Continuation 6: エンピレオ

 

 

****2023年10月11日(水)

 

 おかしな時間にログインしたせいか、パーティを組めそうなフレンドが誰もいない。フレンドの多いバルドルにしては珍しくマク・アヌを一人で歩いていた。
「へい、らっしゃーい!!」
 大通りの両脇に並ぶのは基本的な武器防具を扱うNPCの商店街。通りを抜けてマク・アヌ広場にはギルドショップが軒を連ねている。
 バルドルはギルドには所属していなかったが、たまに知り合いが店番をしていることがある。誰かいないかとショップを覗きながら広場を廻っていると、とある店の前で声を掛けられた。
「お兄さん、見ていかない?」
「ん?」
 振り返ると、道端に敷布を広げて品物を並べている露店だった。「カウンター」の向こうにいるのは赤紫の耳付きローブを着た、ふくよかな腹がチャームポイントの寸詰まりの猫のようなウ族のケモノPCだ。
「何売ってるの? どこのギルドの…」
「いや、ギルドショップじゃないよ。僕の店。ちょっとレアなアクセサリーとか、@HOME用インテリアを扱ってる」
 彼の個人商店には、バルドルの見たことのないようなアイテムが並べられていた。
「なにこれ……『イニスの壺』?」
「これはね、インテリア用品だよ。ギルド「月の樹」ゆかりのアイテムで、@HOMEに飾っておくと夜中にしゃべり出してひたすら月の樹の素晴らしさを語り倒すっていう……」
「の、呪われてんじゃねえの…それって……。それに俺@HOME持ってないんだ」
「そうか。それは残念だな」
「俺はどっちかつうとカッコイイ武器とかの方がいいなー。それにさ、いくらレアアイテム集めても、もうすぐR:X終わっちゃうんだろ? 次バージョンに持って行けるとかならいいけど、やっぱ無理そうだし……」
「ああ、サービス終了の話」
 ショップの品揃えに難癖を付けているわけではないとわかってくれたのだろうか。猫に似た眼がすいと細められる。サービス終了の話は最近では初対面同士でも挨拶のようにごく当たり前に交わされるようになっていた。
「サービス終了は寂しい?」
「そりゃそうだよ! 友達いるし、やっとレベル上がってきたし、なんかもったいないっつーか……色々」
「ひとつの『終わり』が誰にも等しく訪れる……。でも、The Worldそのものがなくなるわけじゃない」
「そう……なの?」
 ケモノPCは首を傾げてふふ、と笑う。
「例えば今までのバージョンアップでも受け継がれてきたものはたくさんあるね。地名や魔法やアイテムの名前、システム、世界設定、ベースになった『黄昏の碑文』、キー・オブ・ザ・トワイライト……」
「あ、それ聞いたことある! なんか仕様外の謎アイテム……だっけ?」
 子供のような声で喋るケモノPCは随分と物知りな古参プレイヤーのようだった。
「そうだよ。それこそ無印β版の頃からある噂話。それが10年以上も消えずに噂され続けてる。……そういうものが、次のバージョンになったからって簡単に消えてなくなるわけはないと思わない?」
「あー、そういうことか……。うん……まあそれもそうなんだけどさ」
 システムとか設定とかボンヤリしたもののこと言ったんじゃないんだけどな、とバルドルは言葉を濁す。
「そうやって一度『世界』が終わって、あんたの言うみたいに根本的には変わらない新しいのが始まったとして……俺はまた、手に入れることができるかな」
 自分の分身のPCや、レアアイテムや、日毎リストに増えていくメンバーアドレス。友達と過ごす、楽しい冒険の時間。リアルじゃないけど「ここにいる」、仮想のリアル。言葉を交わせばアドレスだけじゃなく「繋がっている」感覚。誰もが夢中になるもう一つの世界。
「そうだね。世界そのものは変わるわけじゃない。君と、君の仲間が変わらずにいられれば、あるいは」
「うーん……、なんかアレだな、概念的……っていうの? よくわかんねー…」
「あはは……ごめんごめん。どっちかっていうと僕の願望だね。新しいバージョンになっても変わらない『世界』に君たちが戻ってきてくれたらいいなっていう」
「う、ん……?」
