Continuation 2: The World

 

 

****2023年9月12日(火)

 

「オレもさー、The Worldやってみたいんだけど……実際どうなん? 面白い?」
「だから〜、面白いっていつも言ってるだろ! やればいいのに!」
 とりあえずスマホがあればThe Worldはプレイできる。今のご時世、小中学生でもスマホを持っていない子供はごく少数のはずだが、The Worldをプレイしているのは智彦のクラスでもまだ5、6人ほどだった。
「でもさ、The Worldってサービス終了しちゃうんだろ? なんかニュースで見たんだけど」
 近くの男子が話に加わってくる。彼もThe World様子見の一人だった。
「あー、そうなんだよな……。たぶんあと2ヶ月くらい? そのあと新しいバージョン来るってもう予告あるけど」
「どうせだったらそっちの方が良さそうだよな。すぐ終わっちゃうやつより」
「だよなー。オレ、それまでにFMD貯金しとくよ」
……なかなかThe World仲間は増えないのだった。

「そういや、田中は?」
 智彦たちが立ち話をしているすぐそばの席で話を聞いているのかいないのか、机の上で文庫本を広げたままぼんやりしている田中に話を振ってみた。
「……え? 僕?」
 いきなり話しかけられて驚いている。やはり聞いていなかったのだろうか。
「だからさ、The World面白いよーって話だったんだけど。田中はゲームとかやんないの?」
「……、僕は……」
 躊躇うような『間』があった。近くにいたから何気なく訊いてみただけだったのだが、もしかして田中もTheWorldをプレイしているならそれをきっかけに仲良くなれるかもしれない。今のところ当たり障りのない挨拶しかできない『転校生』にもっと近づけるかもしれない。
 そんな期待が智彦の胸をよぎったのだが。
「……あんまり、ゲームやらないんだ」
 静かな声で否定された。
「あ、そうなの……」
─── ……本当に?
 メガネのレンズ越しの瞳から感情は読めない。だが智彦はさっきの微妙な『間』が気になった。
 言葉を飲み込んだような気がした。見えない壁がもう一枚追加されたように感じた。何か掴めるような気がしたのに、するりと逃げられてしまったようなもどかしさ。
 智彦の視線に何かを感じたのか、田中は智彦を見上げたまま、なに?とでも言いたげにゆっくりと瞬きをした。
 交錯する視線が喉元まで出かかった智彦の言葉を絡め取る。
─── ……田中も本当は、The Worldしてるんじゃ……?
 そう訊いてみたかったのだが根拠は何もなく、ここで追求することはできなかった。

 

******
「つまり〜、当たる前に砕けちゃったってわけなのね」
「べ、別に砕けたわけじゃねーし!」
「今日も〜、バルドルの片思いに進展なしってわけなのね」
「だからっ、相手男だって言ってるじゃん!」
 グダグダしゃべりながら二人でモンスターをなぎ倒して歩く。今日ログインしてきたのはバルドルと呪療士の少女ミルフィの二人だけで、暇つぶしにアイテム収集系の初級クエストをこなしているのだ。
「なんでその子もThe Worldやってるって思ったの?」
「うーん、なんとなく……カン?」
「もぉ、そんなの全然ダメじゃん」
「うう……」
 HP0になったモンスターがぽわんと光の粒になって消え、後に宝箱が出現した。蹴っ飛ばして蓋を開けると、
「あ、20個目……」
「ミッションコンプリート!」
「やっぱあっという間だなー」
 あとは街に戻ってクエスト屋にアイテムを渡せば、報酬を貰って終了だ。
「ね、もしその子がThe Worldやってるとして、言わないでいるのはなんでなんだろね?」
「うーん」
 手近なプラットホームを目指して歩きながら、さっきの話の続きになる。もうモンスターに用はないので帰るだけだったが、道のそばに固まって咲く花畑の中、ひときわ目を引く紅い何かが一瞬ラッキーアニマルに見えてバルドルは思わず振り返った。
「ん? どしたの?」
「あ、ごめん、アニマルじゃなくてなんか目立つ花だった……。えっと……言いそびれちゃって、気まずくて……とか?」
「そうじゃなくて〜、隠しておきたいのかもしれないよ」
「え? なんで?」
 同じゲームを遊んでいるのに隠しているだなんて、基本オープン&フレンドリー全開の智彦には思いもつかない。
「色々あるじゃない。例えばプレイスタイルの違いとか。もしバリバリソロプレイ派だったら、下手に知られて干渉されたくないって思うかもしれないよ」
「そういうもんかなあ」
「バルドルってさあ、ものすごーく構いたがりでしょ。例えばソロだからって断られても、クラスメイトだからってパーティーに誘ったりしそうな気がするんだよね〜」
「あー、我ながらその光景が目に浮かぶね」
 思わず苦笑する。田中がThe Worldをプレイしているなんて知ったら、嬉しくなってメンバーアドレスを聞いたりパーティに誘ったりしないではいられないだろう。
「ま、それもその子がThe Worldやってたらって前提だけどね!」
 はい到着っ! とミルフィがプラットホームの台にぴょこんと飛び乗る。転移の呪紋が起動して青い光が二人を包み込んだ。


