──── ……そら……

声が聞こえる。

──── そら……

夢とうつつの狭間で、そらは何故かそれを一度も聞いたことのない「彼女」の声だと認識した。
わたしのこと、呼んでるの……?

問いかけたそらの、答えの代わりに聞こえたのは

──── "波"に蹂躙されし麦畑に背を向けて
──── 影持つ娘のつぶやける
──── 「────きっと、きっと帰るゆえ」

不思議と印象的な……詩の一節だろうか。歌うように、語りかけるように。
柔らかなアルトの声がそらに囁きかける。

──── ……Surely, I will return, Surely ……

きっと、きっと帰るゆえ…… ────





『Surely, I will』





チリン、と自転車のベルの音。
「そら、おっはよー!」
「おはよう〜」
自転車通学のクラスメイトが徒歩で学校へ向かうそらを追い越して行く。
1月の冷たい風、さらさらと流れる堀割の水の音。いつも通りの朝の通学路だったが、
どこか少し遠く見えるのは、今朝方見た夢のせいだろうか。
すっかり葉を落としきった柳の細い枝が風に揺れる。
微かな風にふわりとなびく長く伸びた柳の枝は、「彼女」の髪を思わせた。
音もなく風もなくゆらゆらと揺れる真珠色の髪─── ……
「……アウラ……だった……?」
そらを優しい眼差しで見下ろす姉のようなアウラ、儚げに笑う同年代の少女のアウラ、小さな手でそらの服に縋り付く幼子のアウラ……様々な姿のアウラが同時に同じ場所に重なり合って存在していた、夢ならではの多元性。
「どうして今頃アウラの夢なんて…見たんだろ?」


──── そら……。


「わたしのこと、呼んでた……」
脳シナプス波が完全に同調している、と言われた。だからアウラはそらを選んだのだと。
たまたま、と言ってしまえばそれだけのこと。
たまたま脳波が一致していてたまたまThe Worldを始めたそら=カイトが、たまたま選ばれて最終的にThe Worldとアウラを救った。
それで終わりだと思っていたから、今まで疑問に思うこともなかったのだ。
「───どうしてわたしだったんだろ?」

ネットワーククライシスが終息してからもずっと、The Worldはサービスを休止したままだった。
あの世界はまだどこかに存在しているのだろうか?
あんなにリアルに、身近に感じていたもう一つの世界は、ログインできなければ手の届かない存在で、それ程ヘビーなゲーマーではなかったそらは、プレイできないでいるうちに次第に記憶も執着も薄らいでいた。
今朝の夢はそらにそんなもう一つの世界を思い出させ、アウラが確かにまだThe Worldにいるのだという確信を抱かせた。

──── "波"に蹂躙されし麦畑に背を向けて
──── 影持つ娘のつぶやける

いつかThe Worldが再開されたら、そらもまたプレイを始めることになるだろう。
アウラにまた会えるだろうか。

──── ……Surely, I will return, Surely ……

「きっと、きっと帰るゆえ……か」

夢の中で聞こえたその詩が何なのか、そらは知らない。
今ではほとんど知る者のいない、異邦の娘が世界を救う物語。

──── いつだってわたしを……The Worldを成長させてくれたのは、あなたみたいな女の子だったんだよ

女神のふるい記憶に残るPCたち……表情に暗い影を落とす呪紋使い、アンバランスな心を抱えた重斧使い……彼女たちと、そして幾千万のPCと共に自分も成長してきたのだと、光に満ちた美しい庭園を散策しながらアウラは思い返す。

──── それにあなたは、わたしの……

「どうしてわたしだったんだろう?」
ゆらりゆらりと、アウラの髪のように曖昧に揺れる柳の枝をくぐり抜けながら学校へと急ぐ。
「アウラはThe Worldにいるの?それとも……」
もしかしたら、いつでもすぐそばに。

──── あなたはわたしの、きょうだいなんだから

アウラの2度目の「目覚め」の日に、たまたまCC社関係の病院で生まれた女の子。
疑似的に人間の少女として成長するために、CC社のアンダーグラウンドなネットワークで繋がっていた病院で生まれた赤ん坊の脳波を採取してリンクしたアウラは、そうして彼女の成長をトレースしていたのだ。

当のそらは、そんなことを知る由もない。
どちらにしても、たまたまには違いなかったのだから。

「アウラ、また会えるかな……!」
風に揺れる柳の枝とダンスを踊るようにくるりと一回転、そらは堀端の小道を駆けだした。

──── ……Surely, I will return, Surely……
「きっと、きっと帰るゆえ」

歌うような、語りかけるような柔らかな声。
少女たちの詠う黄昏の碑文の物語。






おはよう、と軽く息を弾ませながら教室の扉を開けたそらを待っていたのは。
「ねえねえそら!聞いて!!The Worldサービス再開されるんだって!!」

 






《END》 ... 2012/06/26
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こないだブログでぐだぐだ書いた、そらとアウラの関係妄想を書き起こしてみました。
蛇足:The Worldを運営してるCC社と、そらちゃんのお父さんの勤め先であるALGOS社は業務提携してる(いつからかは不明)ので、もしCC社関係病院で生まれてたら・・・っていう。

 

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