゃ。
「うをっ、つ、冷たい────!!」
ピンク色の妄想に我を忘れていた太公望を、頭から降りかかった冷たい水が、現実へと引き戻した。こんなことができるのは、水使いの高友乾しかいない。
「いきなり何さらすんじゃ────────!」
「何って・・・ここはツッコミどころと思ったから、最近開発した新技、『水のハリセン』。」
「ま〜たそんな宝貝のムダ使いを・・・・っと、それどころではないわ!!お茶ごちそーさん!ではな!!」
慌ただしくそう言って、ぱきん!と太公望は亜空間へと姿を消した。おそらく普賢の待つ家へと帰ったのだろう。
「・・・・・・」
その突然の行動と消失に、しばし唖然としていた四聖だったが。
「・・・でもさ、花言葉どころか花のキレイさも分かんないよーな奴に、わざわざ花を贈ったりすると思う?」
「そーだよな。いくら普賢さんだってそれくらい分かってるだろ・・・」
「桃の花・・・桃の・・・・」
「楊森、どうかしたか?」
「いや・・・桃の花に関する何かが、もっと他にもあったような気がするんだが・・・」
「???」
四聖の前から姿を消した一瞬の後、ぱきん!と玄関前に現れた太公望は、ばたばたと家の中に駆け込んだ。
「普賢!!ふげ〜ん!!」
「あ、お帰り望ちゃん」
奥の居間の、大きな窓からいっぱいに入ってくる春の日差しの中、桃の花の枝を手に、普賢はにっこりと微笑んだ。さっき聞いた花言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
「普賢・・・・」
こみあげる愛おしさをこらえきれず、太公望はがばっと普賢に抱きついた。
「わしも愛しておるぞ、普賢!!」
「・・・って、帰ってくるなり何するのさ!!」
どご────────────────ん!!
「うぐぅ・・・」
壁にぶつけた背中より、心が痛い斥力制御。普賢は容赦なく太公望を突き飛ばした。
「もう、昼間っから発情しないでよね」
とたとたとた・・・・
小さな軽い足音が、居間の入り口にやってきた。
「子どもの教育上、問題あるでしょ」
「あ〜っ、とうさま、おかえりなさい──」
「おう、のぞみか。ただいま、今帰ったぞ」
腰をさすりつつ太公望が立ち上がると、そこへのぞみちゃんが体当たりするように抱きついてきた。太公望の表情が、へらん、と崩れる。たった今普賢に邪険にされたことはもう忘れてしまったらしい。ぶつけた腰の痛みも吹っ飛んでしまったらしく、小さな身体を抱き上げて、高い高〜い、などとやっている。
そこへ、普賢が声をかけた。
「望ちゃん、のぞみちゃん、準備できたから、飾り付けるの手伝ってくれる?」
のぞみちゃんとじゃれあっていた太公望は、は?と首を傾げた。
普賢の手元には、先程の桃の花が生けられた、少し小ぶりの花瓶が5つ程。
「は〜い!かあさま、このお花、のぞみの部屋に飾ってもいい?」
「もちろん。だってこれは、のぞみちゃんのために用意した花なんだから」
太公望に向けるのとはまた違う、優しい笑みを浮かべた普賢の手から花瓶を受け取ったのぞみちゃんは、嬉しそうに太公望にそれを差し上げて見せた。
「見て見てとうさま!このお花、のぞみのために、かあさまがもらってきてくれたんだよー」
「桃の花・・・・のぞみのために?」
「そうだよ。いやだなぁ望ちゃん忘れちゃったの?今日は女の子のためのお祝いの日、」
「・・・桃の節句か!・・・わしはてっきり、その花言葉が・・・」
「かあさま〜、ちょっと来てくださいー」
のぞみちゃんに呼ばれた普賢は、花瓶を2つ手にして居間を出て行った。多分、玄関にでも飾るのだろう。はぁ、と気の抜けたようなため息を一つついて、残された花瓶の桃の花に、太公望はそっと触れた。
あまり色の濃くない、可憐な淡いピンク色は、とうさまーかあさまーとよく喋るのぞみちゃんの唇と、ふわりと包み込む普賢の優しい微笑みを思い起こさせる。
「わしとしたことが、すっかり花言葉とやらに振り回されてしまったのぅ・・・」
ひとり苦笑しながらも、その眼は桃の花に奪われたままだった。
「実ばかりではなく、花もなかなか良いものだな」
枝の先の小さなつぼみも、もうほころび始めている。
────春、なのだった。
《END》 ...2001.03.03
「そういえば望ちゃん、昼間ちらっと、花言葉がどうとか言ってたよね?」
「う・・・いや・・気のせいだ、気のせい!!」
「ごまかさなくてもいいじゃない。花言葉って、桃の花の?ね、何ていうのか教えてよ」
「あ・・・うぅ〜、なんというかその・・・」
「???」
「・・・・・・・『恋の』・・・・『奴隷』・・だ、そうだ」
「『恋の奴隷』〜!?あははっ、それで望ちゃん、勘違いしてたんだ〜」
「わ、悪かったなぁ!ものすごいインパクトだったのだぞ」
なおも笑いの止まらない普賢。
「望ちゃんの勘違いも可笑しいけど・・・もう一つ、面白いこと教えてあげる。あの桃の花を選んでくれたのって、楊ゼンなんだよ。今日は仕事が忙しいから、お使いの人が届けてくれたんだけどね。この前会った時に、桃の節句の話をしたんだ。そうしたら、それなら僕が!!・・・って。花言葉は多分知らなかったろうけど、偶然っておそろしいね〜」
「楊ゼンよ・・・・(哀)」
ジャンプの予告カット見た瞬間からのぞみちゃんは望普の娘だと思ってました。
少なくとも望普界(どこやねん)ではそういうことになってるよね?
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