・田中→そら
・映画その後、The Worldサービス再開後




レアモンスターが出るらしいんだ、と誘われたエリアを、バルドルと連れだって探索していた。
ガセなのか相当レアなのか、お目当てのモンスターに出会えないまま時間だけが過ぎ、そろそろみんな集まる頃だし、もう街に戻ろうかとどちらからともなく言い出した時。
常闇の森の葉擦れの音に混じってポーン、とメールの着信音が響き、アイコンが頭上に浮かび上がった。
立ち止ったゴンドーを、どうした?と前を歩いていたバルドルが振り返る。
「メールだ。カイトから……」
ヘッダに添えられた、赤い帽子が印象的な顔グラアイコンをちらりと見ただけで答えたゴンドーだったが、その差出人を確認して思わず固まった。
「カイト……じゃない……」
「え?なになにどうした?」
覗き込むバルドルに受信メールの画面を見せる。
「カイト……え……え??」
差出人の欄に記されていた名前は

『そら』。

「そら────!?」
「ゆ、有城さん………!?」





「Re-name:SORA」





「だからー、智彦だったら知ってるでしょ!『ミュリンのささやき』ってアイテムだよ!!」
「俺は手段を訊いてるんじゃない、理由を訊いてるんだ!!」
「べっつにいいじゃない、あたしのPCなんだからー!なんで智彦に怒られなきゃなんないのよー!」
「ふ、二人ともやめてよぉ〜〜〜〜」
いつもの展望台で合流して二三言葉を交わした後何故か口論になってしまったカイト──そらとバルドルの間で猫型PCマサル・セブンがおろおろする。
マク・アヌの往来でキャラのロールも全部吹っ飛ばして言い合う二人は嫌でも目を引いた。
「カイト……ええと有城さん、智彦も、場所を変えよう」
ゴンドーも仕方なく素の田中に戻り、どこか人目に付かない所へ……と巨体を活かして二人を路地裏へと引きずって行った。

「とりあえず、最初から……話してくれる?」
人気のない路地裏の奥、石壁と回廊に囲まれた小さなパティオに一同を連れ込むと、引きずられている間に気まずくなったのかそらと智彦は互いにそっぽを向いて黙り込んでしまったので、今日はずっとそらと一緒だったらしい果歩に、田中は事情を訊いてみることにした。
「うん。……って言っても、そんなに大したことじゃないんだよー?」

カイトとマサル・セブン二人でとあるダンジョンを探索していた。
宝箱を開けたら『ミュリンのささやき』という聞いたことのないアイテムが出てきた。
アイテム効果には「PC名を変更できる」とだけあって、よくわからない。
カイトが「とりあえず試してみよう!」と言い出して─── ……

「つまりー、よくわからないアイテムをうっかり使っちゃった結果ですよねえ」
にゃはは……と猫型PCが頬をぽりぽり掻きながら笑う。
「だけどまあ、自分的には違和感ないしいいかなーってことで……」
赤い帽子の双剣士がお気楽にまとめようとした。
「うっかりっていうか、ありえねーだろこれ、PCネーム変えるとかそんな気軽にすることじゃ……。改名アイテムなんてレア中のレアだぜ。もう二度と手に入るかどうか。手に入ったとしても誰かが先に『カイト』って使ってたらもう使えないし……」
「知らないもんそんなこと。『カイト』だって、思い入れがなかったわけじゃないけどさ、変わっちゃったものは仕方ないじゃない……」

『カイト』という名に思い入れがあったのはむしろ智彦の方なのだ。
彼の相棒にして、同じくThe Worldヘビーユーザーの田中は知っていた。
昨年末の事件の後、智彦はかつてThe Worldで起こった未帰還者の事件、アウラの謎、彼女にまつわる「物語」を調べ上げ、『カイト』の名に行き着いた。今ではもうネットの噂話を掘り起こし、繋ぎ合わせ、推測するしかない「伝説の.hackers」──── ……何の巡り合わせか幼なじみがその伝説の勇者と同じPCと名を得たことに、密かに感銘を受けていたのだと。
だがそれをThe Worldを始めて日の浅いそらに話したとしても、智彦の思い入れの程は伝わらなかっただろう。何となしに田中は、十数年前と同じようにアウラを救った『カイト』が役目を終えたのだ……そんな気がしてならなかった。

「いいんじゃないかな……男キャラでも違和感ない名前だし、有城さんがそれでいいなら」
まあそうなんだけどさー、とまだ不満そうな智彦は放っておいて、しゅんとしてしまったそらに肯定の言葉をかけると、そうだよね!と顔を上げて嬉しそうに声を弾ませた。
完全に別人のロールをしている自分と違って、リアルとPCの混ざり合った、あるいはあまり区別をしない智彦やそら達の在りようが田中は好きだった。

「ま、しょうがねえよなー。それじゃ『そら』、時間ももったいないし、今日はどっかでレベル上げするのか?」
「うん!さっき果歩…マサル・セブンと行ったエリアはちょっと低めだったから、もう少しレベル高いところ……」
「ねえねえそら!そういえばこんなワード聞いたんだけどさ、使ってみない?」

バルドルとマサル・セブンはもうナチュラルに新しいPCネームで彼女……もとい、彼を呼んでいる。PCネームが何であろうと変わらない、The Worldの楽しい冒険の時間が始まる。
「ゴンドーも早く行こうー!」
走り出す仲間達に慌てて続く。
「あ……、待てよカイ………」
言いかけて言葉に詰まった。
もうカイトじゃない。
有城さん、でもない。
「そ……」
バルドルのように、そら、と新しいPCネームで呼びかけようとした田中の脳裏に浮かんだのは、FMDに映る赤を纏った双剣士ではなく、リアルの方の彼女……

女子の友達とはしゃぐ、からかう智彦に何よー、とつっかかる、田中の何気ない一言にそうだね、と笑う。くるくると変わる表情、駆け出すたびに揺れる制服のスカーフ、いつもの分れ道で「またあとで!」と笑う彼女。
─── ……そら。
今呼びかけようとしているのはリアルの彼女なのか、PCの彼なのか。PCネームと同じそれを、智彦や果歩が呼んでいるように、リアルのクラスメイトの彼女に─── ……?
「……そ…っ…………」




「おーい、どうしたゴンドー?」
路地に立ち尽くしたまま動かなくなった相棒を、バルドルが振り返った。
「……な、…なんでもない………」

完全に不意打ちだ。
思わずFMDを外して自室の壁を見つめる。
こく、と喉が鳴った。

カイトじゃない。
有城さんでもない。
『そら』、と────

リアルではない、The WorldのPCに対してのはずだったのに、呼べなかった。

──── そら! と、智彦の声。
──── ねえねえそら! と、果歩の声。

彼らの声で呼ばれるその名は耳に心地良い。
だが幼なじみと親友の気安さで呼ばれるそれを、今の田中が言えるはずもなく。

「───── っ…………」

いいんじゃないかな、とは言ったものの、ゴンドーが……田中が実際にその名を口にできるのはだいぶ先のことになりそうだった。

 






《END》 ... 2012/04/03
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雑誌とファミ通.comで公開されたVersusの画像でPC名がカイトじゃなくて「SORA」表記になってる、そしてたぶん連携技発動時のゴンドーが「そら!」って言ってるってだけで妄想ビッグバーンですよー。改名するくだりは適当に捏造したので気にしないでください。なかなか「そら」って呼べない田中萌えすよ・・・。

 

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