メガテンシリーズほとんどわからない(14年くらい前にSFC版真1を途中まで)、ラストバイブルも新約1しか知らない状態で書いたので今見ると恐ろしいほど色々と間違ってます。ごめんなさい。でも下げない。
満月の夜だった。
リゼルは一人、こっそりと宿を抜け出して街外れの並木道へと足を向けた。月の光を浴びて仄白く浮かぶ街道は西方にある聖都ヒラニプラまで続いている。二度と戻らない街を思いながら、ふらりと道から降りて並木のたもとに座り込んだ。
「……っく……」
溢れて暴発しそうな魔力を抑え付ける。満月はおよそ魔と名の付くもの総てに力を与え、幼い頃から並外れていたリゼルのそれにも例外ではなかった。満月の夜だけなのが幸いだったが、それにしても今晩の昂り方は尋常ではない。
「……もうっ…なんでだろ……」
人それぞれが持つというガイアの力───リゼルのそれは、魔法の力となって現れた。だがしかし、魔力そのものを普通の人間が感じることはできないらしい。満月の夜には仲魔の魔獣たちをも怯えさせる程の力であってもだ。ヒラニプラの大神官であった父でさえもそうで、魔力を魔法という物理的な効果に転化して初めて人の目に認識される。それを見た人々がリゼルをガイアマスター候補生に推したのだ。
もとより魔力のあまり高くないアリスには、満月の夜に魔獣が強くなるのはわかっても、リゼルの変化には気づかないようで、人間としてはただ一人ルカだけが物問いたげな視線を投げかけてくるばかりだった。あまり立ち入ったことは聞いてこなくても、おそらく本能で何か悟っているのだろう。リゼルが部屋をこっそり抜け出したのにも、気付いていたに違いない。それでも黙っていてくれるのは有難かった。抑え切れない魔力に煩悶とするのは一人きりの方がいい。
中空にかかる満月は憎らしいほどに煌々と輝いている。レガイアを廻る二つの月のうちの片方、陽の月だ。陰の月と陽の月は交互に満ち欠けを繰り返すが、魔力にこのような効果を及ぼすのは陽の月の満月だけだった。
何故陽の月だけなのか、物心ついた頃からの疑問だったが、最近になってようやく謎が解け始めた。陽の月に住まうという天使達。そして創造主。彼が人間にガイアの力を授けたというなら、月と共に力が満ちるのもわからない話ではない。
……だがそれだけではない。
「オリハルコン……綺麗だった…」
三つの宝玉は、レガイアを魔獣達から守り、維持するために必要な神聖なものと言われていた。魔獣達に奪われ、二転三転したそれが本当は何だったのか結局のところはわからないままである。それでもレムール、ヒラニプラ、アクロポリスの三都を聖都たらしめていた力はまやかしではなく、陰の月でそれらを奪い返した時、三つ揃えられたオリハルコンに桁外れのガイアが凝縮されているのが感じられた。
ここのところの魔力の高まりが、陽の月を司る天使達と接触した所為なのか、オリハルコンの霊力にあてられたからなのかはわからない。普段ならば役に立つだけのその力が、満月の夜になって急に制御が利かなくなってきたのだ。
「……うーん……」
一人でも、やっぱり辛いものは辛いな……と、リゼルは凭れていた木から滑り落ちて地面に倒れ込んでしまった。街道沿いの下生えはきれいに刈り込んであって、力の入らない身体を柔らかく受け止める。倒れていても眠れるわけではないが、このまま夜が明けるのを待つしかないかと眼を閉じようとした時。
サク…と、草を踏む足音がした。
「……ん…」
魔獣を恐れ、人が夜に出歩くことはない。が、獲物を求めて街に近付いて来た魔獣でもない。不思議な気配を纏う者が、月を背にリゼルを見下ろして傍に立ち止まった。落とされる影に顔を上げ、身体を起こそうとする。
「…ルシフェル……」
「大したものだ。これ程までとは思わなかったぞ」
「……まあね……」
