・田中←そら
・映画その後、The Worldサービス再開後
「えっと…夢幻操武!!」
コマンド決定ボタンを押した瞬間、双剣が閃きカイトがモンスターに華麗な技を叩き込む。舞うような一連の動作の間に赤のダメージ数字が次々と浮かび上がり、モンスターのHPゲージが0になった。
「……やったぁ!!!」
双剣を両手に携えたままカイトが小さくガッツポーズをすると、少し離れた所で大剣を構えていたゴンドーが剣を下ろした。
「余裕だったじゃないか」
「うん!これっくらいならね!」
戦闘モードが解除され、それぞれの武器が残光のエフェクトと共に消える。同時に浮かび上がるリザルトウインドウで経験値が加算されて、戦闘終了になった。
「───カイト、もう少し行けるのか?」
「ああ、時間…?うん、大丈夫。電車来るまでまだあるから」
小柄な双剣士と巨漢の重剣士の二人パーティ。そら───カイトのレベル上げに、今日はゴンドーが付き合ってくれているのだ。
『Θ 病める 囚われの 堕天使』
別のサーバーでは時折エクストラボスのイベントが起こるという3つのワード。難攻不落のドラゴンと、それを最初に攻略したと伝説的に語られるパーティの通り名を知る者にとっては、サーバーが違うとはいえなんとなく特別なエリアだった。
もっとも、まだレベルの高くないカイトには無縁のイベントであり、初心者ゆえドラゴンの名も伝説のパーティの名も知らない。Θサーバーのここは、『常闇の森』の一部とされる、古代遺跡の点在する初〜中級者向けの森のエリアだった。
「ダンジョンは…こっち?」
時折地図を表示させながら歩いて行くと、森が途切れて断崖が現れた。
「わ……!!すっごいー!!」
カイトが唯一行ったことのあるロストグラウンド、アルケ・ケルン大瀑布ほどのスケールはないが、リアルではなかなか目にすることはない架空の絶景だ。
30メートル程離れた向こう岸はこちら側より高く、切り分けられたケーキのような綺麗な断層がむき出しになって聳えている。崖下を覗き込むと、目まいがするほどの遙か下にこんもりと茂る濃い緑の密林が見えた。
FMDに映るグラフィックはどこまでもリアルで、下から吹き上げてくる風が冷たく頬を撫でるような感触さえする……
「あ…違う、寒いのはリアルの方だった!あはは…」
少しだけFMDを持ち上げてみる。
晴れた昼下がりの駅のホームは陽だまりとはいえ、2月の風は冷たい。
土曜日の午後、祖父のちょっとしたお遣いで出かけたそらは、上りの電車を待ちながらホームのベンチでゲームをしているのだ。
まだまだゲームというものに不慣れなそらは、外でFMDは百歩譲っても、ゲームパッドを取り出すのがなんとなく恥ずかしくて、久しぶりに携帯の小さな画面で操作をしていた。
FMDを掛け直すと、ゴンドーがほら、と対岸を指差した。崖の中腹にぽっかりと洞窟が口を開けている。
「あそこがダンジョンの入口だ。向こうに渡るには…」
す、と指先が右へ動き、カイトもそちらへ視線をやると。
「吊り橋だ!」
お約束どおりの、木の板とロープで作られた吊り橋だった。ロープは年月を経たらしい渋い色合いで、橋板には所々に緑色のコケらしきものが生えている。
「これ、渡れるの…?」
ちょっと心配になるくらいの頼りない橋だ。
カイトくらいなら二人並べるほどの幅はあるが、ゴンドーと並ぶのはまず無理だろう。
そのうえ手摺り代わりのロープは申し訳程度でカイトの膝くらいの高さでしかない。
