君にセカイを





毎日ではないけれど、三人で一緒に帰るようになったのはいつからだったろうか。
それは本当にたまたまだったように思う。三人とも部活に入っていなくて、帰る方向が同じで。智彦は田中の一番仲の良い友達だったけれど、そらは智彦の幼なじみだからというワンクッション置いた繋がり。田中にとって、他のクラスメイトの女子より少しは近いかも知れない…でもやっぱりクラスメイトの女子の一人だった。
三人で歩きながら宿題の話、テストの話、友達から聞いた噂話、他愛のない言葉を適当に交わす。輪の中心にいるのが智彦で、そらと智彦にしかわからない内輪の話の時、田中は黙って耳を傾けている。自分と智彦にしかわからない話をしている時は、そらは少し後ろで半分聞き流しているようだった。
「─── でさ、俺の母さんとそらんちのおばさんがスーパーで─── ……」
「ああ、それ私も聞いたよ。相変わらずだよねえ〜」
智彦とそらは母親同士が友人で、それこそ生まれた時からの腐れ縁なのだそうだ。そんな彼らのローカルで遠慮のない会話を聞いているのが田中は好きだった。
小学生の時にも数度転校を経験したせいで、幼なじみといえるような友人はなく、二人のような関係に憧れていたのだ。
自分の手にはもう入らないもの。
でも、そこに入りたいわけでも、なり代わりたいわけでもなく、ただ二人の「幼なじみという関係」を見ているのが好きで、それを側で見ていられる立ち位置も気に入っていた。



そんな「三人の時間」のうちの大半を自分と智彦の会話が占めるようになったのは、The Worldの新バージョンが公開されてしばらく後、クラスでも本格的に流行りだした頃からだった。
───今日はどこでレベル上げする───あのエリア解禁になって───レアアイテムの噂聞いたんだけど───
教室でも帰り道でもそんな話ばかり。田中と智彦のThe World話を聞いているのかいないのか、そらは少し後ろを黙って歩いている。
「…な、だからさー、そらもやろうぜ!The World!」
何かあるたびに幾度となく掛けられる智彦の誘いの言葉も、そらは興味なさげに受け流すばかりだった。
「あたしはいいよ、別に…。ゲームとか興味ないし、今更」
そらのつれない返事に、もうー、と智彦は諦めきれない溜息を漏らす。
クラスメイトたちが次々とThe Worldにハマっていく中、頑なにゲームから目を逸らすそらは、少しずつ周囲から浮き始めているようだった。

────興味がないわけじゃなさそうなのに…?

田中の見た限りでは、ゲームが嫌いなわけではなく、周りのみんながやっているから自分も始めるということに抵抗があるように思えた。
流行っているとかえって手を出しづらい、天の邪鬼のようなもの。
再三智彦の誘いを断っているのに今更、という気恥ずかしさもあるのかもしれない。
もちろんThe Worldをしていないからといって友達にハブられるわけではない。ただ、一緒にいる女子の友達がThe Worldの話を始めると、話題に入れないそらは曖昧に首を傾げつつ聞いているフリをして、あたしは別に興味ないからと周囲に透明な壁を張り巡らせているかのようだった。

一緒にいて、話して、笑っているのに心は閉じた壁の向こう側。

────僕と、同じ……

その「壁」はかつて田中も持っていたものだったから。
東京から来た「転校生」の田中も、そんな壁を張り巡らせて周囲と自分を隔てていた。
転校前の学校に色々なものを置いてきてしまった。それに心を残したまま、新しいクラスメイトに溶け込むことがなかなかできなかった。The Worldがきっかけとなって、智彦がその壁を突破して外に連れ出してくれるまでは。
余所者だった自分が今はこうして皆の輪の中にいるというのに、智彦の生まれた時からの友達であるそらが、その輪から離れていってしまいそうなのがもどかしかった。

智彦と、そらと ─── それを見ている自分。そのバランスが好きだったから。

何がそこまで彼女を頑なにさせているんだろう?
どうしたらThe Worldを始めてくれるんだろう?

智彦が自分を連れ出してくれたように、そらの心を閉ざす透明な壁を壊したかった。
The Worldが面白いから、というのはもちろんだったけれど、The Worldを通じてまた元の距離に戻って欲しいと思っていた。
それは田中の勝手な願望だったかもしれないけれど…



*****
「これ……貸す」
「え…なに?」
「FMD。余ってるから。これあった方が、The World楽しいし」
金色の夕陽の差すいつもの分かれ道。
他の女子よりほんの少し特別なクラスメイトの彼女に差し出した白いケースの中身は、田中がThe Worldを始めた時からの相棒とも言うべきミントグリーンのフレームのFMDだった。
「…The World……楽しいし。」

願わくば、自分と同じように、彼女ももう一つのセカイの楽しさを知ってくれますように。
新しい出会いもあれば、旧知の出会いを深めることもある。
そんなThe Worldの奇跡を、どうか彼女にも──── ……。

フレームとレンズを磨き清めながら込めた田中の思いが……田中と一緒にセカイを見てきたFMDが、そらに手渡された。

 






《END》 ... 2012/05/06
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書いてるうちに公式設定なのか妄想自分設定なのかあやふやになっていく現象…
公式でわかってるのは以下の3点。あとは盛りです!
・田中は1年ちょっと前に東京から来た転校生
・田中と智彦はThe Worldがきっかけで仲良くなった
・そらと智彦は幼なじみ(生まれた時からとは言ってたような言ってなかったような)
いわば異分子である田中の微妙な距離感がたまんないです。男子の友達と女子の友達ってまた違うし。
7/2追記:そらちゃんと智彦は小学生からの幼なじみでしたw

 

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