溢れてくる魔力を抑えるのに体力を奪われ、身体を起こすのも重くて仕方がない。
「月の満ち欠けにこんなにも影響されるとは……お前は本当に人間なのか?」
「あ、当たり前じゃないか…」
意外な事に、ルシフェルが手を差し伸べてきた。縋れるならば何でもいいと、リゼルがその手を取ると、強い魔力同士が触れ合って、ぴり、と微かに空気が振動する。魔の王ルシフェルと、今の自分と、どちらの魔力がより強いのだろうかとリゼルは思った。
「やはり、そうか……」
「…何が……?」
「オリハルコンの魔力を取り込んだのだろう?」
「ま、まさか…っ……」
ルシフェルの言葉に気を取られた隙に、体中を廻る魔力が暴走しそうになり、必死に堪える。
「私もあれに触れたから判る。同じ力だ」
「…………………」
「それに…、パンデモニウムで私に放ったランカインより今の方が強そうだ」
「もう……からかうんだったら一人にしておいてよ…! 抑え切れなくなったらランカインより痛い目に遭うよ…?」
「面白い……!」
ルシフェルは離しかけていた手を再び取り、木に凭れて座るリゼルの前に膝をついた。
「私と契約をしないか?」
「……え…なに……?」
魔王ルシフェルは、今はルカの召喚術によって人間の姿を模している。一見すれば普通の青年に見えるものの、その瞳はやはり人外の力を帯びていた。
「私ならば今のお前の魔力を制御することができる……。その代わり……」
「…その、かわり……?」
「お前のその余剰の魔力……、それから───……」
月を背に、アメシストに透け、あるいは紅玉髄の炎の揺らめく誘惑者の瞳。
「…───ッ……」
「案ずるな、命まで取りはしない」
「で、でも……」
「そうだな……お前の魔力が足りなくなった時には、幾分か返してやってもいい」
「そんなこと、できるの……?」
「造作もないことだ。……悪い取引ではないだろう……?」
見据えてくる瞳を見返してはいけないと、思う程に惹き込まれる。もとより体力を消耗していることもあり、理性も思考も働かない。
「……わ…わかった……」
流され、促されるまま承諾すると、その言葉は契約の鎖となり、見えない力で当事者達を縛った。
「契約成立だ……!」
魔王の瞳に喜色が浮かぶ。それと同時に、仮の姿の衣服がするりと解けて、淡紫の燐光を放つ三対の翼が拡げられた。
「わ……!」
人間にとって最も忌むべきものであるはずの魔王の翼は、だがとても美しかった。淡紫の燐光が視界を覆うと、溢れそうだった魔力の重圧がふっと消えてなくなるのがわかった。
「あ……!」
「……どうだ……?」
「うん……本当だ、楽になった………」
戦闘時に力や素早さを高める魔法の応用で、魔力のキャパシティを一時的に高めるのだと言う。
「……なるほどね……」
月が昇り始めてからずっと魔力を抑えていた緊張から解放され、ずっしりと心地良い疲労感だけが残る。思ったよりずっと消耗していたようだ。
「……おい…」
訝しげに眉間の寄せられる様子も、すぐに落ちてくる目蓋に閉ざされる。目を閉じたまま重い腕を上げると、するりと絡め取られ、引き寄せられた。
「…あとは…いいよ……あんたの好きにしても………」
……契約。
陵辱されるか魔力を吸い尽くされるか、あるいは、それよりもっと恐れるべきなのは……抗いがたく、心奪われること────……
それでもいいかと思考を放棄してしまえるのは、もう彼の術中に嵌っているからなのだろうと思いながら────
少年は眠りに落ちた。
《END》 ...2008/10/20
そんなわけで仮タイトル「ルシフェルは大変なものを盗んでいきました」でしたー(笑)。
オリハルコンって結局何だったの考察がおかしな方向へ行った。
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