****2023年10月14日(土)
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ディスプレイが暗転する。FMDを外すと、見慣れた自室の壁が目に入ってきた。
「……田中……どうして………」
時計を見ると、まだ午前10時半。ログインしてから1時間も経っていなかったが、昨日の夕方の絶縁宣言からさっきまで、田中と関わっていた時間がほんの一瞬のような、凝縮されたそれが脳内で永遠にリフレインされるような、時間の感覚のなさにくらくらする。
───待ってよ!! シロナ……田中ぁ!!!!!!
イヤホンから響いたヤヒロの叫びが耳に残る。あの後、呆然としながら切れ切れにヤヒロと情報交換をした。
黒ずくめの魔導士PCシロナ=田中は、転校前はヤヒロのクラスメイトのリア友だったこと。それでもThe
Worldでは変わらずに繋がっていられたこと。転校先のことは話したがらず、何か聞いてもはぐらかされていたこと……
東京から来た転校生に感じていた透明な壁が何だったのか、ようやく腑に落ちた。The
Worldは、田中にとって東京の友達と遊んでいられる、転校してくる前の『セカイ』だったのだ。
智彦=バルドルはそうじゃない、柳川の、リアルの、田中にとってはなかなか馴染めなくて居場所のない『セカイ』の登場人物だから、リアルでもThe
Worldでも、あんなに全力で拒否された……。
そして───そうだ、The
Worldはもうすぐ『終わり』を迎える。全てのユーザーが望んでいなくても、運営の都合とやらでそれは確実にやってくる。
転校前の友達と繋がっていられる、馴染めないリアルを忘れていられる世界が、終わる────……
「……田中…………」
そしてたぶん出会ったのだ。『紅い花の少女』に。
───アナタはオワリを探すヒト?
そんな問いかけをされて、田中は一体何を思ったのだろう────………
ヤヒロによると、シロナのログイン状態は続いているらしい。ゲーム内のメッセージに反応はなく、リアルの通話やメールにも応答がないが、今もThe
Worldのどこかにいるのだ。
でも、どこに…………?
───「アナタはオワリを探すヒト?」 そう問いかけられて、「はい」と答えたら────?
紅い花の少女を見たと言ってから様子が変わったと言っていた。何もかも、紅い花の少女と繋がっているとしか思えない。
「つっても、どうしたら────………」
都市伝説……噂話……、ふと、先日アドレスを交換したケモノPCヌァザを思い出した。都市伝説やネットの噂話を検証するギルド『エンピレオ』のギルマスをしていると言っていた。自称ケモノストーカーたぬの出現ですっかり忘れていたが、彼なら紅い花の少女について何か知っているかもしれない。
「………うん。行ってみるか」
再びFMDを装着し、智彦はThe Worldへとダイブした。
************
「なるほどねえ。サービス終了と『紅い花の少女』……」
ちょうどログインしていたヌァザに、ブレグ・エポナで会うことができた。
知り合いの行方を捜していること、紅い花の少女が関係しているらしいことを掻い摘まんで話すと、高層ビルを繋いで行き交うロープウェイを見上げながら、ケモノPCは溜息をついた。
「『紅い花の少女』の噂はね、無印時代からあったものなんだ。今そこらのフィールドで見られる紅い彼岸花は無印時代にも目撃されていたけど……、今のそれは『彼女』の断片みたいなものだろうね。砂粒みたいに小さくて何の力もない」
「力……? とか、知らないけど……そんな女の子に意味深にオワリオワリって言われたらサービス終了と関係あんの? って思うし、変な意味に捉える奴だっているだろ」
「君の友達みたいに?」
「ああ」
田中とはリアルでもThe Worldでも友達になれていないが、そこは置いておくことにして。
「なんかあいつ……『連れて行かれた』んじゃないか、なんて……。気のせいならいいんだけどさ。サービス終了に思い詰めてたみたいだし……」
「なるほど……そういうこともあるかもしれないね。オワリの少女と一緒に……か」
「え、そこはちょっと否定して欲しいんだけど」
それは漠然と感じていた不安だった。
ネットゲームでそんなことあるはずがない。たとえ友達になってくれなくても、電話したり、住所を調べればリアルの田中に会うことはできる。
でも、もし───帰ってこられなくなったら? あるいは帰りたくない、と思ってしまったら。
───ネットワーククライシス、意識不明、未帰還者───紅い花の少女を調べていて断片的に目に入ってきた情報だった。智彦が産まれる前から稼働しているThe
Worldでは、かつてそんな事件があったのだと。
「今は別にネットがおかしいわけじゃないし、The Worldだってサ終が近いってだけで普通に動いてる。だから、そんなわけないさ……ないんだ……」