 君たち、だなんて、まるで『中の人』みたいな言い回しではないか。ちょっと引っかかったバルドルは、改めて目の前のケモノPCを見直した。
 CC社の社員がお忍びで自前PCを作ってThe Worldに遊びに来ている……そんな噂や目撃情報はいくらでもあった。だが、商品を並べた敷布の前に、短い脚を投げ出してちょこんと座っている彼は、色違いも装備違いもいくらでもいる、ありふれたエディットのPCだ。
「なあ、勘違いだったら悪いんだけど、あんた、もしかして『中の人』……とか?」
「ナカノヒト?」
 ケモノPCはきょとんとした様子で首をひねった。
「えっと、つまり……CC社関係の人とか、そういうの」
「ああ、そういうこと。やだなー、そんなんじゃないよ。僕はただのプレイヤーさ、歴はだいぶ長いけどね」
「だ、だよなー! あははは……」
 あっさりと否定されてバルドルは頭を掻いた。ケモノPCはにこにこと笑っている。
「『エンピレオ』って聞いたことある? 僕、そこのギルマスしてるんだ」
「え? うーん、聞いたことはあるかな……?」
 ギルドに所属する気がないので名前だけしか知らなかった。
「ネットの噂話とか、都市伝説好きが集まるギルドだよ。SNSやBBSで情報交換してるけど、やっぱりゲーム内でプレイヤーから直接噂話を収集するのが一番だね」
「噂話……ってことは……!」
 もしかして、『紅い花の少女』ついても何か知っているかもしれない。それに、噂話好きというだけあって、そもそも人と話をするのが好きなタイプのようだ。PCの姿は可愛らしく、年齢も性別も分からないけれど、彼の話は面白かった。
 地面に座った彼の目線に合わせてバルドルはしゃがみ込んだ。
「あのさ、よかったらアドレス交換しない? 俺、あんたと友達になりたい」
「ああ、いいよ! 僕でよかったら。……はい」
 何の屈託もなくOKしてくれた。アラームが鳴って、ウインドウを開くと新着アドレスが届いていた。
「君のも届いたみたい。ええと、バルドル……か。よろしくね」
「あ、ありがとう! こっちは、えっと……」
 バルドルも彼のアドレスを確認しようとした、その時だった。
「はっけぇぇぇえええええーーーーーーーん!!! らっびゅーーーーーーーーーーん!!!」
「な……何だ!?」
 通りの遥か向こうから、大声を上げながら混雑した人混みを器用にすり抜け、ものすごい勢いで誰かが走ってくる。
「ああ……今日はヨソ行っててくれると思ってたんだけどなあ」
 ケモノPCが嘆息しながら立ち上がり、手早く露店を仕舞い込んだ。
「じゃ、僕はこれで! あの子に捕まると面倒だからねー。今度メールするよ」
「えっ……ちょ、」
 引き留める間もなくケモノPCが転送の光を残して消えてしまうと、直後に土煙を上げる勢いで誰かが走り込んできた。
「あっあ〜〜〜〜〜〜!!!? 逃げられちゃった!! どうしてヌァザさんは僕のラブを受け止めてくれないのーーーーーっ!!?」
 動きも声もやかましいそいつは、ついさっきバルドルとアドレスを交換した彼と全く同じタイプで色違いのケモノPCだった。
「ねえちょっと君! ヌァザさんと話してたよね? どこ行ったか知らない!?」
「え、いや俺はちょっと……」
 会話ウインドウには『たぬ』と表示されている。
「僕? 僕は全てのケモノPCを愛する究極のケモナー! 愛☆ケモノ戦士たぬ!! 君はどう? ケモノ好き? さぁ! 一緒に! ラヴュン!」
「……………」
 これはロールなのか真性なのか。濃すぎてちょっと判断がつかない。
「さっきの人、ヌァザさん……っていうの? 知り合い?」
「もっちろん! The Worldに僕の知らないケモノPCはいないよ! ……知り合いっていうか、まあ、ストーカーみたいなもんだけど」
「……ストーカーかよ!?」
「まあそれはおいといてさ! 君もケモノPC作ったら是非友達になってね!」
 じゃあね! ラヴューン! と叫びながら自称ケモノストーカーたぬは人混みに消えていった。
 The Worldは本当に、色んな人がいて色んな楽しみ方をしているのである……。



