アルシュータさんの性別が迷子 2 |
「セッカさん下がって!!!」 ボクを目がけて突進してくるモンスターの前にアルシュータさんが立ち塞がる。振りかざした大剣がモンスターの進路を阻み、豪快なスイングがもふもふの毛玉のようなそいつをかっ飛ばした。 「もきゅ〜〜〜〜〜〜!?」 「もっきゅ!!」 どうやら群れのリーダーだったらしい。草原の彼方まで飛んでいったそいつを追いかけて、毛玉モンスターの群れが一斉に引いていった。 「逃げましょうセッカさん!!」 「そうだね!!」 後ろを警戒しながら、モンスターと戦っているうちに離れてしまった街道に戻り、やっとのことで里程標の側に設えられた休憩所にたどり着いた。休憩所と言っても、一本の木の下に次の街までの距離を記した石碑と小さな井戸があるだけだ。モンスター除けの結界も気休め程度。それでも、モンスターとの遭遇と逃走ダッシュで消耗したボクたちにはとてもありがたかった。 「……エルバスまではまだ2日くらいかかるし、今日は次の街まで行ければいいかな?」 「そうですね。この距離なら少し休んでも日が暮れるまでには着けそうです」 教授のお使いで年に一度の酒蔵祭りの開催される街へと二人で出掛けた帰り道だった。蔵元自慢のとっておきのお酒をしこたま仕入れて、行きはよいよい帰りはなんとやら、酒瓶で重たくなった荷箱を背負ってアカデミーへの帰路をひたすら歩いてきた。 ここなら井戸があるから野宿もできそうだけど、野宿は昨日したばっかりだし、今日はなんとか街へたどり着きたい。 一昨日は一応街で宿が取れたんだけど、タイミングが悪くてシングル一部屋しか取れなくて、一つしかないベッドをどっちが使うかで散々譲り合ったあげく、いい加減疲れちゃって二人で半分ずつ使うことにしたんだ。一緒に布団に入ってみたらアルシュータさんの温もりが伝わってくるしなんだかいい匂いがするし、ドキドキして眠れないかも……!? って思ったんだけど、昼間歩き続けた疲れのせいであっという間に眠りに落ちて、気が付いたら朝だった。 ……そう、実は、いまだにアルシュータさんの性別がよくわからないままでいるんだよね……。 本当はどっちなのかちゃんと知りたい気持ちもあるけど、さすがにもう今更すぎて、まあいいかな……みたいな。友達でいるのにそんなに支障はなかったから、聞けずじまいでも全然大丈夫だったりする。普段はどっちかっていうと女の子かも? みたいな気持ちでいるけど、さっきみたいに戦闘で大剣を振るっているのを見るとかっこいい……! って思うし。 アルシュータさんは前衛打撃───あの大剣は斬るためのものじゃなくて、重量に任せてぶっ叩く打撃武器なんだ。休憩中の今、黒光りする刀身は鞘に収められ、側の木に立てかけてある。お酒の荷箱も下ろして、ボクたちはやっと一息ついた。 「セッカさん、お疲れ様。……水をどうぞ」 「あ、ありがとう……」 木にもたれて座り込んだボクに、アルシュータさんが汲み上げた井戸水を携帯のカップに注いで渡してくれた。後衛職の悲しいところで、タフネスも体力もアルシュータさんの方がずっと高い。それでも旅をするのにそれぞれの役割はちゃんと果たせているし、いざという時はアルシュータさんを守る覚悟だってある。 うん。たぶん大丈夫。 ……と、水を渡してくれたアルシュータさんの腕が触れたのか、立てかけてあった大剣がボクの方に倒れてきた。 「あ……!?」 ちょっと待って!? これ当たったら絶対重い!! やばい!! でもリラックスしすぎてて避けられない!! その重さに押し倒されるのを覚悟しながらとっさに受け止めたら………、あれ? 思ってたより全然重くない!? 「な、なにこれ……!?」 「あ、ごめんなさい」 アルシュータさんはこともなげな様子でボクの受け止めた大剣を片手でひょいと掴んで向こう側に置いた。 「? どうかしました?」 「あ、うん……、その剣、見た目より軽いんだね?」 「ええ、これ、実は魔道具なので………って、話したことありませんでしたっけ?」 「そうなんだ!? 知らなかった……」 「───この剣、学生時代に学園長から譲り受けたものなんです……」 話をしながら、アルシュータさんもボクの隣に腰を下ろした。 「私は生来の魔力が少なくて、日常には困らないけど皆のように大きな魔法は使えないんです」 「え……………」 それも知らなかった。学生時代は友達ですらない遠い存在だったし、今こうして一緒に旅をしていてもわからなかった。 「そうですね、道中で使うのは灯りの魔法と着火の魔法がほとんどですし、それくらいなら私にも使えますから」 何でもないことのように笑うけど、アカデミーでは様々な魔法技術が要求される。ボクは気が付かなかったけど大変な思いをしていたんじゃないだろうか。 「うん……でも、私がアカデミーに入学したのは、魔力の少ない私にもできることがあるかもしれない……それを知りたかったから。実際、魔力に依らない学科もたくさんあったでしょう?」 