「見た目はこんなだが、イベントでもない限り落ちるってことはないだろうさ」
「うう…そうなんだけどぉ…」
美麗グラフィックに定評のあるThe Worldは、FMD越しに見ると本当にリアルにそこにいるような錯覚を起こさせる。
そらに高所恐怖症の気はなかったが、さすがにちょっと尻ごみしてしまう。
「まあ、落ちてもゲームオーバーになるだけだしな」
「あーもう、イジワルだなあ」
「ははは…」
冗談だよと鷹揚に笑い、ゴンドーは吊り橋に一歩踏み出した。
「俺が先に行こう」
「うん」
ゴンドーが足を乗せると重さでロープがギシッと音を立てた。
続いてカイトもつり橋を渡り始めたのだが。
「わ、わわ…!」
普段は真っ直ぐ歩けるはずなのに、意識しすぎてふらりと斜めに足を踏み出してしまう。
「カイト!」
三歩くらい先を行くゴンドーが振り返って伸ばしてきた手を咄嗟に掴んだ。
「大丈夫か?」
「あ、あんまり……」
足をもつれさせたのはリアルすぎるグラフィックのせいだけではない。
駅のホームでプレイしている手が段々冷えてきて指が上手く動かない。おまけに久しぶりに携帯の小さな画面で操作しているので、タップがずれるとおかしな方向に歩き出してしまうのだった。
「なんだ、そういうことか…」
カイトがリアルのプレイ状況を説明すると、ゴンドーは溜息をついた。
「行けると思ったんだけど…。ごめん、呆れてる?」
「いや、そんなことない。だったら今日はもう戻った方がいいかもな。バトルになってもたぶん危ないだろう」
「うん、そうする…せっかくレベル上がったのに、死んじゃったらもったいないよね。とりあえずセーブしようセーブ」
「それじゃ、街に戻ろう」
ゴンドーはマップを表示させながら辺りを見回した。
「一番近いカオスゲートは…あそこになるな」
指さしたのは、吊り橋の向こう、黒々と口を開けるダンジョンの入り口のそばだった。幾重にも重なる金属の飾り輪がくるくると回り、転送の力を宿す青い光が冒険者を呼んでいる。
「結局これ、渡らないとなのか……」
カイトは嘆息した。
一つ前のカオスゲートは大分離れたところにあったので、そこまで戻ると3〜4回はバトルに遭遇するだろう。ゲート前に戻れるアイテムも持っているが、なるべく節約したい。
「よし、渡る!」
「わかった。渡るだけならなんとかなる。それじゃ…」
ゴンドーが、一旦離していた手をカイトに差し伸べてきた。
「え…何?」
「真っ直ぐ歩けないんだろう?これなら落ちても大丈夫だから」
吊り橋から谷底に落ちればゲームオーバー。カイトのような小柄なPCがゴンドーくらいの巨漢と手を繋いでいれば、万が一足を滑らせても支えられるだろう。
PCの重心、体重、重力制御その他諸々、これでもかという程リアルに表現されているThe Worldなのだった。
「うん、……それじゃ」
カイトが躊躇いがちに手を伸ばす。差し伸べられたゴンドーの大きな手のひらに、グローブをした小さな手が乗せられた。あくまでFMDに映っているだけのゲームの中の接触のはずなのに、リアルのそらの手にじわりと温もりが伝わってくるような錯覚を起こさせる。
──── うわーうわー!
さっきまでは全然気にしていなかった「二人パーティ」ということ、ゴンドー=田中であることを、急に意識してしまった。FMDの向こうのゴンドーは、特に気にした様子もなくカイトの手を引いて吊り橋を危なげなく歩いていく。
──── …やっぱ、田中は全然リアルとは別だと思ってるんだよね……?
