Encounter
・ハセヲとクビア(とカイト)(G.U.)




Δ隠されし 禁断の 聖域────グリーマ・レーヴ大聖堂。
エリア転送の光のエフェクトが消えると、真っ直ぐ伸びた参道の先に壮麗なゴシック様式の御堂が佇んでいるのが見える。ハセヲが石畳の参道をゆっくりと歩き出すと、無音のフィールドにこつこつと足音だけが響いた。近付くにつれ聖堂は視界いっぱいに広がって、夕暮れ(…もしかしたら夜明け)の色の空を覆うほどに聳えるが、不思議と威圧感はない。
忘れられた最古のフィールド、ロストグラウンド…誰もいない、聖堂以外に何もない、それなのに、いつも何者かの気配が密やかに息をついているような気がする。今ならそれは、The Worldのどこかで世界を見守る女神Auraなのかも知れないと思うことができる。
────ここには昔、少女の像があったんだって……
柔らかな声が耳に蘇る。
大聖堂と少女の像、そして女神の言い伝えをハセヲに話してくれた彼女…志乃は今も手を伸ばせば届くところにいる。
それでも、あの話を二人きりで、このロストグラウンドの大聖堂で聞いたのはハセヲにとってもう遠い昔の出来事のように思えた。
一度全てを失って、自分すら見失いながら走り続けたハセヲはいつの間にかまた多くのものを手に入れていた。目に見えるものも、見えないものも…その全てが愛おしいと思えた。
過去を振り返るにはまだ早過ぎるが、ハセヲはたまにこの大聖堂を訪れて、この数ヶ月にあったことを噛み締めるように回想するのだ。
ハセヲにとってもThe Worldにとっても、ここは全ての始まりの場所だったから────。


聖堂の正面に嵌め込まれたガラスから柔らかな光が降り注ぐ。
いつもと変わらない静寂に包まれた大聖堂の祭壇の前に、佇む人影があった。
「…先客か……」
それ自体は別に不思議でもなんでもない。
ロストグラウンドとは言えここはあまりに有名になりすぎて、何もないとわかっていてもわざわざ訪れる物好きな「観光客」がけっこういるのだ。
小柄な人影は柵の中央に立ち、空っぽの台座を眺めているようだった。
…話しかけようか?それとも向こうから声をかけてくるだろうか。
───ちょっと来てみたけどここには何もないね───噂は色々あるけど───昔女の子の像が───ロストグラウンドってこんなものか───
お決まりのやりとりがシミュレートされる。面倒くさいな、どうしようかと逡巡しているうちに、向こうがハセヲに気付いたようだ。こちらを振り返って首を傾げている。このまま立ち去るのも気が引けたハセヲは、祭壇の人影に近付いて行った。

黒を基調とした軽装の小柄な少年PCだった。勝気な女双剣士を彷彿とさせる頭上の癖っ毛と、背に長く垂らした白いマフラーが印象的だ。斬刀士か双剣士っぽいキャラだったが見た目だけでは分からない。
ロリっ子魔導士少女と思いきや容赦ない双剣士の賞金首PKがいたり、いかつい獣人のオッサンが心優しい気弱な呪療士だったりする世界なのだ。

