・智彦×田中(それなりにデキてる)






「おはよ〜〜〜」
『開けたら閉める!寒いから!』と貼り紙のされた教室のドアを開けて誰ともなしに挨拶をする。
智彦が教室に着く頃にはいつもクラスの2/3程がもう揃っている。
あとはギリギリ組と部活朝練の連中くらいだ。
自分の席にカバンを置いて教室を一回り見渡して────
「ん……?」
その席が空いているのに気付いた。
いつも智彦より先に着いていて、だいたいFMDと携帯のセットでゲームをしているか本を読んでいる田中が、今日はまだ来ていない。
「んー………」
空っぽの椅子にふと不安を覚える。
そんなはずはない、とわかっているけれど。





「冬日」





「───田中は、今日は風邪で休みだそうだ」
朝の出欠を取り終えた後、空いている席をちらりと見遣りながら担任の教師は最後にそう告げた。
二月の終わり近く、まだまだ寒さは厳しく風邪も流行っている。
昨日は二人、一昨日は一人とクラスにぽつりぽつりと欠席が絶えない。
田中も昨日の帰り道に何度かクシャミをしていた。
風邪に間違いない。
そう思いながらも智彦は、胸にモヤモヤと不安が湧き上がるのを抑えることができなかった。
───田中君が……意識不明だって……!
震える果歩の声に、ざわついていた教室が水を打ったように静まり返ったあの朝。
しばらく忘れていた、あの日の曇り空と冷たい雨を思い出す。
もうあんなことはないはずだとわかっているのに。

ちっとも耳に入ってこなかった一時間目の授業の後、休み時間の間にメールを打つと、すぐに返信が来た。


『Re:休み?
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 うん、風邪。
 さっきアサイチで病院行ったから
 まだ熱があるんだけど
 明日は大丈夫だと思う』


熱がある、と書いてあるせいか、どことなく脈絡のない文章のような気がする。
でも、田中は間違いなく家にいて、風邪で寝込んでいるだけなのだ。
ようやく落ち着いた心地で智彦は息をついた。
今日の空は晴れている。
起こしちゃってごめん、ゆっくり休めとメールを送信したところで、二時間目の開始のチャイムが鳴った。




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放課後の掃除当番ももどかしく自転車で学校を飛び出した智彦は帰り道、田中の家を訪れた。門のそばでチャイムを鳴らそうかどうしようか迷って、メールを送ってみた。
『起きてる?』
すぐにメールの返信ではなく電話着信があって、応答すると田中の声が聞こえてきた。
『起きてるよ。……今帰り?』
「ああ。……ってか、今田中んちの前にいるんだけど」
『えっ……来たんだ』
「会える?」
『……』
ほんの少し、躊躇うような間があって。
『……いいよ。今開けるから、入って』
通話が切られ、カシャン、と玄関のロックの外れる音がした。
「……お邪魔しまーす……」
玄関に上がり、静まり返った家の中に向かってそっと声をかけた。



「……あれ?なんだ、寝込んでるのかと思ってた」
部屋に入ると、意外にもちゃんと服を着ていて、寝ていたような様子もない。
「だいぶ熱は引いたんだ。……でも歩き回るのはまだ辛いし、休んでるのにゲームしてるのも、ちょっとね……」
サボってるみたいで後ろめたいような気持ち。あるある。
それで本を読んでいたらしい。ベッドの枕元に栞を挟んだ文庫本が転がっていた。
「こんなんだから、何もできないけど」
「あ、いや、ちょっと顔見に来ただけだから。これ……お見舞い」
智彦はカバンからぐるぐる巻きになったマフラーを取り出した。
包みをほどくと、ごろん、と転がり出る小サイズのペットボトル2本。帰りにコンビニで買ってきたのだ。
「よしよし、まだあったかいな!ココアとカフェオレ、どっちがいい?」
「えーと……ココア」
ありがとう、と言いながら田中はココアを拾い上げ、智彦は残ったカフェオレを手に取った。
「甘い物欲しいと思ってたんだ……」
ペットボトルを軽く振って栓を開け、一口呷る。
少し熱かったのかすぐに離して唇をぺろりと舐めた。
智彦もカフェオレを開けて喉に流し込む。
「あ〜、あったまるー」
「今日も寒いね」
「そーだなー! なのに体育ん時にさあ───」
今日一日の学校での出来事を話す。
田中のいない一日。
一番後ろの自分の席から、一日ずっと田中の不在を見ていた。
メールの返信をもらった後も、ひとつ席の空いた教室がいつもよりやけに広く感じられた。
いなくなって初めてわかる……そうして智彦は、田中がいつもどれだけ自分の近くにいたのか思い知るのだ。

「今日は?」
「うーん、さすがに今日はログインしないと思う……母さんに見付かったらゲームなんかしてないで寝てなさいって怒られそうだし」
「あはは……そりゃそうか」
リアルでも、The Worldでも、一番近くに。
「あ、あのさ……」
す、と膝を詰めると、ん?と智彦を見上げてきた。
「あ………」
前髪が触れる距離まで顔を近付けると、少しぬるくなったココアのボトルを持ったままの手で軽く制された。
「風邪……伝染るよ?」
「へーき」
「でも」
言いかけた唇を塞いだ。
「っ………」
ほんのりとココアの甘さの残る口内はいつもより熱が高いような気がする。
じわりと伝わる甘味と温もりが、今日一日の不在を埋めていく。
………ここにいる、と。
好きだから、触れたいから、可愛いところが見たいから───そんないつものキス以外にも、こんな衝動があったなんて。
ここにいることを感じたいと。

「………甘い」
顔を離してそう呟くと、田中はちょっと呆れたように溜息をついた。
「まあ、バカは風邪引かないって言うよね……」
酷い言い草だが、頬に赤味が差しているのは風邪の微熱のせいだけではないだろう。
色んな意味で満足だった。


「それじゃ、俺そろそろ帰るわ。まだ完治じゃないしな」
「うん、来てくれてありがとう。……また明日」

また明日。

朝、おはようを言えますように。
いつもみたいに、君のいる教室で。







「……智彦が風邪引かなかったらね?」
「だからー! 大丈夫って言ってるじゃん!たぶん!!」

 






《END》 ... 2013/01/19
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風邪を引けばこんなネタを思い付くわけですよ!ともたなを書こうとするとどうしてもそらちゃんの存在を描けなくて辛い…そらちゃん萌えNLは映画本編&後日談沿いだけど、ともたなBLは完全なるパラレルのつもりで。なんかー、ファンタジーって感じ〜!
あと説明書きがアレですいません、どこまでのデキ上がり具合なのか自分でもわからん。

 

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