それでも、今のそらにとっては、The Worldであっても気になる子と手を繋いで歩いているという特別なイベント中だった。
三人称視点に切り替えてみると、しっかりと手を繋いでいるゴンドーとカイトが見えた。細い吊り橋なので並ぶことはできないが、ゴンドーはカイトを気遣うようにゆっくりと足を運んでいる。
──── 『まことさん、まことさーん!』
──── 『はい、何でしょうか?』
今日もサポートについてくれているまことさんにこっそり話し掛けると、まことさんもそらにしか聞こえない声で答えてくれた。
──── 『あのね、今のこれ…スクショ撮れる?』
──── 『やってみます』
まことさんがふわふわと、手を繋いで歩く二人の周りを飛び回る。
「まことさん…どうかしたのか?」
「あっ、いや、危なくないかどうか見てもらってるの!」
まことさんの不審な動きを怪訝そうに見るゴンドーをごまかしつつ。
──── 『…どうでしょうか』
──── 『うーん、もうちょっと、手繋いでるあたりをメインに真ん中にしてっていうか……』
恋する乙女のややこしい注文に応えようとまことさんが忙しく動き回っていると。
「あれ?」
何の前触れもなく、FMDに映る二人がぴったりと動きを止めた。スクリーンショットを撮ろうとしていたまことさんは視界の外のようだ。
「まことさん、まことさんー!?」
いわゆる十字キーや、メニューボタンをいくらタップしても反応がない。BGMや木々のざわめきなどの音エフェクトだけはそのままで、PCと世界じゅうの動きが止まっていた。
ヴヴヴ…と、コントローラーとして使っていた携帯が、電話の着信を伝えてきた。
ゲームアプリから切り替えて出ると、田中の声が聞こえた。
「The World、動いてる?」
「ううん。何しても動かなくなっちゃったよー」
「メンテでもないし、フリーズだなんて…こんなこと、めったにないはずなんだけど」
「フリーズ?それってどうしようもない、ってこと?」
「そうだね…これはたぶん、強制終了じゃないかな…」
「あー、そうなんだ……」
携帯を耳に当てながら右手に外したFMDを覗き込むと、吊り橋の上で微動だにしないゴンドーとカイトが映っている。
「僕は一旦落ちるよ。もう一回繋いでみるけど、有城さんは?」
「私はもう時間切れかな。また、夜にインするね」
「うん、それじゃ、また」
経験値残念だったけどまた頑張ろうねと言い残して、電話は切れた。
「………はぁ〜………」
なんだか気が抜けてしまって、左手に携帯、右手にFMDを持ったまま、冬の空に向かって伸びをした。
2月末のゆるい日差しがFMDのレンズにキラリと反射する。
「……まことさん大丈夫だったかなあ…」
膝に置いたFMDにはさっきと同じ、動かない二人が映ったままだ。ゴンドーはもうログアウトしたはずなので、FMDの電源を落とさない限りこの画面のままなのだろう。
「これはこれで、ちょっとスクショみたいかな」
そういえばまことさんに撮ってもらっている間、今ちょっと時間止まれー!と思ったかもしれない。
「まさか本当に止まっちゃうとはね…」
ゴンドーと手を繋いでいた。
The Worldでだったけれど、まるで田中と手を繋いで歩いているようで……
「わあぁ…なんか今頃になって恥ずかしい………!!」
そんなはずはないとわかっているのに、ゴンドーの左手と繋いでいた右手に温かい感触が残っている…ような気がする。
あの時繋がったのはPCの手だけじゃなくて、もしかしたらもっと色々───
……
─── 伝わるといいな。
─── 繋がったらいいな。
The Worldだけじゃなくて、リアルでも。
手袋をしていない、ちょっと冷えたリアルの右手を空にかざした。
ほんのりと温かいのは、冬の日差しを受け止めた手のひらと、The Worldで繋がっている心。
FMDの中で時間を止めた二人を、もう少し見ていたいと思った。
《END》 ... 2012/07/09
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挿入歌「つながるセカイ」の、『手を繋いでるこの瞬間 少しだけ時間をとめーてー』でした(笑)
ネトゲでフリーズしてディスプレイも止まるようなそんな現象がホントにあるのかどうかはわかりません、ネトゲのことはなにひとつわかりません。でもこないだスマホに替えたので、試しに某イルーナ戦記ってネトゲ30分だけプレイしてみて、携帯でネトゲするのがどんなものなのかちょびっとだけ試してみました…活かせてるといいけど。とりあえず真っ直ぐ歩けなかった。ド初心者でした。
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