「う〜〜〜〜ん…………僕には否定も肯定もできないなあ……ごめんね」
ヌァザは首を傾げて難しい声を出す。
「そうだな……もし、確かめる気があるなら、案内くらいはしてあげられるかもしれない」
「え!? 何か知ってるのか!?」
「ちょっと待ってね」
「…………………………」
「……………………………………」
「……………………」
動きを止めて沈黙したヌァザは、どうやら誰かとウィスパーかメールでもしているらしい。
「………待たせたね。それじゃ行こうか」
「え、なに、行くって? どこへ??」
『案内』とやらをしてくれるらしいが、それにしたって何もわからない。戸惑うバルドルに、文字通り声を潜め、クローズドチャットを仕掛けてきた。
(「今噂になってる紅い花の少女は───花じゃないよ、女の子の本体の方はね、ごく稀にフィールドにも現れるらしいんだけど、目撃情報が一番多いのが『ネットスラム』なんだ」)
(「『ネット……スラム』?」)
初めて聞く単語だったが、響きからしてヤバそうな感じしかしない。
(「そこは、The WorldであってThe Worldではない場所。システム的にはThe
Worldに乗っかってるけど外のネットワークとも繋がっている、簡単に言ったら違法サーバーみたいなものだね。バグや屑データが流れ着く寄せ集めの掃き溜め、ハッカーやチーターが集まってなんでもアリの無法地帯さ」)
(「そんなとこ、絶対行ったらダメなやつじゃん!?」)
(「まあね。普通のプレイヤーは近寄らない方がいい。でもリスクがわかっていて訪れるなら……得られるものがあることもあるよ」)
(「……要するに、そこに行けば、その女の子に会えるかもってこと……?」)
リスクに見合うかどうかわからない。だが少しでも手がかりが欲しかった。
(「うん。でもそれより、君が本当に探しているのは女の子じゃなくて友達の方なんだろう? もしかしたら、もっと手っ取り早く見つかるかも知れない」)
(「それって、田中がネットスラムにいるかも、ってこと?」)
(「いや、そうじゃないんだけど……まあ、説明するより行った方が早いね。ほら」)
ポーン、と通知音が響き、ヌァザからパーティに誘われた。
「正直何もわかんないけど……行くしかないな!!」
カオスゲートの光に導かれた、その先へ────
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ネットスラムは、その名の通り、怪しげな路地裏を模した薄暗い街並み、道端に転がる機械屑、そこかしこに時折ジジッ……とノイズが走る。道を行くPCたちも、The
Worldでは見たことのない、明らかに改造PCとわかる風体のものばかりだ。
「ここは無法地帯だけどね、暗黙のルールはあるし、誰も逆らえない『王』がいるんだ────」
ヌァザに連れてこられたのは、細い路地の中途にある倉庫のような建物だった。錆の浮いた波トタンの壁に、赤色の塗料が剥げかかった重そうな鉄扉。
「『鍵』は開いてるから入れるよ」
ケモノPCの小さな手がそっと扉を撫でた。
「君ならたぶん、見付けられるよ────『オワリ』じゃない何か。The Worldでも、リアルでも、続いていくもの────」
扉をターゲットして画面が切り替わると、そこはネットスラムの風景からは予想もしなかった、上品な和風の大広間だった。
「な、なにこれ……!?」
すとん、と背後で襖の閉まる音がした。
広大な畳敷きの広間の左の奥には掛け軸の下げられた床の間。右の奥にも同様の書院造りの棚が見えるが、端から端までがとてつもなく広い。
正面の障子戸は全て開け放たれていて、外には広い池と植え込みの設えられた日本庭園が見える。水面を渡る風の匂いまで感じられそうな開放的な縁側に、一人の和装の少女が佇んでいた。
「───『楽園』へようこそ♪」
木の葉文様の白い小袖と紺の袴の裾を揺らして少女(?)が振り向く。大正ロマンさながらの大きなリボンで飾られた水色の髪からは二本の角が覗いていた。
「───ここは………、あんたは………」
驚きすぎて言葉が出てこない。
「ここはネットスラム……『楽園』と呼ぶ人もいる。そして僕は欅。ここの『住人』だよ」
「……っていうかここ……「御花」じゃねえか!?」
「そうだよ♪ 良くできてるでしょ? 君も知ってる場所の方が落ち着くんじゃないかと思って」
柳川一の観光名所、旧柳河藩主の邸宅「御花」と、国指定名勝にもなっている日本庭園「松濤園」の風景だった。柳川の小中学生なら社会科の授業で必ず習うし訪れる。智彦も小学生の時に社会科見学で来たことがあった。
ではこの欅とやらは、バルドルのリアルを知っているのだ。引き合わせてくれたヌァザにはそこまで話していない。先ほどヌァザと連絡を取ってからバルドルがここに来るまでに調べたのだ。
───こいつが『王』って奴……!? ネットスラム、やべえ………!
