センシティブメガネ

・智彦×田中
・押し倒し済み






「…昔…、The Worldにしかいない人…NPCに恋をして、The Worldに行ったきり帰って来なかった人がいたんだって」
 智彦の部屋、背中合わせに座って二人でThe Worldをプレイしていると、田中がそんなことを言い出した。
「噂…っていうか、伝説?俺も聞いたことあるけど。NPC…放浪AIって言ったっけか」
 NPCでありながら知性を持ち、心を持ち、人と変わらない振る舞いをするThe Worldの住人たち。一般PCに紛れてそんな放浪AIと呼ばれるNPCがそこかしこにいるのだと、昔から噂されていた。
「The Worldでしか会えないのはさ、なにもNPCだけじゃないと思うんだけど」
 物理的な距離、心の距離、リアルで会いたいと思っても会えないことはある。
「それでもやっぱり、リアルに生身のプレイヤーがいるっていうのは全然違うだろ」
「うん…そう、だね…」
 曖昧に応える田中はもうログアウトしているのでゴンドーのロールはしていない。FMDをかけたままなのは、BBSでも見ているのだろうか。
 時々唐突に話題を振る田中の癖のようなものに、智彦はもうすっかり慣れっこになっていた。そこへ至るまでの思考をトレースしてみることもあるし、あまり気にしないで話に乗ることもある。
「最初からNPCだってわかってたらそんなに入れ込んだりしないと思うけど、普通にPCだと思って友達になったり、好きになったりした子がもしNPCだったら…」
「智彦は、どうする?」
「わかんねー」
 即答する。
 真面目に考えても手に負えない深遠なテーマだと直感した。
「あ、でも例えばさ、ゴンドーだってThe Worldでしか会えない、リアルにはいない…でもNPCってわけじゃない。ちょっとそれっぽくね?」
「そうかな…そうかもね?」
「…いや、でも、そうだとしても、ゴンドーも田中の一部だもんな。全然カケラも会えないわけじゃないか」
 背後で田中が動く気配。FMDを外してメガネをかけ直しているようだ。ログアウトした智彦もFMDを外してぱちりと目を開く。リアルに 『帰って』 きた。
「まあ俺としては、ゴンドーも田中もNPCじゃなくてよかったと思ってるよ」
「?」
「だって、The Worldにしか存在しなかったら…」
 言いながら、田中を背中から抱き締める。
「R:Xん時のほっそいPCだったらともかくさ、ゴンドー押し倒すのは大変そうじゃん」
 あ、そっちなんだ、と田中が苦笑する。
「まあ…それだけじゃないけどさ」
 正面に回ると、メガネの向こうの切れ長の目が智彦を見上げてきた。
 感情は読みづらいが、軽く両肩を押さえながらのしかかると抵抗もせずに床に倒れ込む。
 屈み込むと伏せられた目が戸惑うように揺れた。
「…するの?」
「………いい…?」
「…………、………」
 こうしているだけで、お互いの熱が上がっていくのがわかる。
 相手にも聞こえてしまいそうな心臓の鼓動。呼吸が浅く速くなる。
 …いいよ、と声には出さずに智彦を呼んだ。
 拒否されなかったことにほっとしながら首筋にキスをしようと屈み込むと、待って、と言われた。掛け直したばかりのメガネをまた外そうとしているらしい。
 黒い細身のフレームに添えられた田中の手をそっと制した。
「…な、に…?」
 屈み込んだまま丁寧に、両手でメガネの両のつるを摘むと、まるで急所に触れられたかのようにびくっと全身が震えた。
「…っ……」
 耳に引っ掛けないようにそっと引き抜くと、何かを堪えるようにぎゅっと目を閉じている。
「………?大丈夫?」
 よくわからないがちょっと心配になって、外したメガネを畳みながら聞くと、はっと我に返ったように目を開いた。目線だけで、畳まれたメガネを座卓の上に置く智彦の手の動きを見守って、安心したように息をつく。
「…ごめん、メガネ触られるの、慣れてなくて…」
「はは…そういうこと…」
 まさかメガネにも性感帯があるのかと思ってドキッとしたのは言わないでおくことにした。

 






《END》 ... 2012/08/01
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暑い。
メガネをmogmogする話を書きたかったっていうだけなので何か色々おかしいよー脳髄反射で書くとこうなるよ。でも8/1は801の日らしいので記念にUPしちゃおうね!

 

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