Unison senses in The World 5



精霊の泉は空の青を映して静かに揺らめいていた。
メールの文章からすると、泉の精霊を呼び出せということだろう。何か余った装備品はなかったかとアイテムウインドゥを開こうとしたその時、カイトの後ろで足音がした。
「…誰!?」
クビア?と振り返ろうとしたカイトの背がとん、と押された。
辛うじて目に入ったのは、どこまでも青い空と、自分の背を押したてのひら。
「───────!!!!」

どっぼーん。

冷たい水しぶきが上がる。
バランスを崩して慌てて手の平で水を掻く。
何が何だかわからないまま泉に突き落とされたカイトがようやく立ち上がると、水は意外と浅くカイトの腿くらいまでしかなかった。
「ん〜、やっぱりカイト落としても精霊は出てこないんだね」
少しも悪びれた様子のないクビアが泉の縁からカイトを見下ろしていた。
「────…何するんだよー!!!!」
思わず叫んだカイトに、とりあえず上がりなよ、とクビアが手を伸ばす。
その手を借りて地面に這い上がると、不思議なことに水に濡れた服はたちまち乾いて元通りになった。
「…水に落ちれば冷たいし、服は濡れる…」
それが今のカイトの「仕様」、そして元通りになったのはThe World本来の仕様。
その境界は未だ曖昧なままのようだった。
「…それはともかく…クビアさん?」
「うーんと、「頭を冷やす」…って言うの?」
「…………………」
「カイトはお医者様でも黄昏の湯でも治せないビョーキだってオルカが言ってたから、とりあえず泉に落としたら元のカイトと取り替えてもらえるかなー…とか」
「…ヤスヒコのヤロウ…」
「うそだよ」
座り込んでやさぐれ気味に呟くカイトの傍にすとんと腰を下ろしてクビアは言った。
「ただちょっと、仕返ししたかっただけ」
「仕返しって…データインストールの!?」
ぎょっとして聞き返したカイトに、クビアは語気を荒げた。
「違うよ!!もう、カイトが全然ログインしてこないから…!」
「…やっぱり、怒ってる…?」
「お、怒ってるよ…っていうか…っ…」
思わず、というように声を上げたクビアの拳が握り締められる。
ぶたれるか掴みかかられるか、最悪データドレインか…とカイトが身構えると。
「僕はただ、カイトと一緒に…って……!」
「わ……!」
予想外の動きだった。泉の縁に座っていたカイトは、勢いよく抱き付いてきたクビアにバランスを崩した。

ざっばーん。

さっきよりは冷静だったが、一緒に泉に落ちたクビアが上から沈んできて起き上がれない。
浅い水の中でしがみ付いてくるクビアを受け止めながら、水面の向こうに見える太陽が眩しくて目を閉じると、唇に何か柔らかいものが触れてきた。
「ん…っ…ごぼっぼばば……」
その正体を確かめようとすると、口から鼻から水が容赦なく浸入する。
リアルと寸分違わない、鼻の奥にツンとくる刺激に耐えきれなくて、クビアを抱えたまま必死で起き上がった。
「げほっ!ごっほごほげほげほげほ……!!」
滴る水と涙が混じり合う。
見ればクビアも水にむせてゴホゴホと咳き込んでいた。
ここまでだなんて…さすがにちょっと、リアル過ぎやしませんか…とカイトはなんとなく遠い目になる。
「クビア…大丈夫?」
「っん…ごほっ…、ごめん……大丈夫…」
ようやく落ち着いて、泉の中に座り込んだまま二人で顔を見合わせる。
「…冷たい、ね……」
「うん」
クビアが手を伸ばしてきたので、水に濡れたその手をカイトは取った。
「冷たいけど……カイトはあったかいよ……」
するりと手袋が外され、同じく手袋を外したクビアと素のままの手が触れ合った。
カイトの右手とクビアの左手。てのひらを合わせて指を絡める。あの時と同じように。
「僕もカイトが感じてるように、この世界を感じたかった。僕の手を温かいって言うカイトの手を、温かいって感じたかった。…だから、欲しかったのはリアルと同じ感覚だけじゃなくて、カイトと一緒に感じること……」
「…そう、だよね……。ごめん、クビア…」
握った手を引き寄せると、クビアがもっと近くなった。
前髪が触れ、額と額がこつんと当たる。
「……僕、クビアのこと……」
ふ、とすぐ近くで温かい吐息。
思い切ってもう少し近付くと、唇に柔らかいものが触れた。
「………」
「ん……」
やっぱり、さっきの水の中のアレはこれだった。
感じているのは僕だけじゃなくて、クビアも。

一緒に感じたい───世界を…君を、そして自分がここにいることを。ふたりで一緒に。

顔を離すと、にこりと笑ってくれた。
キスの意味を知らないわけではなさそうで、何よりさっきのはクビアからしてくれたんだから、心配してたような片思いでも勘違いでもない…よね?とカイトはこっそり自分に言い聞かせる。

「…好き」
「僕も!」
満面の笑みで即答された。
僕の好きって「そーゆー意味」なんだけど、わかってるのかなあ…と苦笑しつつ、カイトは水から立ち上がった。

水から上がるとたちまち服は乾いて雫はどこかへ消えてしまう。
でも、リアルと同じ冷たい水の感触は記憶に残っている。
合わせたてのひらの温かさも、ほんの少しの間触れた唇の柔らかさも。

もっと感じたい───感じさせたい。

「行こう、クビア」
「うん」

差し出されたカイトの手を躊躇うことなく取って、クビアも立ち上がった。





《END》 ... (2011/09/30)


 

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「とりあえずクビアたんに五感その他を与えて告る」が目標でした。
どうにも夢見がちですんません恥ずかしー!
思いがけずちゅーまでした。全部なりゆきまかせ!ひゃほぅ!

 

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