「……マク・アヌってさ、ちょっと似てるんだ」
「似てるって、何に?」
「俺の住んでる街。水路と川下りで有名なとこでさ」
 フィールドから街に戻ってきて、ほんの少し余った時間つぶしにマク・アヌの橋の上で立ち話をしていた。近くで黒っぽい衣装の魔導士らしいのと水色っぽい軽装の双剣士らしいのがトレードをしていたが、通りすがりのPCの話なんて聞いちゃいないだろうとバルドルはリアルの話をそのままオープンで続ける。
 イタリアの有名な運河の街をイメージして作られたというマク・アヌにも隅々まで水路が張り巡らされ、大小の船が水上を行き交う。桟橋に係留してある小船は個人やギルドの所有だったり、持ち主のいない背景小物だったりする。さらさらと絶え間なく流れる水の音、船頭が竿をさすとギシっと木の擦れる音がする。目を閉じれば音はそのまま、智彦の住む柳川のようだった。
「……あいつ……好きじゃないのかなー……」
 欄干にもたれて川面を見下ろしながらほとんど独り言のように呟くと。
「好きじゃないって……、バルドルのことぉ?」
「うっ……いや、そうじゃなくて」
 だがその可能性もないとは言えない。仲間の遠慮のない言葉がグッサリと胸に突き刺さる。
「そうじゃなくて、俺の住んでるとこ……転校生にとっては新しい街、かな。東京に比べたら全然田舎かもしれないけどさ、いいとこなんだぜ。こんな風な水路が街中にあって……フゼー? がある? っていうの? 名物の美味いもんはあるし、ゲームにも出てる戦国武将はいるし……」
「おっと、それ以上は身バレジョートー、じゃない?」
 とりとめなく呟くバルドルを少女が遮る。
「んー、別にミルフィだったらいいよ」
「や〜ん嬉しっ(^ ^)」
「ってか、もうミルフィには大体色々バレてる気がするんだけど」
「だってバルドル身バレ気にしなさすぎぃ〜。もっとジブンを大切にしないと☆」
「……ジブンの、個人情報、な?」
「うんv」
 オープンな性格は自覚している。その上で隠すべきことは隠しているつもりなのだが、この無邪気系少女呪療士(ロールかもしれないが)には時々リアルをポロリしてしまうのだ。
 俺のことはともかくさ、と水面から黄昏の空に目を移し、バルドルは空に向かって伸びをした。
「新しい街に馴染めないとか、そんなんだったら残念だなーって思ってさ」

 カラーン、カラーンと、日暮れ時を告げる澄んだ鐘の音が街中に響き渡る。いつでも黄昏のこの街にはほんの演出程度のものでしかないが、これをプレイ時間の目安にする者も多い。
「あっ、あたしそろそろ落ちないとだ」
「あー、俺もだ」
 それじゃまた明日と手を振って、光の輪と共に少女は姿を消した。自分もログアウトしようとメニューを出しながら何気なく辺りを見ると、近くにいたトレード組もちょうど落ちるところだったらしい。バルドルに背を向けている水色っぽい方が手を上げて何か言いながらログアウトした。残された黒っぽい魔導士らしいPCと、一瞬目があったような気がした。
「……?」
 気のせいなのかどうなのか、二度見して確かめようと思う間に、そいつも光の輪と共に消えてしまった。
「……うーん、これは……」
 もしかしてバルドルのリアル地元話を聞いていたのだろうか。それでも水郷と呼ばれる観光地は日本に複数あることだし、住んでいる場所が割れたところでバルドル=智彦を特定できる材料としては少なすぎるはずだ。
「んでも……やっぱジブンを大切に……、かな?」
 まあ気のせいだったら問題ないわけで。
 それじゃまた明日、とマク・アヌの夕焼け空を見上げながらバルドルもログアウトした。

 






2023/09/09 ... UP
********************

 

 

ゲームに出てる戦国武将は立花宗茂さんですが私は田中吉政公推しです。 聖地巡りしてて出会った銅像に「田中!?」ってなったのが運命でした。映画ドットハックだけじゃなく吉政公にもハマったおかげで柳川LOVE度アップと、吉政公の聖地巡りに岡崎や京都なんかも通うようになってしまいました。 田中ェ…

 

Reset