混線




ミューテーションが起これば、法則を超えた強力な魔獣が創り出される。だから合体の魔法を使う時は、いつもどこかでちょっと期待している。コンバックの魔法は、山奥に籠もっている魔獣研究家たちが編み出したのを僕がアレンジしたもので、まだまだ不確定要素が多い。
……とはいえ、こんなことが起こるなんて……。

あまりのことに、思わず尻もちをついて座り込んだままの僕に、そいつは近付いて来た。
「ひ、ひええ……」
ついこのあいだ戦ったばかりの奴は、なにしろ強敵だった。自分で創り出した魔獣(?)に殺されるのかな……。自業自得と言うしかなくて、目の前が暗くなってくるような気がする。パーティーの皆は周りで見守っていたはずだけど、ミューテーションの光が強すぎて何が現れたのかわからないみたいだった。そんな中、さすがにいち早く奴に気付いたらしい彼が、僕の名前を叫んだ。
「リゼル!!」
でもきっと間に合わない。そいつはゆっくりと近付いて来て、後ずさりもできないでいる僕の手を取った。信じられないことに、恭しく膝をついて…
「ワタシはミカエル。……今後とも、ヨロシク……」

「き、貴様……!!」
僕の後ろから地を這うような恐ろしい声がする。たぶん今、ものすごく「魔王っぽい」表情をしているだろうルシフェルの声だ。そうだよなあ天敵だもんなあ……なんて考えながらも、僕の頭の中はこれからの研究課題でいっぱいだった……。


**********
「それで、結局のところ、何かわかったの?」
アリスがさして興味もなさそうに食卓の向こうから訊いてきた。
「うーん、まあ何となくはね…」

あの後、文字通り杖を杖にしながらようやく立ち上がった僕は、ミカエルに2、3質問してみた。
「あんたは……あのミカエルなの?こないだ僕たちと戦った?」
「そうです。あなた方と戦った四大天使天使長ミカエルです」
「それじゃ、復活したあんたは遍在者の元へ戻って……」
「いいえ、それはありません。今の私の器は、あなたに創られた……。自我を放棄したわけでも、主への畏敬の念を忘れたわけでもないのですが、今従うべきなのはあなたです」
「え……僕?召喚してるのはルカだけど?」
「それはシステム上のこと。我が忠誠を捧げるべきは、器を創られたあなただと申し上げる。我が主よ」
「あ、あのー……」
「な…何が「我が主よ」だ……! お前の主などアイツ一人で充分だろうが!!」
僕の後ろで威嚇のオーラを放っていたルシフェルが、堪りかねたように声を上げた。
「私は「わがあるじよ」と言ったのだ。今でも我が「しゅ」はあの方のみ。混同しないでいただきたい」
「屁理屈を……!」
何がどう違うのかは僕にはよくわからない。今にも何か魔法を暴発させてしまいそうなルシフェルを抑える方が大変だ。
「ルシフェル、お、落ち着いて……! 頼むから!!」
「くっ……!」
僕の必死の懇願に、ルシフェルは悔しそうに呻いて身を引くと、淡紫の霧に姿を変えて消えてしまった。普通の魔獣と違ってルシフェルはルカの召喚に縛られることはない。自由に姿を消し、ルカの召喚に応じたり、僕の呼びかけに応えたりする……
「ルシフェルー!?」



