水晶宮のレディ・エルム 6
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「お前ら、怪しいな・・・・。さてはズバリ、ウェストン嬢の誘拐犯だな!!」
「ま、まさか!!オレたちはただの通りすがりで・・・」
「そうですよ〜、まださらっては・・・・むご〜〜!」
「バカ!!余計なこと言うな!!」

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ガラスの天井から差し込む午後の日差しが、大きなニレの木に濾過されて柔らかく3人を包み込む。

展示物というわけではなかったが、水晶宮内の3本のニレの木も、『ガラスのお城』の荘厳な雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。
建物の天井につかえてしまうこの巨木は、最初は当然切られてしまう計画だった。が、自然保護団体やら万博反対派やらが、「人間の都合でこの見事な木を切るなんて」「そこまでして万博を開催する必要はどない」等々、かなりの批判があがったために、建物の設計者が、木は切らずにそのままで、天井を高くして建物に取り込んでしまう設計図を描いたのだ。それがちょっと気の利いたデザインだったために、水晶宮はさらに印象的な外観と、高いドームの天井にそびえる巨木という、神秘的な空間を作り出すことになったのだった。

そんなわけで、いくつもの偶然と幸運が重なって、このニレの木は今も昔と変わらぬ土地に根を下ろし、ここを訪れる人々もうっとりとその勇姿に足を止める。

・・・ただし、今日エリックたち3人がここで足を止めたのは、もちろんそんな理由ではない。

「この木って・・・・・入り口が、ここに?」
「・・・うん・・・・。ここ・・・・この近くに・・・・・・・・」
ヴァージルは、どこかにあるそれを探すように、視線を彷徨わせた。

入り口って、どんななんだろう?
ドアがついていたりするんだろうか・・・?


ちょっと想像のできない「入り口」を探してあたりを見回して、エリックはふと、目の端に違和感を覚えた。
「あれ?なんだろ・・・・・?」
「なにー、なんか見つけたのっ!?」
「うん、あの木の根元・・・・・」

夏の暑い昼間、遠くの地面や景色がゆらゆら揺れて見えることがある。かげろうと呼ばれる自然現象────・・・でも、今は夏ではないし、「それ」は遠くでもない。

ニレの木の根元が、まるでかげろうが立った時みたいに、かすかに揺れていた。
「え・・・?あたしの目、どうかしてるの・・・?」
アリエスがごしごしと目をこすった。
「あ、それ・・・・・・入り口・・・・」
会場内の通路は、展示場と同じく歩きやすい板張りになっていたが、特にニレの木の周囲はきれいな花壇になっている。その花壇の柵をためらいもせずに乗り越えて、器用に花たちをよけながら、ヴァージルはニレの木の根元に近づいた。
「ヴァージル!!」
「ちょっと〜〜!!怒られるわよ!」


   ・
   ・
   ・
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「・・・・・・・・どうしたの・・・?」
ちょっとの間をおいて、ヴァージルが何事もなかったように振り向いた。
「・・・ヴァージルって、やっぱり・・・」

    ────誰にも見えてないみたい・・・・

エリックはなんとなくその言葉を飲み込んでしまった。
「とにかくさ、あたしたちも行ってみましょう」
「う、うん。」

エリックとアリエスも、柵を乗り越えてヴァージルに続いた。
なぜか二人を見とがめる者はない。
「・・・ほら、ここ・・・・」
二人の中にうずまく疑問にまったく気付いていない様子で、ヴァージルは「それ」を二人に指し示した。大人が5人がかりでやっと抱えられるかどうかという立派な幹の根元に、ぽっかりと穴が空いていた。決して小さくはない穴だったが、花壇の植物に隠されて、柵の外からではわかりにくいだろう。この木に限ったことではなく、大きくて古い木にはつきもののよくあるウロだ。
でも、その入り口は他と違っておかしなことになっていた。
さっきは一瞬ゆらめくかげろうのように見えたそれは、近くで見ると、例えるならば覗き込んでも顔を映さない水面のようだ。

「え〜、これが入り口?なんか気持ちわるい〜」
アリエスが、遠慮のない感想をもらした。口には出さなかったがエリックも同感だ。
「・・・うん・・・。それじゃ・・・・」
「きゃっ・・・」
「うわ、ヴァージル!!」
二人の動揺やためらいをきれいさっぱり無視して、ヴァージルは身をかがめて無造作に穴へと入っていってしまった。水面のような「それ」が一瞬ゆらりと揺れると、半透明のその向こうにうっすらと見える穴の奥には、もうヴァージルの姿は見えなかった。

「うそ、消えちゃったわ・・・」
ヴァージルと行動を共にしてきて、数々の不思議現象に少し慣れていた二人だったが、これにはさすがに言葉を失くしてしまった。猫や植物がしゃべったり、異国の石像に何かが取り憑いているのとはわけが違う。「それ」の向こう側は、精霊界という未知の世界なのだ。

恐怖やためらいや、一瞬で色んな感情がエリックの中を駆け抜けた。でも、最後に残ったのは、やっぱり好奇心と探偵としての使命感。
「僕らも行かなきゃ!」
半分エリックの後ろに隠れるようになってしまっていたアリエスを振り返ると、彼女も覚悟を決めたようだった。
「もちろんよ!!」
アリエスの前に立ち、エリックは少し身をかがめて「入り口」へと足を踏み入れた。

 

 


「7」へ



2ヶ月ぶりになってしまいました〜。水晶宮にこだわりすぎて、なんだかダラダラとした文章になってしまいました; 見てきたように書くのって難しいです。(そりゃそうだ)
(2002.10.18  ....UP)

 

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