「友達を探してるんだって? ヌァザから聞いたよ。それと、紅い花の少女との因果関係についても知りたいって」
欅が手招きをするので縁側に近付くと、板張りのそこに籐椅子とテーブルが現れた。ふわりと優雅に腰を下ろした欅に倣って、バルドルも向かいに座らせてもらう。
「昔話になるけどね。『紅い花の少女』は、かつてThe
Worldに存在したNPC───放浪AIだったんだ。AIが自我と感情を持ちうるかどうか、2023年の今でもまだ研究途上みたいに思われているけど、実際のところそれはもうThe
World開発時から実装実験が始まっていた。彼女───リコリスは、The
Worldを放浪して人と出会い、関わり、成長し、やがて自ら消滅する運命を、『オワリ』を選んだ……。リコリスは、紅い花の少女はもういない。今フィールドやこのタウンに現れる彼女はThe
Worldのログの断片みたいなものなんだ」
「The Worldのログ?」
「そう。β版「Fragment」の時代から、積み重ねられてきたThe Worldの記憶。
君は「アカシックレコード」って知ってる?世界が始まった時からのすべての事象、想念、感情が記録されているという、
神智学っていう、哲学と宗教を混ぜたみたいな学問における概念なんだけど、リアルでは実現しがたいそれも、このThe
Worldっていうコンピューターゲーム世界においては、世界設定、ゲームシステム、プレーヤーの行動やプレイ歴……今こうして交わしている会話も全てサーバーに記録されている。膨大な世界の記憶だよ。
そこに記録された『リコリス』の記憶の断片が、今The Worldに現れる。何故なら───」
「───サービス終了……?」
「そう。The
Worldのプレイヤーで、今それを思わない者はいない。じきに終わりを迎えるこの世界で、プレイヤーたちのその思い……仕方ないと受け入れる者、愛惜の念……、そして受け入れがたいと思う者も。そんな『思い』に引かれて、彼女は現れるんだ………」
金色の瞳に憂いの影を落とし、欅は溜息をついた。
「見て。これが、リコリス………」
テーブルに差し出された欅の掌の上に、20cmほどの少女のホログラムが現れた。
紅い花を思わせるひらひらした薄いケープ。肩までの銀の髪から、彼岸花の雄蕊のようにくるりと弧を描く数房の紅い髪。琥珀色の瞳がぼんやりとバルドルを捉える。
「『───アナタはオワリを探すヒト?』」
舌足らずな幼い声で少女は問う。歌うように、夢見るように。その瞳には何も映らない。ジジッ…と時折ノイズが走る。
「……………っ……!」
これに、この少女に、田中は出会ったのだろうか。何の力もないとヌァザは言っていたが、そんなことはない……ただ欅が再現しただけに過ぎないそれに引き寄せられるような気がした。
オワリなんて、サービス終了なんて欲しくない、探してない。それなのに、だからこそ────
欅がひらりと手を躱し、ふ、とホログラムの少女は消えた。
「終わりの近付いたこの世界、君の友達は、人一倍執着しているみたいだね……。だから彼女に出会ってしまった。多分、彼自身の体質もあるんだろうね。この世界に没入しすぎてしまった────」
「そんな……っ……田中は! どこにいる!? 終わりだなんて……そんなのダメだ……嫌だ……っ」
堪らずに声を上げたバルドルに、ふふ、と欅は微笑む。
「終わらないよ……The Worldは。例えゲームが終わっても、そこにいた人の思いは……記憶は……」
テーブル上に、淡く光るパネルが現れた。下から上へ、読み切れない速さで流れては消える文字列を操作し切り換え、しばらく何やら探索していた欅が手を止めた。
「見付けた……! Σ道果つる 野辺の 三等星」
「そこに、田中がいるのか……!?」
「そのはずだよ。転送ログを確認した」
「俺行ってくる……!!!」
バルドルが椅子を蹴倒す勢いで立ち上がると、欅も優雅に腰を上げた。
「うん。行っておいで。そして彼に伝えるんだ……続いていくもの───変わっていくものも変わらないものも、このセカイに在る───それを君自身の言葉でね」
ありがとう!と礼を言って広間を出て行くバルドルに、欅はひらひらと手を振った。
「行ってらっしゃい。一段落ついたら、『次』でもいいから、今度は僕も一緒に遊びたいな……なんてね♪」
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錆びた倉庫の鉄扉から現れたバルドルが脇目も振らずにカオスゲートの広場に走り去るのを、路地の入口に佇んでいたヌァザは見送った。
