「こ、こんなに、人がいるなんて・・・・」
ハイド・パークへ向かう人の流れの中、ヴァージルが情けない声でつぶやいた。英国中・・・いや、世界中の人々が、このハイド・パークに建てられた水晶宮と、そこで
開催されている万国博覧会を一目見ようと集まってきているのだ。普段から人との関わり合いを避けて、地の底のようなアパートに隠れ住んでいるヴァージルにとってこの人混みは、たとえ話し掛けたり掛けられたりという接触がないにしても、辛いものがあるだろう。呆然として立ちすくんでしまっているヴァージルとはぐれまいとして、エリックはその服の裾をつかまえた。
「あ・・・・・・」
とたんに、ヴァージルは我に返った様子でエリックを見下ろして、はにかんだように目を伏せた。
「すまない。人ゴミには・・・・慣れていないんだ」
そう言って、裾をつかんでいるエリックの手を取った。ぎゅっと握りしめてくるヴァージルの手は、緊張のためか少し冷たい。それに、もしかして・・・・震えてる?
エリックは、今朝ヴァージルが頼み事をしてきた時と同じセリフを口にした。
「やっぱり・・・やめた方がいいんじゃないの?」
「ん・・・・でも、大丈夫」
ヴァージルは、にこりと微笑んだ。
植物や動物や、目に見えないものたちには平等に、でも人間ではエリックにしか見せられることのないこの無敵の微笑みに、今朝もしてやられたのだ。
「・・・それに、どうしても行ってみたいんだ・・・。なんだか、気になることがあって・・・・」
ヴァージルの決意は固い。やはりここには・・・万博会場には、何かあるのだろう。ヴァージルにとって『事件』と呼べるようなものが。今までの経験からいくと、それはおそらく、探偵としてのエリックが解決できる種類のものではないはずだ。
だが、ヴァージルがその『事件』に立ち向かおうとしている以上、エリックにそれを手助けしない理由なんてない。
「うん。それじゃ、行こう!」
エリックがニカッと笑ってみせると、ヴァージルも笑い返してきた。今度の笑みは、安堵の笑みだ。
そうして二人は、会場の入り口へと向かっていった。




2006.04.26 ... UP




 


今はSSも日記も全部メモ帳で打ちますが、昔はアナログでノートにしたためていたものです。そんなノートを発掘してしまいました。
これ・・・たぶんサイト開設前に書いたんじゃなかったかなあ・・・。
あらすじメモとか何もないので、この後どうするつもりだったのか、さっぱりわかりません。
なんでふたりっきりなのとか聞いてはいけません。
あたしわかんなーい。

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