Parallel Voice

・智彦×田中




「ヘビグソ神殿遺跡…FORCE:ERAにもあったんだな」
「…そうだな…。きっとCC社にヘビグソマニアがいるんだよ」
 カエルのようなカバのような謎の生物の彫刻が施された古びた石柱のたもとで、二人でドロップアイテムを吟味していた。
「レベルそこそこの割にいいアイテムが出たな」
「そうだな!あ、これ確かダークナイト装備できたんじゃね?とくr …ダーシャとトレードできるかな」
 白銀の剣士バルドルをロールプレイしながらも、時々リアルの智彦が混じる。対して巨漢の重剣士ゴンドーは、おおらかな兄貴系を演じてそれを崩すことはほとんどなかった。


「そういや俺たち初めて会ったのも、こんなエリアだったよな」
「…ああ…うん。そうだったな」
 ゴンドーは改めて辺りを見回す。
 今日はどこ行く?と適当に選んだワード3つで転送したエリアだったが、ちょっと他にはないオブジェクトの点在する特徴的なエリアだった。
「あれは…R:Xだったし、お前もゴンドーじゃなかったけど」
「覚えてるさ。懐かしい……よね」
 ゴンドーとしてバルドルに相槌を打っていたが、語尾の方でボイスチェンジをオフにした。
「あれ?…田中?」
「そういう昔話は、ゴンドーにはできないから」
「相変わらずこだわるなあ」
 少し呆れたように言うバルドルも、ボイスをオフにして素の智彦の声に戻っていた。基本的にThe Worldではゴンドーのロールを崩さない田中だが、リアルの友達とリアルの話をする時はどうしてもゴンドーのままではいられなかった。
 …もっとも、ここでそんなリアルのプライベートな話をしてくるのは今のところ智彦だけだったが。

「…あん時田中さあ、すっげいい笑顔で 『The Worldで会っても他人だから』 とか言ったよなー」
「あー …それはもう、忘れてくれていいよ…」
 懐かしくもちょっと痛い昔話をする智彦に、田中は苦笑で返す。
「あの時は本当にまだ 『東京から来た転校生』 だったしね。…クラスに馴染めなくて、前の学校の友達と遊んでばかりで」
「あ…ごめん、そんなつもりで言ったんじゃ…」
「うん、わかってる。・・・だからさ、もし智彦に会わなかったら…同じクラスにならなかったら、僕はいつまでもよそ者のままで、The Worldにも新しい学校にも居場所をなくしてた」
「…田中」
 お互いに痛い思い出話は、そう昔のことでもない。
 転校してきてしばらく経っていたというのにどうしようもなく宙ぶらりんだった自分を認めたくなくて、近付いてきた智彦を拒絶したのだ。
 自分の出してきた話題にしゅんとしてしまった智彦に田中は笑いかけた。
 色々あったがリアルでは諦めずに田中の「壁」をぶち壊し、The WorldではFORCE:ERAで「再会」して自他共に認める相棒になった智彦に。
 リアルだったらこんなことは絶対言わないだろう。でもここはThe Worldだった。
「…自嘲とかじゃなくてさ。僕は智彦に感謝してる。The Worldだけじゃなくて、リアルでも…会えてよかった。ありがとう……」
あまり感情を表に出さない。気持ちを素直に言うこともない。リアルでは冷静とか無愛想とか言われてしまっているが、今はするりと言葉が口をついて出た。
「…なんて…こんなこと、」
「…っ…た、なか……」
 さすがに少し気恥ずかしくなって誤魔化そうとしたのだが。
「田中、俺……ちょっと落ちる!ごめん!!」
「え!?」
 急に早口で言って、転送の光の輪を残して智彦───バルドルは姿を消してしまった。
「と、智彦───!?」
 あまりに突然のことで、呆然とする。慌ててフレンドリストを開いてみるとオフラインになっている。本当に落ちてしまったようだ。
「なん、で……」
 思い当たらないでもない、自分があまりにも恥ずかしいことを言ったという自覚はある。
 リアルで顔を合わせているわけじゃないから、普段言えないことも言えてしまう…The Worldの良いところだと思っているし、言わなくていいことをうっかり言ってしまわないように注意しているつもりだった。
 いつもはゴンドーのロールをしているから、そんなうっかりはほとんどない。
 でもさっきはゴンドーとバルドルの姿をしていたが、田中と智彦として話をしていた。
 The Worldとリアルが混ざり合っていた。
 …うっかり、だっただろうか。
「あんな、こと…」
 恥ずかしい奴、と思われたかもしれない。呆れられただろうか。引かれてしまっただろうか。
 智彦が急にログアウトして戻って来ないのは、やっぱりそうなんだろうか。
 すうっと血の気が引いて、体温が下がるような感覚に襲われる。
 とんでもないことをしてしまったかもしれないと自覚した時の、目眩のするほどの後悔感。