「どうやらあの人に気に入られたみたい……?」
ならバルドルもその友達も大丈夫だろうと、ほっと胸をなで下ろした時。
「あらら、行っちゃったんだねー?」
「……ミルフィ」
「うんうん、あの子ならきっとやれるよねっ。何しろまだまだ青春なんだし〜(*´ー`*)」
ネットスラムでは浮いて見える、可愛らしい少女呪療師が腕組みをして頷いている。
「君も一緒に行きたかったんじゃないの? 行き先は多分ロストグラウンド……、超レアイベントみたいなもんだよ?」
「それはそうなんだけどね〜。ま、後は若い二人に任せて……ってとこ? それにね……」
ふふ、とミルフィは可笑しそうに笑う。
「こういうの、ほんとはあたしの……僕の奥さんの方が好きそうなんだよね。僕の方が出会っちゃったけど」
「へえ、君って……」
「このPCね、僕の奥さんが最初に作ったキャラだったんだけど、彼女、サブで作ったムキムキイケメンケモノPCのロールの方が楽しくなっちゃって。もう使わないから消そうかなって言い出すもんだから僕が受け継いだんだ」
「そうか。それじゃ……」
ぽんぽん、とあまり背丈の変わらない少女の頭をケモノPCが撫でた。
「『この子』は、消えずに済んだんだね」
「うん。まだまだ! 終わらないよぉ〜〜!」
The Worldには、本当に色んな人とPCがいるのだった。
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「お客さまでしたか、兄さん」
床の間の壁をすり抜けて、不意に一人の少女が現れた。欅の作った和室の大広間が珍しいのか、きょろきょろしながら縁側に出てくる。
「うん。今の子、人を探してた。それから───『世界のオワリ』への答えを───」
「世界の、オワリ……」
薄いネオングリーンの髪から欅のそれと似た二本の角を覗かせる少女は、欅の向かいの空いた席にちょこんと腰掛けた。
「『オワリ』とは、サービス終了のことでしょうか。世界……The Worldの、終わり?」
「そう。君も一度は見たはずのね」
かつてThe World R:2のサービス終了と共に依代を失った少女は───クサビラは再びネットスラムに流れ着き、今も欅の妹を自称している。
「『世界のオワリ』、僕は次で三度目だけど、終わるたびに世界は大きく姿を変えてまた始まった。そして僕も───僕たちも少しずつ変わってきた……」
ネットスラムは相変わらずだけど、僕に思いがけず妹ができたみたいにね、と欅は少女に笑いかける。
「私も変化しているでしょうか」
「もちろん。君はもっと……ずっと成長していける。この『世界』でね」
欅の可愛い『妹』は、ふ、と首を傾げる。この四年ほどで彼女もずいぶん一般PCらしく振る舞えるようになった。
人と関わって感じて学習して成長する────『世界』と共に。
「今度の『オワリ』は君と一緒に迎えられるんだねえ♪」
「兄さんは、嬉しい……のですか?」
「そうだよ。君と一緒なのが嬉しいんだ。『世界』と君とを、見守っていける────」
テーブルに差し出した欅の手に、少女の手がそっと添えられた。
2023/10/14 ... UP 2023/11/3...最後のパート追加
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ラスボスみたいに欅様を出したかった!無印設定集のオマケ小説だと少女って形容されてたのでその時々で性別どっちでもいい感じですよね?拙者性別不明人外大好き侍!!
あとミルフィは書き始めた当時ミストラルやミレイユを意識してたっぽいけど最後まで顔文字や記号の使い方がちゃんと決められないままでした…すまん…。中身は30代既婚者男性っていう設定がムダにあったので最後に突っ込みました。
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2023/11/3追記
Last Recode
Vol.4クリアしたらクサビラちゃんが良すぎたので最後のパート追加しました。『妹』の登場により欅様が妹大好きシスコンお兄ちゃんになりつつあるので上記の性別不明萌えはどっかいきました。兄妹かわええ〜〜 せっかく自我を得たんだしR:2サ終後はまたオーヴァンから分離して一人の個として幸せになって欲しいな!
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