アルシュータさんの性別が迷子 3 |
相変わらずアルシュータさんの性別がよくわからないままでいるボクです。こんにちは。 世の中的にはもうすぐ年に一度の星祝祭。星の巡るアストロギアの夜に、親しい人……家族とか……友達とか……に、親愛の情を込めて魔道具を贈るのが慣わしのお祭りの日。 今年はアルシュータさんっていう友達ができたから、人生で初めて、家族以外の人に贈り物ができるんだ……。街の雑貨屋には段々とそれ用の魔道具──大体は指輪なんだけど──が増えてきて、特集コーナーが置かれていたり、気の早い露店がずらりとアクセサリーを並べていたりする。 今日もアルシュータさんと一緒にお昼ご飯を食べに繁華街に出たら、ちょっと珍しい外国産のアクセサリーの屋台が出ていて、魔法の国のそれとは違う意匠に惹かれて二人で店を覗き込んだ。 「へぇ……砂漠の国の……」 「この石はどういう属性の……?」 「こっちは? 常夏の国製は珍しいですね……!」 そうして色々と品定めしながら見ていくうちに、アルシュータさんがふと、バラのモチーフの腕輪を手に取った。 「あら、お目が高いですね〜。それはおすめですよお嬢さん!」 屋台の店主の言葉に、ボクの耳は三倍くらいに大きくなった。ような気がした。 今、何て………!? 店主のセールスへのアルシュータさんの答えはこうだ。 「あ、いえ………私は………」 曖昧に微笑みながら、手に取った腕輪をそっと箱に戻した。うふふ、そうですか? と言ったきり、店主の注意は他のお客に向けられていったので、ボクたちはその隙にそっと屋台を離れていった。 「面白かったですね」 「うん。もう少し色々見たかったかな………」 「そうですね……でも、あんな風に話しかけられると、ちょっと見辛いですよね……」 ボクと同じように人見知りを自認するアルシュータさんが、苦笑しながら名残惜しそうに屋台を振り返った。 「星祝祭まではお店出してるんじゃないかな? また寄れたらいいね」 ……………ってことがあったんだ。 アルシュータさんがあの腕輪を手に取ったのは、たぶんバラのモチーフの細工だったから。実際ボクもちょっと気になっていた。『友情』の花言葉を持つ黄色いバラ───ボクたち二人とも、今でもそれに心を惹かれてしまうから。 で、その後の店主の言葉とアルシュータさんの受け答えが問題だったよね。実はあの腕輪は弓使いのためのルーンを組み込んだアクセサリーだったんだ。だから、「いえ………私は………」の後は「前衛打なので………」だったかも知れない。 でも………。でもでも。もしかしたら。「お嬢さん!」って言葉に対して「私は………女性ではないので」だったかも知れないよね???? どっちの可能性もありそうすぎて、お昼休みが終わって夕方になってもボクは混乱していた。 「んんん…………………」 四限の授業でゲルトシュタイナー教授の助手をしたあとお茶を飲みに来た学食で、昼間のシーンを反芻して唸っていたら。 「セッカ、ここ空いてる?」 「えっ…………?」 気さくな声が頭上から降ってきた。驚いて顔を上げたら、ボクを見下ろす涼やかな空色の瞳。 「アルフレド先輩………」 ボクの応えを肯定と捉えたのか、先輩はボクの向かいの席に腰掛けた。 「セッカは授業終わり? 俺もなんだけどさ〜、生徒たちが顧問もしてないのに部活動しようとかカードゲームの相手しろとか色々言ってくるから逃げてきちゃったよ」 あはは、と軽く笑いながら先輩はコーヒーのカップを手に取った。 アルフレド先輩はボクの二つ年上。今は教授になってるけどアカデミー在籍時代からの先輩だ。ボクとアルシュータさんとは違うゼミにいたけど、ゲルトシュタイナー教授と飲み友達のアインレーラ教授、その後輩のアルフレド先輩っていう繋がりで、ボクともそれなりの面識があった。 本当の自分を隠すのをやめてからは、先輩とも少しずつ話をするようになっていた。先輩は聞き上手で話すのも上手で、色んな生徒を見ているせいか、ボクのことも呆れたりしないで見守ってくれている感じがする。だからかな、最近はあんまり緊張しないで話せるようになってきた。アルシュータさんを加えて三人でお昼休みを過ごすこともある。 アルシュータさんとは学生時代も普通に先輩後輩してたみたいだったから、アルシュータさんに友達がいなかったっていうのは思い込みなんじゃない……? ってこのまえポロッと聞いてみたら、アルフレド先輩は「先輩」だから「友達」 じゃないんだって。……そういうものかな……? 「そういえばセッカ、なんか悩み事でもあるのか?」 