「ふーん、スネちゃったんだー。子供みたいね! 魔王のくせに」
「そうなんだよねえ。もう敵じゃないんだから、仲良く……は無理だとしても、お互い無視するくらいのオトナの対応はして欲しいよね」
「……オトナ、ねえ……」
ルカがジャガイモをフォークで刺しながら呟く。システム上の召喚主であるルカはどう思ってるんだろう? ルシフェルと違ってミカエルはどちらかというと普通の魔獣たちと近い扱いになっている。
「ミカエルは……アレは魔獣とは言えないし、あんなに確立した自我を持っているのもいない。……でも、魔獣たちと同じく天使も遍在者によって創られたものだから、合体も異変も同じように起こるのかも知れない」
ルカの言葉は僕の考えに近いものだった。
「うん。それで……ミューテーションで器ができてしまったところに、僕たちに倒されて拡散していた魂…があるとすればだけど、それが憑依して蘇ったってところかな」
「なるほどねー」
僕とルカの話を黙って聞いていたアリスが、感心したような声を上げた。アリスは魔獣について僕みたいに論理的に考えることはないし、ルカみたいに本能で何か悟っているわけでもないけど、ある意味僕らの誰よりも魔獣を愛していると言っていい。闘うのが好きだからっていう理由はとても単純だけど、そんなシンプルさもいいなって時々思う。僕が魔獣の研究をしているのは、この世界がどうなっているのかを知る手がかりを得るためだったから。
「ま、そんな難しいことはどうでもいいわ! 今度ミカエルに手合わせしてもらおうっと!」
強い奴が仲魔になって嬉しいわ! とアリスはグラタンに勢いよくスプーンを突っ込んだ。
……アリスとミカエル、手加減しなきゃいけないのはどっちなんだろうか……。


**********
夜半過ぎ、やっぱり仲魔たちの様子が心配で、僕は一人でこっそり部屋を出た。小さな町の宿屋のフロントはもう明かりも落とされて静まりかえっている。玄関の扉を開けると、半月──今は主を失った陰の月──が薄い月明かりを投げかけていた。
どこの町でもそうだったけれど、いくら人間に擬態しているとはいえ多人数の旅人集団では目立って仕方がないので、仲魔たちは町には入らないで待機している。彼らの気配をたどって、僕は町外れへと向かった。
次第に民家が途切れ、空き地とレンガの塀がぽつりぽつりと目立ち始める。レガイアではどこの町にもある、魔獣の侵入を防ぐための防壁だ。古びて崩れかけているのは、百年前の魔王の復活の時に造られたもの。その向こうは、真新しいレンガで最近作られたもの。古いのを半分修理して再利用しているものもある。
そんなレンガ塀が入り組んで、ちょっとした迷路みたいになっている一角があった。確かにここなら、町の住人に見咎められることもなさそうだ。
あちこち覗き込みながら歩いていると、何枚目かの塀の陰で休んでいたドラゴンに、あっち、と尻尾で示された。……僕が誰を探して歩いてるのかわかってるみたいだ。何となく苦笑しながらその方向へ歩いていくと、半分崩れた壁の向こうに長身の人影が見えた。人型の仲魔は他にもいたけど、それは気配でルシフェルだと知れた。
「……リゼルか……」
向こうにも、僕の気配は伝わっていたらしい。振り向きもせずに名前を呼ばれた。壁を回り込んでいくと、人間の姿をとったままのルシフェルが一人月明かりの下に佇んでいた。
「ええと…ちょっと気になって、ミカエルを……」
「…ミカエル、だと……?」
その名を僕が口にした途端、魔王の眉間にシワが一本増えた。一瞬でご機嫌は斜めどころか垂直落下だ。……たぶん元々良いとは言えないご機嫌だったと思うけど。
「べ、別にミカエルに用があったわけじゃないよ。昼間のあんな様子見てたら、とても放っておけるわけないじゃないか。待機中に二人で睨み合ったり罵り合ったり殺し合ったりしてるんじゃないかと思うともう気が気じゃなくって……」
「………………………」
「黙ってるってことは…やっぱり図星!? もしかしてもう殺っちゃったとか……!」
「バカな! そんなこと……」
「してない?」
「していない……まだ……」
……ってことは、やっぱりいつか殺る気なんだろうか。
天敵だっていうのはわかってるけど、今はもう仲魔になってしまったし、最強クラスでとっても心強いからできれば力を貸して欲しいというのが本当のところ。いつもこんな心配しなきゃならないのは困るな……。
「僕もまさか、ミューテーションで天使が創れるなんて思ってなかったから……。でも、もし除名してまた敵になったりしたら大変だし、創ってしまった以上は責任取らないと……」
「……わかった。わかったからそんなに困った顔をするな。仲良くはできないが争い事はしない、約束する」
「あ、ありがとう……」
争い事どころか殺し合いだって当たり前なところ、最大限の譲歩をしてくれた。ルシフェルに何だか申し訳なくて、僕が顔を上げられないでいると、ふと視界が暗くなった。
「?」
見上げると、頬に手が伸ばされた。
「ん……」
これは代償だろうか。
「これだけで済むと思うのか?」
「お、思わない……」
魔王様に「お願い」なんかして、キスひとつくらいで済むわけがない。昼間のあれこれで疲れていたから、少し手加減して欲しいんだけど……。
知らず後ろに退いていたのか、背中が壁にぶつかった。
「手加減するかしないかは、お前次第……」
ルシフェルが愉しそうに呟く。魔王が求めるのは僕のマグネタイト。まるで生贄みたいだ。僕が感じれば感じるほど魔力を高めるのを知ってから、あの手この手で攻めてくる。
……それに応える僕もどうかしてる。ルシフェルを召喚するのはルカで、僕がこんなことする必要はないってわかってるのに。
「……っ……」
視界一杯に拡がる淡紫の三対の翼。禍々しさを予感させながらも、それはとても美しい。この世界におかしなシステムを布いた遍在者だけど、自分に最も近しい者達…天使達と魔王をこんなにも美しく創ったその趣味にだけは賛同したい。
つまるところ、僕もすっかりこの魔王様に魅入られてしまっているということだ。
言えばますます調子に乗るだろうから言わないけど。
言わなくても悟られてしまっているかもしれないけど。
「……ルシフェル……」
壁を背に眼を閉じて、魔王の無慈悲な手に身を委ねようと力を抜いたその時。