「…っ……!」

 ログアウトしてFMDを外した。
 ブラインド越しにオレンジ色の西日の射し込むリアルの自分の部屋…息苦しいほどシンと静まり返った空気に自分の心臓の音だけが響いているような気がする。
「あんなこと、言わなければ良かった……」
 チリン、と窓の外で自転車のベルと子供たちの声。
 いつの間にか詰めていた息を解いて深呼吸をすると、ゆっくりと吐く息が微かに震えた。
「智彦…」
 もしもそれを失ったら、と考えた時、リアルでもThe Worldでも自分で思っていた以上に依存していたことを思い知った。
 転校したての頃の足元の覚束なさ、新しい土地に馴染めず、The Worldで一緒に遊ぶ前の学校の友達とも微妙な距離が生じて、どこにも居場所のない自己の喪失感を思い出す…
「…いやだ…それは、もう……」
 思い出すと苦しくなる。息が詰まりそうになる。
「…………………」
 思考停止に陥りながらも、田中の手はゲームの間は外している眼鏡を無意識に取り上げて掛け直す。FMDを外してから不明瞭になっていた世界の輪郭がくっきりとした。
 ふう…、と溜息をついて、のろのろとFMDとゲーム端末を片付ける。今日はもうログインする気にはなれなかった。

 以前だったらこんな時は何をしていただろうか。
 いつでも逃げ場所はThe Worldだった。友達に会えなくても、誰もログインしていなくても、一人でマク・アヌの路地を歩いているだけで時間を過ごすことができた。
 それも今は…もうできない。

 気を取り直してコーヒーでも淹れてこようと重い足で廊下に出ると、ピンポーン、と階下でドアホンが軽やかな音を鳴らした。
「…こんな時に…」
 両親は共働きで、今家には田中一人しかいない。宅配便か、何かの勧誘か、それともご近所さんの何かの用事か。とても出るような気分ではなかったけれど、もし宅配便の不在通知なんか受け取ったら、あとで母親に文句を言われるに違いない。
 仕方ないなと階下に降りて、インターホンの受話器を取り上げる。
「…はい」
 どちら様?と訊こうとするより早く、受話器の向こうから荒い息遣いと自分を呼ぶ声が聞こえた。
「田中…!俺!俺……!」
「智彦……!?」
 受話器を叩き付けるように置き、慌てて玄関に駆け出す。何故か震える指先をもどかしく思いながら鍵とチェーンを外すと、向こうからドアが開けられた。
「たなか───」
 智彦だった。
 玄関のドアをぶち破る勢いで入ってきて、そのまま田中に抱き付いてきた。
「とっ、もひこ…!?」
 弾みで後ろによろめいて、玄関の上がり框に尻餅をついてしまった。
 智彦は土間に膝をついてなおも田中の肩を引き寄せようとしている。
「…どう、したの……?」
 ドアがゆっくりと閉まる直前、玄関前に斜めに立てかけられた智彦の自転車が見えた。
「…ごめん、……」
 自転車を飛ばしてきたのだろうか。まだ息を切らせながら、智彦は田中の肩口で言葉を継いだ。
「さっき、The Worldで話してて…急に、リアルで会いたくなって…。なんでだか、わかんない、けど…っ……」
「それで…急に、ログアウトして…?」
「…うん」

 そういう、ことだったのか……と、思わず田中は天井を仰ぎ見る。
 玄関に押し倒されかねない勢いで抱き付いてくる智彦の背に腕を回した。
「…心配した…」
「心配?…何が?」
「…ちょっと、恥ずかしいこと言ったから…変に思われたんじゃないか、って……」
「……恥ずかしい…って…?」
 やっと少し離れて、智彦は不思議そうに訊き返してきた。
「え、いや、だから…さっきThe Worldで話してたこと……」
「ああ…そうだ、それだよ!」
「?」
「走りながらずっとモヤモヤしてた。どうして急にリアルで会いたくなったのか…。俺も、言いたいと思ったんだ」
 お互いの前髪が触れそうなくらいに近い。アップになった智彦の、今は目しか見えないのに、智彦が笑ったのがわかった。
「俺もさ、田中に会えてよかった。もし田中が転校して来なかったとしても、The Worldで友達になったかも知れないけど、やっぱリアルで会えて…リアル友達になれてよかった!」
 さっきの田中の言葉に対する返事だった。真っ直ぐに目を合わせて、リアルでストレートに気持ちを伝えてくる。リアルだから言えない、The Worldだから言える、そんな境界は全くないのだった。
「あ…やっぱり、ちょっと恥ずかしいな!」
 さすがに少し照れたように目を伏せて笑う。
「智彦…」
 いつも通りのようでいてずっと近い。物理的な距離も、心も。
「もう、本当にバカだよね……」
 どうして智彦があんなことくらいで自分から離れてしまうと思ったのか。誰より近いはずなのにまだ智彦を信じ切れていなかったらしい自分が本当にバカみたいに思えた。無邪気で屈託のない智彦の言葉は短慮と言われることもあるかも知れないが、田中にとってはいつでもそれが救いだった。
 バカって何だよー、と不本意そうに智彦が声を上げる。
 ふふ、と笑って、田中は智彦の背に回した手に力を入れた。
「バカみたいだよ…僕も、智彦も。でもさ、そういうとこ……」
──── 嫌いじゃない。
 それをストレートに言おうか言うまいかしばし迷って。

──── 『好きだよ、』

 今ここで、リアルで。

 






《END》 ... 2012/06/17
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田中は受けだと思うんだ…!
これもまだ書き途中の智彦田中捏造出会い編がベースになってるので、田中の過去が思わせぶりすぎてごめんなさい。あといつも書いてる田中そらっぽいやつの田中とは別の田中かもしれない。YES!!男子中学生BLファンタジー!!

 

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