「な、なんで………」 「いや、わかるよ……あれだけ「悩んでます」って顔して唸りながらテーブルに突っ伏したりしてれば」 見られてた…! 恥ずかしいし格好悪っ………ううん、もう格好つけるのはやめたんだ。先輩もその辺の経緯を知ってくれてる人の一人だった。 「良かったら話してくれよ。先生に相談してみ? なーんてな」 おどけながら軽い口調で、さりげなくウインクなんてしてる。教え子たちに人気があるのも納得の気遣いと優しさだよね。 「それじゃ、聞いてほしいんだけど…………」 「うん」 「アルシュータさんの性別が、よくわからなくて………」 「───……………え?」 「なるほど………。なんとなく、わかったような……わからないような……」 たっぷり一分四十秒のフリーズのあと詳細を聞き返してきた先輩に、できる範囲で状況を説明した。学生時代のこと、学園祭で再会したこと、そしてここ最近のアルシュータさんの性別が迷子エピソードの数々。 「先輩は、やっぱりちゃんと知ってる……?」 「そりゃまあ、な」 「じゃあ、」 「うーん、いや待って。お前がそんなに真剣に悩んで考え抜いてるのに、簡単に答えを教えてもいいのかって思うんだけど」 「ええ!? そんなぁ………」 話を真面目に聞いてくれたのは有り難いけど、変なところで教師らしさを発揮しないでほしいなあ……。 「まあ、まずは論理的に考えてみよう。アルシュータが男だったとして、セッカがそれを疑うのは何故だろう?」 「んんん〜〜〜」 アルフレド先生の個人授業が始まってしまった。この際だからボクもちゃんと整理してみようかな。 「アルシュータさん、男にしては……顔が可愛い……服が可愛い……あと趣味の鼻唄が可愛かった……」 男に対して見た目の『可愛い』は、喜ばれる場合もあるけど普通はそんなに褒め言葉にはならないと思う。 「ああ〜〜〜なるほどなあ………。可愛いよな………うん」 先輩は何やら納得したように頷いている。知ってるなら教えて欲しいんだけど……!? 「それじゃ次。アルシュータが女だったとして、問題点は?」 「アルシュータさんが………女の子。問題点は………」 それは今までもたまに脳裏をよぎっていた。あんまり深く考えてはいけない気がして、思考の表面に上げないようにしていた事実。 「もし、女の子なら………」 「うん」 「……………絶壁…………?」 「あっ……………!?」 先輩が聞いたことのない声を出した。人と目を合わせるのは苦手だから、先輩と問答を始めてからもずっと俯いたままだったけれど、ただならぬ様子に顔を上げてみたら、空色の瞳は言葉よりもわかりやすく先輩の気持ちを映していた。 『…………っ!』 『そうなんだよ…………!』 ボクの気持ちも伝わったみたい。先輩は目線を外してふう、と溜息をつき、冷めてしまったコーヒーを啜った。ボクがアルシュータさんに対して抱いてる印象、性別はどっちでもいいけど、むしろどっちでも困るっていうの、わかってもらえた? 「………なるほどね。大体は把握したよ」 ボクの方も、話しているうちに思い出したことがある。 アルシュータさんと友達になる前、友達が欲しくて、一人で悩んで空回って、やっぱダメかも……って壁に向かってどうしようもない独り言を呟いてた時にドアの向こうから聞こえてきた声。 ────「自分の嫌いなところを隠して、捨てて、誰か好きになってもらうことは、たしかに楽だ」──── 誰かがボクじゃない誰かに向けた、ほんの通りすがりの人たちの会話だったけれど、ボクにとっては天の声だった。あの時と同じ。一人で考えてるだけじゃどんどん迷路に嵌まり込むだけで、抜け出すために誰かの声が必要だったんだ。 「先輩………、話、聞いてくれてありがとう」 「うん……? ああ、もういいのか?」 今のボクはあの時と同じ。なんでもないフリをしながらアルシュータさんに隠し事をしている。そんなわだかまりを抱えたままじゃ、ボクの本当に欲しいものは手に入らない────。 「アルシュータさんに、ちゃんと訊いてみる。決心がついたから」 「そっか。頑張れよ! どっちにしてもお前たちなら大丈夫だろうからさ」 「うん……」 郊外の森でのフィールドワーク授業に同行してるアルシュータさんがそろそろ戻ってくるはずの時間だった。会ったらたぶん「ただいま」って言ってくれるから、ボクは「お帰り」って言おう。 そのあと、ちゃんと向き合って──── 「あのね、訊きたいことがあるんだけど────────」 (了)
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