「ルシフェル! お前は、一体何を……!!」
ヒステリックな叫び声がした。拡げられた翼に遮られて見えないけれど、たぶんミカエルの声。
「……何だ貴様……邪魔をする気か? 馬に蹴られて今度こそ昇天するぞ」
「お前は…主に何という狼藉を! 今すぐ離れなさい!!」
「ル、ルシフェル……」
「構うな、放っておけばいい」
翼の隙間からミカエルが見えた。ってことは、向こうからも見えてるってことだ。それなのにルシフェルは行為を続けようとしている。
「…やっ……やだよ……!」
見られてるのにそんなことできるわけがない。
僕はルシフェルの手を逃れようと身を捩るけれど、完全に動きは封じられている。
「暴れるな! 奴に誤解されるだろう!」
珍しく強い口調で言われて驚いたけれど、そんなことで大人しくなんてするものか。
「冗談じゃないよ!さっきはそのつもりだったけど……こんな状況で続けられるわけないだろ!」
見かねたようにミカエルが近付いて来て、横から僕の腕を取った。
「ルシフェル! さっさと離しなさい、これ以上の乱暴は許しません!!」
「お前の許しなど必要ない! これは全部合意の上だ!」
ミカエルに取られた腕を奪い返して、ルシフェルは僕を後ろからがっちりホールドした。
「合意だなどと……! 主と仰ぐべき方とそのようなけしからぬことを……!」
ミカエルは白い翼を震わせながら、手を出しかねているみたいだ。
「……主って言うか何て言うか……」
合意とか言われるとなんだかものすごく言い訳というか反論したいような気になるんだけど。

