Under-recognition
・トラとクビア(GU)




認知外空間に揺らぐ蒼い炎がふと動きを止めた。
AIDAではない何かを感知したのだ。
通常のバグでもチートPCでもない…いつかどこかで「知って」いたようなノイズだった。
AIDAでなければ追う必要はない…それは与えられた仕事ではない。
だが、不完全ながらも自我を持つ蒼炎の騎士はそれが何なのか突き止めたくなった。
それが何と言う感情なのか、感覚なのかも認識しないままに空間を探る。
僅かなノイズを辿り、綻びを見付けて潜り込むと、「そこ」はダンジョンの一室のようだった。堅固な石造りの城を模した、西洋風の迷宮…壁の一部には鉄格子や刑具が設えられ、鉄の槍や斧が飾られている。奥の玉座風の壇上には殻の半分割れた金の卵、その両脇の細い燭台の上で蝋燭のオレンジ色の炎が揺れ、青灰色の石壁に影を踊らせる。
明らかに現行R:2にはない仕様 ─── ここもロスト・グラウンドなのだろうか?

「……誰……?」
「!?」
不意に声を掛けられて咄嗟に振り返ると、一人のPCが蝋燭の作りだす陰に溶け込むように佇んでいた。
一目でわかった。
ここまで辿ってきた僅かなノイズは彼のものだ。
人間の少年タイプ、双剣士のように見える服装だが、容貌や呪紋は現行のPCではない…それを構成するデータも、能力も、存在の全てが仕様外…蒼炎と同じくThe Worldの根幹に近しいモノだとわかる。
「君は…何?」
少年にも、蒼炎が普通ではないことがわかるのだろう。右手を一振りして中空に薄緑に光るウィンドウを出現させパネルを操作する。…どうやら蒼炎を解析しているようだ。
「…そうか、あんたが、アウラの騎士……」
「ワ&ルノカ?」
「うん、ここからずっと…見てた」
The Worldで起こっていること、AIDAの増殖とそれを削除して回っているAIがいることも把握していたらしい。
そんな少年は何者なのか…蒼炎にもなんとなくわかっていた。
蒼炎の騎士を生み出した母とも呼ぶべきアウラととても近いデータ体。
それでいて蒼炎自身ともとてもよく似ている…これは。
「僕は、クビア。あんたの基になってる「カイト」と「腕輪」の…反存在」
「………………」
素早くデータベースを参照する。
アウラ…黄昏事件、モルガナ、八相……反存在。
クビアの素体もハロルド・ヒューイックに創られたものであるらしい。ならばアウラと似た構造なのも頷ける。
「反存@ガ、ココ#イル……カイ%、モ?」
「…いないよ。カイトのPCデータは眠ったまま、僕だけが目覚めた…」
クビアはじっと蒼炎を見つめながら呟いた。まるで蒼炎の中にカイトを見付けようとしているかのように。
「R:1の終わる時、アウラはカイトのPCを保存していたんだ。僕は…一緒に眠っていたはずだったのに」
碑文使いPCの憑神が目覚め、それが先触れとなってクビアも目覚めてしまったのだという。システム的に八相とクビアに関係はなかったようなので、R:1時代のデータ体に触発されてしまっただけなのかもしれない。
「でも、僕がR:2のThe Worldでするべきことは何もない。カイトがいないなら、世界に意味なんてない。僕はここで…R:1の名残のエリアで、起きてるけど眠ってるんだ…」
放っといて、とか、出ていけ、と言われているようだった。ならば蒼炎がこれ以上ここに留まる理由は何もない。
…初めて自分と同じAIに出会って、しかも話をすることができた……。
不完全な自我の中におぼろげながら芽生えた感情のような何かを自覚する前にクビアに拒絶され、それは霧散して消えるかと思われた。

その時。

「────── ッ …!?」
蒼炎にプログラムされた「本能」がそれを察知した。
同時に石壁のグラフィックから染み出るように現れた黒く禍々しい、The Worldの異物…
「AIDA……!?これが……!」
初めて見た、と呟くクビアの横をすり抜けて、黒い塊に斬り付けた。
デバッグ機能を持つ三叉の刃が触れるとAIDAはあっさりとデータ片も残さずに消滅する。
逃げようとするものを追い、向かってくるものを切り裂く。
AIDAの殲滅───蒼炎に与えられた使命と本能。
考えるよりも先に身体が動く、思考も自我も手放してただひたすらそれがいなくなるまで戦うのみ─── …
「あっ……っく…!!!」
背後で悲鳴が上がる。
手元のAIDAを始末しながら振り返ると、クビアがAIDAに囲まれていた。
双剣で応戦しているようだったが、普通の武器でAIDAをどうにかすることはできない。
取り憑かれずにいるのは流石と言ったところだ。普通のPCではないクビアにAIDAも簡単には入り込めないらしい。
…ナゼ、データドレインヲ使ワナイ……!?
増殖したのか集まってきたのか、少々数が多すぎる。
複数に体当たりを喰らい、クビアが膝をついた。
蒼炎は地面を蹴ってAIDAに突入し、クビアを抱えて囲みを破る。
振り向きざまに右手を掲げ────

