Petit Angel
・クビアとリコリス(Link)




「じゃあ、リコリス…俺はちょっと出かけてくるから…」
『心配』の二文字をその表面に浮かべた連星の瞳がわたしを見つめている。
彼が心配するようなことは、ここでは何も起こらないとわかっているのに、いつまでたっても心配性なのだ。ほくとにもいつも「過保護だよー!」と言われている。
心配されている…気にかけてもらえている…それはとても温かくて、くすぐったいような嬉しい気持ちになる。
後ろでトキオがごめんねーちょっとアルビレオ借りるよ、と苦笑いしている。彼に付き合って欲しいエリアがあるのだと言っていた。
「大丈夫よ、アルビレオ。ほくとのお店番もすぐに終わるわ。それに、ここの人たちはみんな優しいもの」
「…そ、それもそうだな……」
行ってらっしゃい、とわたしが言うと、わたしの目線に合わせて跪いていたアルビレオはようやく立ち上がってトキオと一緒にメインホールへ歩いて行く。
パーティーに入れないわたしは転送装置の前で二人を見送って、ふう、と息をついた。
いつも一緒にいるアルビレオがいなくなると、急に周りの空間が広くなったように感じる。
…不思議。
わたしにとって世界は広い広いThe World全部だったはずなのに、今はアルビレオのそばの小さな空間も、大切な温かい世界に違いないのだ。
いつもはあまり聞こえない、グランホエールの皆のざわめきが耳に届いてくる。
…少し、ひとりで歩いてみようかな。
わたしはショップモールへと足を向けた。




「あれー?リコちゃん一人!?」
ギャラリーのカウンターから身を乗り出してほくとが叫ぶ。
「うん。アルビレオはトキオとエリアに出かけたの。わたしは……お留守番」
「へえ〜、珍しいね。アルだったら「目を離せるわけないだろう!」とか言ってエリアにも連れてっちゃいそうなのに」
「ふふ…本当はそうしたかったみたい」
「あはは…マジで」
本当は見た目よりずっと大人で冷静なほくとは、さっきのトキオと同じような苦笑を浮かべた。
「もうしばらくで交代の時間だから、そしたら一緒に買い物行こうよ」
「うん」
今度のは、アルビレオと三人でいる時とは少し違う、リアルのほくとが垣間見える大人っぽい笑顔。でもほくとはわたしの好きなその笑顔をすぐに引っ込めて、「あーもー行商人早く来るなら来い〜」と呻いてカウンターに沈み込んだ。


どこへ行こう、何をしよう?
放浪AIだった時は、歩き回って色々なものを見たり聞いたりするのがシゴトだったけれど、今のわたしにはそんな義務はない。わたしはもうアウラのためのわたしではなく、それでもここにいていいよ、と言ってもらって存在している。
「あ……」
ふと、視界の端を闇が掠めた。
振り返ると、月も星もない闇夜を思わせるひとりのPC─── ううん、そのひともわたしと同じAIだったから、NPCと言うべきなのかもしれない。見た目は普通のPCボディの中に、とんでもない容量のデータが圧縮されているのがわかる。
「…クビア」
わたしを見ていた。
同じNPCかもしれないけど、わたしなんかより遙かに強い力…本気になったらThe Worldを喰い尽くしてリアルの世界もどうにかできてしまう程の力を持った、特別なひと。
それでも、わたしとクビアはとてもよく似ていた。
自分は失敗作だ、いらない子なんだと自らに言い聞かせ、彼は破滅を、わたしは消滅という安息を得ようとしていた。
自傷のための言葉の槍を、できそこないの自分に繰り返し突き立てて─── ……
でも今は。
「……リコリス」
クビアは綺麗な琥珀色の瞳を細めて笑いかけてくれた。



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紅い花を思わせる、ひらひらした薄いケープを纏った小さな女の子が、僕をじっと見上げている。リコリス───ちょっと悲しい謂れのある花の名を持つ彼女は、僕と同じNPC…放浪AIだった。
「…でも今は」
目を合わせると、にこりと笑った。
「そうだね」
僕も彼女も見付けたから。自分の居場所───拠り所を。


「リコリス、今日は一人?」
「うん」
声を掛けたらトコトコと寄ってきた。手を取って繋ぐと嬉しそうに僕を見上げる。
「アルビレオはお出かけ中なの」
カイトといる時とはちょっと違う、穏やかな温かさが僕を満たしていく。
リコリスは、紛れもなく僕の……仲間、だったから。

「そうだリコリス、ちょっと付き合ってよ」
「うん、いいよ」
僕たちは手を繋いだまま、ドレスルームを訪ねていった。今日の店番は昴とクラリネッテだ。
「まあ…いらっしゃい」
おっとりと微笑む昴に、僕はアイテム欄からそれを選んで渡す。エリアに行くたびちょっとずつ貯めてた万獣の証。
「これでアレと交換できるよね?リコリスに付けてあげてよ」
「え…わたし?」
名を呼ばれて首を傾げるリコリスの手を離し、試着室へ入るように背中を押す。その後から、ドレスアップアイテムを手にしたクラリネッテも入っていった。
「可愛くしてあげてよね!」
「……任せて……」

ドレスルームの外に出ると、昴がカウンターでにこにこしていた。
「…なに?」
「クビアは、リコリスのことが大切なんですね」
「んー…、やっぱそうなのかな」
「誰にでも、そういう人が必ずいます。いつか必ず出会うことになります。だってここは、The Worldなのですから」
「…僕みたいな、NPCでも…?」
「もちろんです。だってあなたは、カイトに出会ったのでしょう?」
「うん……そうだね」
カイトがいたから僕はここにいる。そして昴も、誰かのために…ってことだ。

シャッとカーテンの引かれる音がして、リコリスがぱたぱたと駆け出してきた。
「クビア!これは……っ?」
「ああ!思ってたとおりだね。可愛いよ!」
紅いケープとワンピースの背中に付けられた、真っ白なプチエンジェルの羽根。
「…似合ってる……」
後から出てきたクラリネッテがぽそっと呟く。彼女が言葉に出して言うってことは、心底そう思ってるってことだ。
「これ、リコリスにあげる。とっても可愛いし…それにたぶん、面白いことになるよ…」
「あ、ありがとう…!でも、面白いことって…?」
小首を傾げて僕を見上げるリコリスはとても可愛かった。おまけに天使の羽根付きだ。たぶんアイツにはさらに効果的だろう。

*****
その後トキオと共にグランホエールに帰還したアルビレオが、羽根付きリコリスを見て倒れそうになったとか、鼻から何か赤いものが…とか、クール系カッコイイお兄さんにあるまじき目撃談が噂されたのだった。




《END》 ...2011/04/05
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友人にAIbusterのあらすじを説明したら、消したと思いきやリコたんをUSBメモリか何かに保存して持って帰っちゃえばいいんじゃないかな!とか言いやがりました。それアレ、よーじょゆうかい!!かんきん!!アルおにーちゃんHENTAI!! …そんなわけでアルビレオがこんなことに…すいません(笑)

 

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