風邪をひいたらエルダーフラワー
 

 

 

・・・・・・・おはよう・・・・・・


        ・・・おはよう・・・・・・・・・・・


・・・おはよう・・・・・・・・・・・







ふわふわと、夢の中から聞こえてくるみたいに、草たちの声がする。
ゆっくりと、眠りから引き上げられて、ぼくは目を開けた。
いつもと同じ朝。
そのはずだった。

「・・・・・・・・・・・・・・?」

なんだろう?身体が変な感じだ。
ベッドから降りて立ち上がってみると、床が揺れているみたいにふらふらして上手く立てない。
ノドが痛い。
頭がボーっとする。

ああそうか、ぼくはカゼをひいたんだ。
そういえば今、人間たちの間でカゼがはやっているって、どこかで聞いた気がする。
・・・ひいてしまったものは仕方がない。
でも、ぼくには今日、やらなければいけないことがあったんだ。

今こうしていても感じる気配、倫敦の街じゅうにあふれる、猫たちのちょっと興奮したようなささやき声。
今夜は年に一度、方々の街からたくさんの猫が集まってきて開催される、猫のお祭りの日。
そのお祭りのために、ほんのちょっとだけ、ぼくが手助けしようと思っていたことがあった。
それはどうしても、ぼくにしかできないことで・・・・・

そう考えたとき、ちらっと、誰かのことを思いだした気がした。

・・・・・・・・・・ううん、気のせいだ。
これはぼくがしなければいけないことだもの。

気を取り直してドアへ向かって歩きだそうとしたら、足に力が入らなくて、ぼくはどさりと
ベッドに座り込んでしまった。
ダメじゃないか、こんなことでは。
年に一度のお祭りを、猫たちはとても楽しみにしているのに。
そうしてもう一度立ち上がろうとしたら、部屋の隅から声が聞こえた。



    ・・・・わたし・・・・・・  ここ・・・・。

・・・わたしも・・・・・・・           ・・・飲んで・・・・・?



壊れた床から伸びた草たちの中で、細い身体を揺らしているのは、カモマイルとタイムだった。
彼女たちの花や葉は、カゼに効くハーブティーになる。

「・・・・・・いいの・・・・・?」



   ・・・・だいじょうぶ・・・・・・・・・・・・・

 ・・だいじょうぶ・・・・ちょっとくらい・・・・・・・・・・

         ・・・元気になって・・・・・・・・・・・?




「・・・・ありがとう・・・・・・・・・」

ぼくはカモマイルの白い花と、タイムの鮮やかな緑の葉を、少しだけ分けてもらった。












そろそろ、出かけなくちゃ。
夜になる前に、終わらせておかなくちゃ。

そう思って立ち上がろうとしても、身体がちっともいうことをきかない。
さっき飲んだハーブティーが、ぼくを癒そうとしてくれているのがわかる。
だけど、すぐに効き目が現れるわけじゃない。
それどころか温かいお茶のおかげで体温が上がったのか、さっきよりももっと身体じゅうがふわふわする。

行かないと・・・・・・・・いか、ないと・・・・。

ぼくは無理矢理に立ち上がった。


一歩、ドアへ向かって歩く。

ぐらりと床が揺れたような気がした。



        ・・・・・・・・・・・たすけて・・・・・・・・・・・・


・・・助けて・・・って、誰に?

もう一歩。


ほんの数歩の距離なのに、ドアがあんなに遠くに見える・・・・・。



            ・・・助けてほしい・・・・・・



ああ、そういえば。

熱に浮かされたぼくの頭の中に、さっきからちらちらと見え隠れするのは・・・・


     ・・・・だれだっけ・・・・あの子。

三歩目。・・・・あとちょっとで、ドアに・・・・・・


  ・・・異国の精霊を鎮めるのを、手助けしてくれた・・・・・・

何ていったっけ、あの子の名前・・・・・・・・・



ううん、ダメだよ、これはぼくの「仕事」だから・・・・・・


         帽子の下からはみだした、ふわふわの赤毛。

   まっすぐにぼくを見返す、鳶色の瞳・・・・・・・


そういえば、あんなふうにまっすぐに、人間(ひと)に見られたのは、ものすごく久しぶりじゃないか・・・・?

ぼくを認識することのできる人間。

・・・・あのこの、なまえは・・・・・・・





ドアに手をかけた。
向こう側に開くドアが、ゆっくりと開く・・・・・・。

そこに、いたのは。

「・・・・・・エリック・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 


《END》 ...2002.11.17


 

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