「…よう」
当たり障りなく声をかけると、少年も挨拶を返してくれた。
「どうも…って君、ハセヲ……?」少し驚いたように目を見開く。
「ああ、そうだけど?」
ハセヲの知っている相手ではない。こちらのPCネームが見えたか、それともこの容貌か…良くも悪くもハセヲはThe Worldの有名人なのでこれもよくあることだ。
「大活躍だったじゃない。おかげでThe Worldはすっかり元通り。世界を救った勇者様ってとこ?」
「…そんなんじゃねえよ」
やけにフレンドリーに話しかけてくる上、ハセヲの戦いも知っているようだ。クビアゴモラ駆除戦の時に協力してくれたPCの一人だったんだろうか。それはそれで知り合いってほどでもないか…とハセヲが思っていると、少年はとんでもない爆弾を投げ込んだ。
「それに君、ねぼすけアウラをやっと目覚めさせた…」
「…!?どうしてそれを……!」
土壇場で「祈り」が通じたのか、八咫やオーヴァンがあれほど渇望しても届かなかった女神Auraがハセヲの叫びに応えたのだ。しかしそれを知っているのはクビアとの最後の決戦に共に昏い道を駆けた仲間たちだけだ。
水色の髪に角を生やしたチートな少年PCがちらりと脳裏をよぎる。
「お前、一体…」
何者だ、と聞こうとしたハセヲの目に、少年のPCネームが見えた。
「…『クビア』……!?」
ぎょっとして半歩後ずさる。
偶然ではない。ただのPCであるはずがない。
システムや世界観に関わる固有名詞はPCネームに使うことはできない。
例えばソールやケルヌンノスらThe World神話の神々、今はディープなファンのみその名を知る「アウラ」、それに「カイト」…「クビア」も恐らくはシステム上の重要な固有名詞のはずだ。
ハセヲの脳裏に先日の戦いがフラッシュバックする。
光の溢れる認知外空間に、神々しくも見える巨大な翼を拡げた異形の化物。
止められなければThe Worldだけではなくリアルにも及ぶ危機。
8体の碑文使いPCの力を纏め上げて発動された「再誕」の反存在……
「あの、クビア…!?」
「ふふ……」
狼狽えるハセヲを可笑しそうに見上げてくる琥珀色の瞳に気圧される。
そうと意識すれば小柄なPCボディの中にとんでもないモノが凝縮されているのがわかる…自らの裡の「第一相」がそう感じている。
レベルはカンスト、PCボディは欅に改造されたXthフォーム、碑文使いとしての力もまだ持っている。なのに全然、勝てる気がしない。もしこの場でバトルになったら、一瞬でHPゼロにされて下手をすれば未帰還者だろう。
「僕は、クビア…反存在クビア」
すい、と少年が間合いを詰める。
「…ッ……!」
喉元に刃を突き付けられたような絶対絶命感。琥珀色の瞳がハセヲを強く見返す、それだけでHPが削られるような気がする。
動けない。
コントローラーを持つ手が動かない。
「…なんで、お前…倒した、のに……?」
上ずった声でそう訊くのがやっとだった。
どうしてまた現れたのか、どうして人型になっているのか、どうして……