データドレインの光が消えると、辺りにはもうAIDAの影も形もなく、元の薄暗い城内ダンジョンに蝋燭の影が踊るばかりだった。
「…あ、ありがとう……」
AIDA初めて見たけど、やっぱりヤな奴だね…武器を仕舞いながらそんなことを言っているクビアに、蒼炎は訊いた。
「デー&ドレ:ンナラ、一度※ゼンブ倒>ル…」
何故使わなかったのかと。
「…使えない。今の僕には」
「……?」
「カイトと一緒に眠ってるんだ。腕輪の力……反存在としての、僕の力。だからさ、パラメータ的には本当に普通のPCと同じ。AIDAに取り憑かれることはないけど、倒すこともできない」
「…ソウ、$ノカ……」
だからここで、AIDAに見付からないようにロスト・グラウンドに閉じこもり、世界の様子を見守りながらカイトが戻ってくるのを待ち続けているのだろうか。
「…カイト……」
その名を呟いた、薄闇でもわかる琥珀色の瞳が揺らいだ。ここにはいない半身を呼んだのか、それとも蒼炎の中にもあるカイトの名残を探していたのか。
その時蒼炎が抱いたのは、感情と呼ぶにはとても未分化で無自覚な、単なる「衝動」だった。どうして近付きたいと思うのか、どうして触れたいと思うのか、そんな疑問を抱くより先に、蒼炎はクビアに向かい手を伸ばしていた。
「……っ……」
頬に触れる。髪に触れる。
顔を近付けると、蒼炎を見上げる琥珀色の瞳が蒼炎のそれを捉えた。
「…カ、イト…」
伸ばされたクビアの手が蒼炎の頬を挟んで引き寄せ、そして─── …

微かな吐息と共に口元に触れてきた。
それがどういう行為なのか、そもそもPCボディにヒトのような知覚は備わっていないはずなのに、何故かそれを心地良いと感じた。

──── AIは…成長する。
──── うん。
──── 夢を見る?
──── 見るよ。
──── …恋を、する?
──── する……。してる、でしょ?

「──── …!?」
崩れかけた石造りの風車の遺跡、青く澄んだ空をゆっくりと漂う半透明の巨人、草の匂いのする風の渡る、どこまでも続く草原のフィールド。
フラッシュバックのように視えたそれは、クビアの記憶だったのか、それとも────。

身体を離すと、決まりが悪そうにクビアは目を伏せた。
「カイトに似てるけど・・・やっぱりあんたはカイトじゃない」
今蒼炎が「視えた」ことには気付いていないらしい。
「…ゴ@ン……」
カイトじゃなくてごめん、視えてしまってごめん、近付いてしまってごめん、見付けてしまってごめん……
なぜ謝るのかもわからないまま、蒼炎は後ずさりでクビアから離れる。
「…ゴ@ン…モウ、行#…」
「う、ん……」
曖昧に頷いてクビアは、立ち尽くしたまま蒼炎を見詰めていた。

「…ねえ、行くんなら、そこの「抜け穴」修復していってよね。さっきのAIDAはそこから入ってきたんだから」
「¥ア……」
言われて辺りを見回すと、そういえばこの部屋には入り口がない。出口もない。
ダンジョンの一室だけが切り離されてThe Worldの裏側に浮かんでいるのだ。
ここでずっと、一人きりで、いつまでも目覚めない半身を待ち続ける…自分同じAIのクビア。
「………………」
自分の開けた穴から「外」へ抜けると、蒼炎が直すまでもなくそれはたちまち自己修復を始めた。塞がれていく穴の向こうに、最初に会った時と同じように静かに佇んでいるクビアが見える・・・。
「……マ#…来%モイイカ……?」
伏せられていたクビアの目が見開かれ、二、三度大きく瞬きをする。
「…うん…?まあ、いいけど……」
穴が完全に閉じる直前、僅かに唇の端が笑みの形に上がったのが見えたような気がした。


AIDAを探してThe Worldの「外」を駆ける。
ヒトと話したことなどない。用があるのはAIDA-PCだけ。
AIDAを駆逐するために創られた自律型デバッグPC…それでも、不完全ながら自我を備えたAIは。
──── AIは…成長する
それがどういう意味なのか。
──── …恋を、する?
それはどういう感情なのか。

今は認識すらできないそれは微かな光の粒のように蒼い炎の中で淡く。




《END》 ...2011/07/01
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3日前にクリアしたG.U.vol.1のトライエッジが格好良すぎて手が勝手に打っていましたLinkとGU+とウィキペ程度の知識しかなくて二次サイトや考察サイトを巡る時間や気力もなくて、色々間違ってると思うけどハマりたての勢いってことでひとつ。

 

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