「まぼろしの夜空の」




長年にわたる「封神計画」…その戦いの末、妲己は地球に還り、ジョカは消滅し、太公望も姿を消した。人は、歴史は導なき道を、新たなる未来へ向けて歩みだそうとしている・・・


 




「────・・・ふむ。」
渭水の上空にふわりと浮かびながら、太公望は朝歌と蓬莱島を同時に覗いていた千里眼を閉じた。人間界も仙界も、滞りなく再編が進んでいる。もはや自分のするべき事は何一つとしてないのだ。こうして風に身をゆだねていると、妲己や、大昔の仲間たちのように、自分も風にでもなってしまおうかとも思う。

事実、あの時────戦いの最後の瞬間、ジョカとともに消えゆく自分はそうなるのだろうと覚悟し、それを受け入れたのは確かだ。
だが、こうして再び身体を持ち、全てを越える力を身につけてしまうと、あの瞬間にはなかったはずの、たった一つの「心残り」が、自分の中で形を取ってくるのがはっきりとわかる。


ただ一つだけ、欲しいものが・・・・ずっと欲しかったものがあったのだ・・・。


 









人間界と仙界をつなぐ異空間に、ぽっかりと浮かぶ新たに創設された世界、「神界」。
それは、崑崙山や地上界など、「彼ら」のもといた環境を模して造られているらしい。
魂魄体となった彼らは、肉体を持っていたときと同じように食事をし(といってもその原料は霞らしい)、眠り、仲間たちと集う。

崑崙出身の「神々」の住む一角は、やはりそのように形作られていた。そこはかとなく見覚えのある、でも少しだけ違う懐かしい風景。




だが、「そこ」は違った。かつて崑崙山にあった彼の住まいと、あまりにも同じでありすぎる。
薄く途切れることなく辺りを包む霞の中を、ゆっくりと眼下に見える建物に近づいていくと、ある所を境に周囲の景色が変わった。
どうやら光の屈折を利用して、霞の空に夜空と月を映し出しているらしい。


なるほど、いつも薄明かりと霞に包まれたこの世界に夜はやってこない。
この建物のある一角の造形といい、彼らしいといえばらしい演出だ…。

思わずニヤリと笑ってさらに近づいていくと、窓辺にいた人物が、慌てたように立ち上がるのが見て取れた。



「────────────────
 ────────────────
 ────────────望ちゃん・・・・・」

驚き、絶句、だがそんな予想通りの反応は一瞬のことだった。

「やっぱり、生きてたんだね」
「なんだ、あまり驚かんのだな」
そう言って太公望が窓枠に腰掛けると、少し見上げるような角度で普賢はにこりと笑った。

「うん、望ちゃんのことだから、きっとどこかでピンピンしてると思ってたよ」
そう言いつつも、普賢は腕を伸ばしてきて、その存在を確かめるようにそっと頬に触れた。


久しぶりに他者に触れられる感触に思わず少し身を引くと、それを逃すまいとするかのように、普賢が抱きついてきた。
身体いっぱいに感じるぬくもり。
少し肩が、震えて・・・・泣いて、いるのだろうか。

だが身体をそっと離してみると、そうではなかった。目の前の愛しい人は、閉じていた目を開いて、いつものように、花が開くようにふわりと、でも今までで一番優しく微笑ってくれた。

「お帰り、望ちゃん。それと・・・お疲れさま、でした」

いつの間にか溜めていたらしい息をほうっと吐くと、今更ながら自分が少し緊張していたことがわかった。だが、一番会いたかったこの人は、たった一つだけ欲しかったものをくれたのだ・・・。

もう一度、腕を伸ばし、今度は太公望が普賢を抱きしめた。細い肩を包むように抱き寄せると、背中に回された手がぎゅっと握りしめられるのが感じられた。
そのまま、その耳元に囁きかける。

「恥ずかしいから、一度しか言わぬぞ・・・。その言葉が欲しくて、ここへ来たのだ・・・。
ありがとう、それから・・・・・・ただいま。」






 

    ────二人を見ているものは、ただ霞に浮かぶ、まぼろしの夜空のまぼろしの月。






《END》 ...2000.10.237




 


ゲーム系が長かったせいか、どうも「完結した物語」に対して創作するのが
性に合っているようです。最終話の読後、いてもたってもいられなくなって、
創作意欲のほとばしるままに書きなぐった初めての封神小説でした。





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