・智彦×田中
「田中、今日もThe Worldやる?」
「うん。新しいエリアできる前に今のところクリアしたいよね」
「そーだな!」
放課後、校門をくぐりながら智彦と田中は今日の冒険の計画を立てる。The World FORCE:ERAが公開されて2週間、バルドルとゴンドーはもうすっかりなじみのパーティーメンバーになっていた。
「そういえば、入学式の準備、智彦何か頼まれてなかったっけ?」
「ああ、それならもう済ませてきた。体育館にカンバン立てるやつ」
ひらひらと、桜の花びらがこぼれ落ちる。明日は市内の中学校の入学式。校門には墨色の黒々とした「柳川中学校入学式」の看板が立てられ、二人が出てきた昇降口にも臨時の掲示板が設けられていた。明日はそこに、新入生のクラス割りが掲示されるのだ。
「俺も去年は新入生だったけど…あっという間だよなあ…」
パリッと糊のきいたサイズ大きめの学ランに身を包み、ドキドキしながらクラス割りの掲示板を見上げた去年のことを思い出す。
桜が咲いていた。少し冷たい春の朝の空気。悲喜こもごもの囁きが聞こえる昇降口前。
「…つってもさ、半分…まではいかないけど、1/3くらいは同じ小学校のヤツだったし、クラス分けもそんなんだったし、あんまフレッシュな感じでもなかったかなあ?」
「うん、僕もそんな感じだったな…。前の中学校の入学式だけど」
「フレッシュ感って言ったら、転校の方が全部まるごとリニューアルなわけだしな」
誰も知らない、勝手も分からない、そんな環境に飛び込んだ経験のない智彦は想像するしかない。
「でもさ、違う小学校のヤツらも来てたし、ハジメマシテで仲良くなった子もいたし…」
そうして中学校で新しくできた友達はたくさんいる。
「…もしも、田中も一緒に去年の新入生でハジメマシテだったとしたら…なんて」
「智彦は、僕と仲良くなってたかな?」
「ん?」
「『転校生』って属性がなかったら僕は特に目立つわけじゃないし、本読んでばっかりだったら智彦だって敬遠したかもね?」
「そ…そんなことねえよ!?…たぶん」
ふふ、と田中は笑う。ではこれは自虐ではなく冗談なのだ。
「そこはほらー、もしそうだったとしてもきっと変わらない、友達になってたに違いない!とか言うところだろ…」
「まあ、一般的熱血感動友情ストーリーだったらそう言うよね」
「つれないなあ……相棒としては寂しい限りだぜ」
がっくりと大げさに肩を落とす智彦の隣を、笑いながら同じ歩調で田中が歩く。
自分とは性格的に正反対のように見える田中と、リアルでもThe Worldでも一番近い友達でいられるのは、智彦にとってとても不思議で得難いことのように思えるのだった。
ひらりと舞う白い桜の花びらに連想されて、城跡の階段の前辺りで不意に智彦は忘れ物を思い出した。
「やっべ…!プリント忘れてきた!!」
「プリント…家庭訪問のアンケートの?」
「ああ、提出明日までだったよな!ちょっと取ってくるわ…!」
踵を返し、校舎に向かって走り出す。わかった、待ってる、と田中の声が背後に聞こえた。
ばたばたと階段を駆け上がり、まだ馴染んでいない二年の教室で、机の中からプリントを引っ張り出してカバンにしまう。
昇降口に向かう途中、ほんの二週間ほど前まで使っていた教室の前を通りかかった。教室全体に色紙の鎖や紙の花が飾られ、机の上ひとつひとつに名札が置かれている。
一年前にこの教室で自分の名札の置かれた机に辿り着いたこと、夏休み明けに教壇で自己紹介をした 『転校生』 田中、そんなハジメマシテのあったここは、もう智彦たちの教室ではなく、新入生たちのテリトリーなのだった。
ちょっと息が上がったので走るのはもうやめて、昇降口を出た智彦はゆっくり歩いて校舎を後にした。校門の辺りから城跡の全景が見える。さっきは田中と話していて気付かなかった満開の桜。
花びらがひらり、ひらりと控え目に舞い落ちる、その下に、智彦を待って田中が佇んでいた。
「─── たなか…」
智彦が出てきたのに気付いていないのか、桜の枝と空を見上げて目を細めている。ひらりと落ちてきた花びらに手を伸ばす。
待たせてごめん、と声を張ろうとしたが、何故か言葉が出てこなかった。
仄かに白い満開の桜、淡い水色の春の空、その中に黒く浮かび上がる姿のコントラストに目を離せなくなった。
─── これがもし、去年の入学式だったとしても……
「…っ、───!」
突然、走り出したい衝動に駆られた。一人桜の木の下に立つ田中の隣に、今すぐに立ちたい。近くにいたい。アスファルトを蹴って智彦は掛け出す。驚いたように振り返る田中に、走る勢いのままに抱き付いた。
「と、智彦 ───?」
よろめいて後ずさる背中をぎゅっと抱き寄せる。
「─── ……智彦?」
耳元で怪訝そうに名を呼ばれて身体を離すと、どうしたの?と首を傾げる田中の顔が間近にあった。
「あ……ごめん…、えっと、待たせちゃって」
「ああ…うん。別にいいよ?」
突然の智彦の抱擁を特に気にするでもなく、田中は地面に置いていたカバンを取り上げた。
「帰ろう?」
「う、うん…」
普段からスキンシップ過剰気味の智彦だから、田中はたぶんその一環に受け止めたのだろう。駆け寄って抱き付いてみたものの、この衝動が何なのか、智彦自身にもよくわからなかった。自分のことながら疑問符だらけの智彦の脳裏に、ただ一つはっきりと焼き付いているのは、桜の木の下に一人佇む田中の姿。
ひらりと舞う桜の花びらに呼吸を合わせるように静かに。
智彦のクラスに紛れ込んできた 『転校生』 のその佇まいに、自分の周囲にはなかったその空気に、智彦は近付いてみたかったのだ。
─── もしも、去年の入学式で初めて田中に会ってたとしても…
さっきみたいに目を惹かれていたと思う。空を見上げて微かに笑う口元に心を奪われていたと思う。
─── 転校生じゃなくても、いつどこで出会ってても、友達になりたいと思ってたよ…きっと。
「…智彦?」
先に歩き出した田中が智彦を振り返った。
「あ…うん」
急いで追い付いて、隣に並んで歩き出す。空を見上げると、左半分は満開の桜、右半分は薄水色の春の空。
二年生になった今年、初めての二人で見る桜だった。
「なー、来年もさ、その先も……こうして桜見れたらいいな!」
卒業しても、高校生になっても、できればその先も。
「そうだね、こうして一緒に見られたらいいね」
「お…おう!」
なんとなく智彦が言えなかった言葉を、田中は相槌に織り交ぜてくれた。
特別な意味は何もない、単なる相槌だったのかも知れないけれど、智彦はそれを大切な約束の言葉のように胸にしまい込んだ。
─── 来年も、その先も……こうして一緒に。
満開になったばかりの桜は散るにはまだ早く、ひとひら、ふたひら、控え目に、傾きかけた午後の陽を映して光る花弁を二人に降りかけていた。
《END》 ... 2012/10/29
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「晴天桜花」が智彦ソングすぎて可愛くて!智彦がそらちゃんと田中に歌ってるんだなーと思ってたんだけど今回は結局田中になりました。あと智彦の自転車はログアウトしました。
ブログの方に校門と城跡と桜の木あたりのレイアウト写真載せてみました、参考までに。■
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