「ふふっ……、あははははは!」
突然少年が笑いだした。
腹を抱えて心の底から可笑しくて堪らないという風に笑っている。
「なっ……なんなんだよ……!?」
「ハセヲもしかして…バカ?僕は君の抱えてるスケィス…モルガナ八相の対じゃない。そんなこともわからないほどスケィスって感度悪いの?」
「対じゃ…ない!?」
「そうだよ」
少年は笑うのをやめ、手摺にもたれかかって天井を仰いだ。
「僕は反存在クビア。ただし、あんたの…あんたたちの対のクビアじゃない」
「俺たちじゃない…ってことは、何か他の「大きな力」に対する反存在…?」
「そういうこと」
よくできましたー♪ と少年はにこりと笑う。それでもハセヲにはもうその笑みが、最初のように友好的なものと受け取ることはできなかった。
感情が読めない、思考が読めない、正体がわからない。
「じゃあ、お前は一体何の「対」なんだ」
反存在が生じるほどの…「再誕」に匹敵するほどの大きな力が、今もこのThe Worldに存在しているというのか。なのにハセヲ達が元に戻したThe Worldは平穏そのものではないか。
「君も半分システム側に足突っ込んだなら聞いたことくらいあるでしょ、R:1の伝説の.hackersの勇者カイトと腕輪の話」
「あ、あ……ってことは、お前は「腕輪」の反存在クビア?」
はい正解!と肯定されたが、ハセヲの頭の中は疑問符でいっぱいだった。
クビアがいる、ということはその対の「腕輪」も今The Worldに存在しているということなのか。
強すぎる力の「影」として生ずるクビア、それはハロルドの仕込んだシステムだった。自らの対となる力を喰い尽くすために増殖し、肥大し、結果The Worldもネットワークも崩壊させる、The Worldの諸刃の剣。
「…じゃあお前もそうなのか!?どこにあるのか知らねえけどこれから腕輪の力を狙って巨大化して、The Worldをまたバグだらけにして浸食して破壊しようってのか……!?」
せっかく平和になったThe Worldがこいつの所為でまたあんなことになるのかと、半ば混乱気味にハセヲが問い詰めると、少年は不機嫌そうに顔をしかめた。
「僕は『あれ』とは違う」
不快感も露わに言う。
「僕は『カイト』と『腕輪』の反存在…PCと腕輪の力を互いに持つ対なるもの。あんな…、一相を欠いた碑文使いたちのアンバランスな『クビア』とは違う」
自らの対と共に自滅するためだけに生まれ、プログラムに忠実なあまりThe Worldすら巻き込んでしまう、何の意思も持たないモンスターと一緒にするなと。
「僕は、反存在クビア…だけど僕は、心を持ってる」
自我を備え、PCボディを得て自律している。故に闇雲に対の力を求めて自滅に走ることはないのだと。
「…自己保存の本能みたいなものか?」
ハセヲは番匠屋ファイルで見たモルガナ暴走の経緯を思い返しながら言った。
「それもある。人間だって基本的に死にたくないって思う生き物でしょう?」
でも、それだけじゃないよ、とクビアは祭壇に向き直った。
「僕はもう手に入れた。欲しいもの…本当に欲しかったもの。満たされてしまえば目的を果たしたのと同じ。だからもう僕は消えてもよかったんだ…それなのにまだ僕はここにいる…」
それはほとんど独り言のようだった。空っぽの祭壇を見上げ、アウラ、と声には出さずにクビアは言った。
ただのNPCではない。有象無象の放浪AIとも違う。
もとよりストーリーの存在しないMMORPGに在って明確に役割と物語を与えられた特別なNPCだったのだ。
「…でもそれはもう、終わったってことか……?」
「そう、とうの昔にね。だから今の僕は、The Worldを楽しむいちプレイヤーなんだよ。反存在も碑文使いも関係ない、ただのプレイヤー。楽しいね」
「………………」
黄昏の碑文や番匠屋ファイルで恐ろしげに語られていた『クビア』とはまるっきり違う。
ハセヲの前にいるのは、見た目だけなら本当にただのPCのようだった。
「…お前が、手に入れたものって……」


ゴゥン…と重たい音が大聖堂に響き渡った。
誰かが扉を開いたのだ。
「あっ……!」
入り口を振り返ってクビアが目を輝かせた。
「待ち合わせ、やっと来たみたい。じゃあねハセヲ、気が向いたらいつか一緒に遊んであげる!」
そう言い置いて、扉を開けて入り口に立っているPCに向かってクビアは身廊を走り出した。
外からの逆光でシルエットしか見えない。
でもそれはなんとなく、今はハセヲの仲間になっている蒼炎のカイトに似ているような気がしなくもない。
もしかするとそれは…

「……カイト!!」

呼びかけながら駆け寄ったクビアがその人影に寄り添い、ふたりは連れ立って大聖堂の外に消えた。
「…マジかよ……」
PCと腕輪───イリーガルな力を共に有する完全な「対」。互いにこの世界に在ることを望んで叶えられた、どちらが欠けても成り立たない、幸せな公式。

「…これもあんたの…『世界』の采配なのか?…『Aura』……」
こうして僅かながらクビアと縁ができたのなら、いつかその「対」に会うこともあるかもしれないと思いながら、ハセヲは空っぽの祭壇を見上げた。

 






《END》 ...2011/12/16
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どこまでもクビアたんを持ち上げたい!カイトさん共々The World最強だといいと思っている。物語に直接関わらない、幻水2に出てくる坊ちゃんみたいな最強クラス傍観者とかそんなの。書けなかったけどクビアゴモラ駆除戦の時に欅がバラまいたメールがカイトさんにも届いて復帰しましたな感じ…?とか、それ以前にしれっと普通に遊んでたりするかも知れない。色々適当です。引退とかそんなことはアリマセンヨ?

 

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