「そうだったね」 数学、史学、天文学……魔力を行使する技術の他にも学べることはたくさんあった。 「それでもやっぱり魔力が少ないことはコンプレックスで、私は何が一番自分に向いているのか、ずっと探し続けていたんです」 ふ、と目を伏せて、傍らの大剣にそっと手を添える。 「この剣、誰も使う人がいなくて学園の倉庫にずっと放置されていたもので、たまたま────本当にたまたま私がこれを手にしたところに学園長が居合わせて。君ならこれを使えるだろうから、持って行きなよ、って言ってくださったんです」 「学園長先生が……」 見た目だけならボクたちより年下に見える、偉大な魔法使いにしてアカデミーの創設者。 「元々は学園長の家に昔から伝わっていた魔道具だそうです。この柄の宝石は闇属性の高艶魔宝石で、遣い手が発動させると限定的に重量を増して打撃の力になるんです」 「へえぇ……」 好奇心から、それちょっと見せて、とお願いしてみた。 やっぱり軽い────驚くことにこの質量で、檜でできてるボクの杖と同じくらいの重さだった。ざっくりした革で作られた鞘から少しだけ抜き出してみると、闇い色に沈む刀身は軽いわりに厚みがあって、よくある鋼の剣ではないみたい……材質はよくわからない。 柄尻に嵌め込まれているのが闇属性の高艶魔宝石。少し触れただけで、その秘められた膨大な魔力がわかる。優美な曲線を描く鐔と柄には碧色の石があしらわれていた。 「それは風属性の魔宝石で、メインの魔宝石を補助しているみたいです。他属性の魔力がそんな風に作用するのにはよその国の技術が応用されているとか……」 「よその国……? 技術三国のどこかかな?」 「おそらくは。相克でも相乗でもない他属性の石と対になって作用し合う……そんなものが、魔道具が今みたいに普及していない時代に造られていたのは不思議ですよね」 「……確かに、これはすごい……」 それに、今あるやつみたいに誰でも簡単に使える魔道具とは違うようだ。使いこなすにもかなりの技量と慣れが必要じゃないかな。 「でも、これなら私の少ない魔力でも戦う力に換えることができる────守ることができるんです………」 守りたいもの………アルシュータさんの? アカデミーに入学して力を求めて────…… それを訊いてもいいのかどうか、今のボクにはまだわからなかった。 *************** 小一時間ほど休憩して、ダラダラお喋りして。次の街にたどり着くにはそろそろ出発しないと……ってなって、ボクたちは立ち上がった。酒瓶のぎっしり詰まった荷箱……これをまた背負わないと。 うんざりするような重さを思い出しながら、持ち上げようと手をかけた時。 「あの、セッカさん……。これ、持ってもらえませんか?」 少し躊躇いがちにアルシュータさんが、なんと大剣を差し出してきた。 「えっ………!? うん、いいよ?」 さっき触らせてもらったから、全然重くないって知ってる。荷箱に加えてそれを持つくらいならそんなに負担じゃない。突然そんなことを言い出したのにはびっくりしたけど、大事な相棒とも言える大剣をボクに預けてくれるなんて────。 「それじゃ、お願いします」 「うん、任せて!!」 「これは私が持つので。さ、次の街まで頑張りましょう」 「え…………?」 既に自分の荷箱を背負っていたアルシュータさんが、ボクが背負うはずだった荷箱を、まるで旅行のお土産(クッキー系の軽いやつ)の紙袋を持つみたいにひょいっと片手で持ち上げた。 「え、でもそれ重………」 「そんなことないですよ。その剣、荷箱と一緒だとかさばってちょっと持ちにくいので、代わりに持ってもらえるとありがたいです」 「重………く、ない………?」 アルシュータさんはもう石畳の道を歩き出していた。 「あ、待って………!」 自分の杖とアルシュータさんの大剣を抱え直して、慌ててアルシュータさんを追いかけた。確かにガチャガチャする長物を持って歩くのにも慣れと忍耐がいるけれど。 ────あれ二つ持つとか、アルシュータさん力持ちだね………!!?? 普段は穏やかで優しくて可愛いのに意外と力持ちだった。まあ攻撃力だってボクより高いからそうだろうけど!? そもそもアルシュータさんの性別いまだにどっちかよくわからないから、力持ちってだけで驚いちゃダメなのかもしれないけど!! そういえば王国には片手でリンゴを握り潰す美少女もいるって聞いたことあるし?? 混乱しながらアルシュータさんに追いついて隣に並ぶと、綺麗に透き通るオリーブ色の瞳が笑いかけてきた。 言葉にしなくてもわかる────一緒に歩けて嬉しい、って。 単純────。本当に単純だって自覚はあるんだけど、それだけで焦りも疑問も何もかもどうでもよくなって、うん、ボクも嬉しい、って笑い返していた。 そんなわけでアルシュータさんの性別はますますわからなくなったけど、今、一緒に歩いてる────大事な友達と──── それだけで、ボクは幸せだった。 (了)
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