「それでは聞くが、お前の、あの創造主……」
「我が主についての話ですか。あの方の素晴らしさならば何日かけてでも語って差し上げますが?」
「いらんわ! ……そうではなく、奴の真の姿、私も覚えているのだ」
「……そうですか……流石は我が対の堕天使。我が主の……」
何日でも語ると言ったミカエルが、何故か言葉を詰まらせて沈黙した。僕を後ろからホールドしたままのルシフェルが、密やかに笑う気配がした。
『……人間としての見た目ならば十六・七ほどの…黒髪の少年……』
『……そ、それがどうしたというのです』
ルシフェルが発したのは人の言葉ではなかった。ミカエルもやはり同じ言葉で応える。
普通の人の耳には意味不明の音の羅列に聞こえる────それは魔獣達の言葉。魔獣の中でも高い知性を持つ者は人の言葉を操り、三公爵みたいに偉そうな喋りをしたり、僕の父さんを人質に取ったミノタウロスみたいに交渉してきたりするけれど、それをできない大多数の魔獣達もちゃんと彼らの言葉を持っていて、意志の疎通を図ることもできた。もっとも、魔獣の言葉に耳を傾けようなんて酔狂な人間は僕や山奥の研究者達くらいなもので、レガイアには数えるほどしかいない。普段の仲魔達との会話は、ルカの機械の不思議な力で人の言葉に翻訳されているから、ルカと旅するようになってからは僕も魔獣の言葉を聞くことも使うこともなくなっていた。

そんなわけで、僕が魔獣の言葉を聞いて理解できているということに、二人とも気付いていないらしい。二人だけで、僕には聞かせたくない話をしているつもりのようだ。
『あの創造主……見た目だけで言うならば、大層繊細で可愛らしい印象の……』
『……………っ………』
『やはり図星か……?正直言って抱き締めたいとか押し倒したいとかその他もろもろ……』
『な、何を……!』
……何言ってんだとツッコみたいのは僕の方だ。脱力しそうになった僕を、相変わらずルシフェルは放さない。クク……と、悪の権化っぽく喉の奥で笑ったりしている。
『我らの行為を見て思い出したのなら、さっさと奴の元に帰ったらいい。再構成された今のお前なら、100%自らの意で行動できるはずだ……』
『……あ、あの方を、そんな……!』
ミカエルの動揺は、自らの欲望を指摘されたことだけじゃない。やっぱり以前は何かしら思考や行動に制限がかかっていたのを、コンバックで喚び出されたことで解除されているのに気付いたのかも知れない。
これはこれで面白い研究対象になりそう……なんて思ったんだけど。
『それともアレか?このリゼルか……あるいはルカに宗旨変えでも?』
『……………………………』
「何でそこで黙る────!?」
我慢できずに僕は思いっきりツッコんだ。勢いで力の緩んだルシフェルの腕を抜け出す。
「これが魔王と天使長様の会話かッ!!」
「なんと……」
「我らの今の会話、理解していたというのか……!?」
二人して驚いている。こいつら、ほんとに、もう……
「オン  アルファ……」
あまりのことに言葉が出てこない代わりに、呪文がぽろりと口をついて出た。
「リゼル、それは……!」
「……エト  オメガ!」
「…………!!」
言霊が魔力を纏って物理的な力へと変わる。光と共に拡散したそれは魔王と天使長を巻き込んで爆発した。うっかり使っちゃっただけだから、ランカにしては控え目な威力だ。
……煙が収まると、完全に崩れ落ちたレンガ塀。ルシフェルは僕の力をよく知っているので上手く防御したらしい。
「リゼル……悪かった……。たとえ奴がお前に宗旨変えしたとしても、渡したりはしないから……」
「あ、謝るところそこじゃないよ…! このバカ! バカ魔王!!」
完全に明後日の方向にズレているルシフェルにあたるけど、……もしかしてこれは単なる痴話喧嘩に見えてるんじゃないかと、向こうの塀の陰から何事かと覗いているドラゴンを見ながら僕は思った。

少し湿り気を含んだ夜風に、ランカの直撃で黒こげになったミカエルの翼がそよいでいた。

 








《《END》 ...2009/02/12




 


頭悪いラブコメできた(笑)。何のはずみかミカ遍になりました。ミカは2とは別の子という解釈で…。
魔獣語とか色々捏造。リゼルは動物と話せるけど魔獣とはどうだったのか?
動物と話せるのもガイアってことは魔法の力みたいに元々備わってるものなの?
ガイア=魔力というわけではないし、単に普通の人間にはない特殊能力ってことなのか?
もう基本的にわからないことだらけです。

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