「あっははははー! やだぁ〜その子あたしも見たことあるよー!」
 商店街での一騒動の後、大通りを抜けた先の広場で店番をしていたミルフィにたぬとヌァザの話をしたら大爆笑された。ケモノストーカーたぬは結構有名なPCだったらしい。
「あたしが見たのは〜、ダンジョンで癒し隊の人たちに絡んで最終的にバクドーン喰らってたところだよ。たぬって子のせいでThe WorldのケモノPCが激減したとかなんとかって話もあるし」
 傷付いたPCをフィールドやダンジョンで回復してくれる白衣の天使たち(何故かケモノPCで統一されている)が反撃するとは、余程のしつこさだったのだろう。
「そっか……じゃあ俺、わりと面白いもん見たってことか」
「そうだよ〜! 紅い花の女の子のレア度には全然だけど、面白いは面白いよね☆」
「いや〜、ケモノPCだけは作らないでおこうって思うな、アレ見たら」
 脳裏をちらりと、先日知り合ったばかりのネコヒトPCがよぎる。彼もたぬに絡まれたことがあるんだろうか。
 今度会ったら聞いてみようと思いつつ、智彦はミルフィの露店を見回した。
「あ、なんか買ってくれるの? 今日のオススメはイチゴマカロンだよ〜v  ほらほらカワイイ♪」
「……それって…?」
「SPが50%回復しまぁす!」
 ミルフィの所属ギルド・トライフルのアイテムは、概ねスイーツを模した回復アイテムかアクセサリーなのだった。ギルドメンバーはスイーツ好きの女性PCが多く、ギルマスは伝説のスイーツ星人の魚類なんだそうだ。
「ついでにトライフル入っちゃいなよ〜」
「や、それは遠慮しとくよ……俺スイーツって柄じゃねーしw」
 どこのギルドにも所属していないバルドルは何かにつけミルフィに勧誘されるのだが、それにしてもトライフルは個性的すぎる。
「柄ってゆーかさぁ、トライフルじゃなくたってどうせサ終しちゃうんだし……って思ってるんでしょ? バルドル?」
「んー……、やっぱミルフィにはお見通しだな」
 バルドルは苦笑する。最近はこんなことばかりだ。レアアイテムを手に入れても、アドレスを交換しても、ギルドに勧誘されても、いつもサービス終了が頭の片隅から離れないでいる。
「それじゃしょうがないよねぇ。バルドルの来世にご期待ください …ってとこかな?」
「来世……次のバージョンかぁ……」
 自分はまたこの世界に戻ってくるだろうか。
 また、今の友達と一緒に遊べるだろうか。
 そもそも、次のバージョンはどんな風になるんだろうか。
 何も確信が持てない、予想することすら感情が拒否している、そうして『終わり』の時だけが近付いてくる。
「もし次もトライフルがあって、ミルフィがそこにいたら、さ」
「うん……そだね」
 サービス終了関連の話をすると、だいたいこんな湿っぽい雰囲気になる。
「わかったよぉ〜。トライフルの来世にご期待くださいっ☆ あとバルドルにサービス終了の話振っちゃいけないこともわかった(`・ω・´)」
「あ〜、ごめんごめん、そんなつもりなかったんだけど」
「んーん、仕方ないよね。何かが終わるのって大変だもん。そのうちキミにもわかるよっ」
「………」
 トモエ同様、ミルフィもだいぶバルドル───智彦より年上なんだろうと思う。今はそれがとても有り難い。
 近付いてくるオワリを智彦とは違う心持ちで受け入れている仲間たちの在り様を見ていようと思った。

────やがて来るその日を笑って迎えられるように。



 






2023/10/11 ... UP
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ちまちまプレイしてたG.U. Last RecodeのVol.3までクリアしました!色々思い出してきました。エンピレオとかネットスラムのこととか。そもそもストーリーほぼ覚えてなかったので初プレイかってくらい楽しんでしまいました…めっちゃお買い得だった。

 

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