境界




天使も魔王も、物語も歴史も、全てが作り物だった世界で、ただ一つだけの確かなものは……

「僕があんたを好きになっちゃったこと……かな」
「…何だそれは……」
甘い、ひたすらに甘い枕辺の睦言。
「小さい頃からずっと、世界はおかしいって思っていて……理解してくれる人もいないまま、魔獣の研究を続けてた。まともな話し相手なんて近所の猫たちだけだったし、「あいつは神官の息子じゃなくて魔王の手先なんだ」って陰口叩かれたこともあったよ。でも……」
少年は言葉を切ってころりと寝返りを打ち、隣で半身を起こしていたルシフェルを見上げた。
「……今だったら……それもあながち間違いじゃないよね?」
魔王、大神官の子、それにガイアマスター候補生……それらの肩書は今となっては何の意味も持たない。それでもルシフェルは「魔王」という異種の生物として、リゼルを魅了し続けているのだ。
「手先だなどと……人聞きの悪い」
リゼルの戯言はいつものこと。ルシフェルは適当に相槌を返す。
「ガイアマスター候補生だった時も、僕は魔王を倒したいなんて思ったことは一度もなかったよ? 初めて会った時だって……」
「ああ、覚えている…」
パンデモニウムで魔王に臨んで、戦う以外の行動を取る人間など初めてだった。若干の興味を抱いたものの、しかし戦いを避けることはできなかった。女神の呼びかけで自我に目覚めたと思っていたが、やはり遍在者の被造物として、定められた歴史の円環から逃れられてはいなかったのだろう。
その後、女神の力で再び蘇り、真の自由を得るまでは……。
「人間とは、本当に勝手なものだな……。自らの理想の実現の為に私を創造し、自由を得た今でさえ、「消えるな」などと言ってこの世に繋ぎ留める」
「………………………」
上目遣いにリゼルは軽く睨み付ける。だが、ルシフェルのそれもまた戯言。リゼルにもそれはわかっている。
リゼルは身体を起こし、長く伸びたルシフェルの前髪を軽く引っ張った。引き寄せられて顔が近付き、微かに唇が触れる。
「消えたいんなら消えればいいよ。でも、その時は、僕も消える……」
ルシフェルに「消えるな」と言い放ち、その極上のマグネタイト、そして心も身体もルシフェルのモノだと全てを委ねてきた。そんなことは関係ないと振り払えば、あのまま消えることもできただろうに、絆されてしまったのはルシフェルも同じだった。

だが、それくらいの枷が無ければ疾うの昔に二人共が消えていなくなっていただろう。強引なまでのリゼルの意志。そして自我に目覚めたルシフェルが初めて抱いた感情。それだけで、当面の存在理由は充分だった。



「今がいつで、ここがどこかなんてどうでもいい。
大事なのは、ルシフェルが、今僕の隣にいること……」

抱き合えば、全てのものの境界が融けてゆく。
時も所在も意味を失い、自我さえもいっとき手放して深海のような快楽の闇に漂う。
そんな曖昧な世界に在って、ただ一つだけの確かなものは、

「ルシフェル……僕は、あなたを……」

愛してる。






言葉にならないそれは、境界を越えた二人をそれでも世界に在らしめる。






《END》 ...2009/06/27




 


思いがけず「誘発」の続きみたいになった。
「世界」っていうのはどこかの世界じゃなくて、生きてるっていうだけのこと。
たぶんこれED後です。
たぶんこいつらもうレガイアにいない。ボルテクス界か大正二〇年あたりに住んでる。
八十稲羽市かもしれない。あたしの脳内ではメガテン界のどこにでも出没します。
細かいことは気にするな!

Reset